月を見ながらピンク・フロイドを聴いていた

Pink Floyd, 11 p. m.

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 仕事の出来ない奴と文句の多い奴が多くて困る。彼はそう呟く。コンピュータのモニタに点滅するカーソルは規則正しい。仕事とはかくあるべきだ。ルーチンとしてではなく、当然のこととしてするものだ。取捨選択によらず引き受けるべきものだ。

 風が強い、雲が速い。電線がヒュンヒュンいってる。この音がオンド・マルトノみたいだといったら大抵の人があっけにとられた顔をする。けれどオンド・マルトノは電線が風に揺れる音だし、電線が風に吹かれればオンド・マルトノの音がする。これはどうしようもなく純粋な真実だ。

 今の仕事が終わる頃には、終電には間に合わない。出力して、チェックして、出力して、チェックして、ちょうど2時間かかるはずだ。いつものことなので気にはならない。月初はいつもこうなのだ。

 会社には仮眠室もある。洗面用具もロッカーにある。十一時になると空調が完全に切れるので、少し暑いけれど静かだ。誰もいない事務所でピンク・フロイドをかけながら仕事をする。他人の文章のチェックをしている時は、音楽を聴いていても邪魔にならない。むしろリズムが生まれて仕事がはかどる。自分で文章を書くとなると話は別だ。

 スタジオ・アルバムもいいが、『パルス 』もいい。

 一服しようと窓を開けると月が雲に隠れたり、また現れたりしている。あれ、このあいだ誰かとピンク・フロイドの話をしなかったか。このあいだといっても随分昔のような気もする。

 骨董通りを一本入って、意味の分からない住宅地を歩いていると突然瀟洒なフランス料理屋が現れる。けれどそれはいい感じのものではない。いい感じといってなんだか分からないけれど、少なくとも積極的にいいなあ、と思うものではない。

 僕はその時美咲と一緒にいた。別れた今でも思うのだけれど、美咲は僕にとってかなりベストな選択だったのではないか。ベストにかなりもなにもないが、そう思う。かといって今なお一緒にいたなら、不都合や不自由を感じていただろうか。

 窓を閉め、机に戻る。そういえば、明日は若手編集者の勉強会があるのだ。替えのシャツはあっただろうかと気になって、ロッカーを確認する。ネクタイホルダーにユニヴァーサル・ランゲージで買ったイタリア製の中途半端なオレンジのネクタイと、バーバリーのピンクのレジメンタルが吊られている。替えのシャツも一つだけ残っていた。クリーニングのタグを外しておかなくては。

 ピンクのネクタイは、一つ買ってみると分かるのだが案外使い勝手がいい。自分で思うほど突飛でもなく、人当たりも良くなる気がする。これはネクタイの色が顔色をよく見せるからだろうか、と考えたこともあるけれど、むしろ締める側の気分の問題だろう。クールビズなんてさっさとなくなればいい。

 さて美咲はそのフランス料理屋を見て「なんだか、そぐわないね」と言った。僕も同じようなことを思っていた。タクシーが僕達を追い越して、僕は美咲の手を取る。「お腹は空いたけど、あそこには入りたくないなあ」と僕が言った。美咲が「ちょっと歩くけど、びっくりするくらい美味しい鰻屋があるよ」と言った。

 思ったより近くだった。美咲はあの店をどうやって知ったのか。誰と一緒に行ったのか。女の子一人ではいるには敷居の高い店だった。そういえば、自分の気に入った店に恋人を連れて行く場合、その恋人と別れた後の心配はどういうものなのか。自分と別れた後に、その相手が足繁く通っていたら、自分は足を向けなくなるだろうから、そうすると恋人はお気に入りの店に連れて行かないほうがいい。さらに実際別れた恋人がその店に行かないとしても、もしかしてここで鉢合わせるのではと気を揉みながら、新しい恋人と話をしても上の空になってしまう気がする。だから僕は「二度と行かない店」が増えてしまった。困る。

 ほっとして机に戻るとCDが終わっている。

 ロジャー・ウォーターズのいないピンク・フロイドが、僕は嫌いではない。そう、その話をしたんだ。美咲のことを思い出していたけれど、美咲とその話をしたのではない。それは美咲の前の恋人としたのだ。

 新宿で美咲が連れて行ってくれたバーにその男がいた。僕よりもずっと身なりのきちんとした、アクのない親切そうな男だった。実際いい男だったのだと思う。なぜ美咲が彼と別れたのかは知らない。美咲は少しだけ気まずそうにしたけれど、僕を彼に紹介した。名乗りあう時に会社名を名乗るのは無粋だといつも思う。あの男もピンクのネクタイをしていなかったか。一度しか会っていないのだから、その時にしていたネクタイだろう。

 印刷やコピーの精密機器を開発している、英語では動詞にもなってしまっているある会社の営業担当だというけれど、人品卑しからずという美しい清潔さが漂っていて、僕は自分を捨て犬のように感じた。こういうのはどうしようもない。

 そうだ、そのバーでピンク・フロイドが流れていたのだ。僕達は美咲を挟んでスツールにかけていた。僕はギムレットを、美咲はシーバス・インペリアルを生で頼んだ。先に店内にいたその男は何を飲んでいたか、覚えていない。暗い店内ではShine on you crazy diamondの余りに長いイントロが流れていたのだ。そしてギルモアが歌い始めたとき(それもPulseだったと思う)僕と彼は同時に安堵のため息をついた。美咲が振り返って僕の手を握った。僕も握り返した。

 その店にも僕は二度と行かないのだ。

 さて、話は冒頭の「彼」に戻る。そう、第一段落の「彼」である。美咲の元恋人で「印刷やコピーの精密機器を開発している、英語では動詞にもなってしまっているある会社の営業担当」の清春は、三年前のある冬の日、スペインの田舎町にいた。彼の努める会社のヨーロッパ戦略の拠点は現在ミュンヘンにあるばかりで、もともとの親会社である米国本社と競合することのないよう東ヨーロッパならびにロシア向けの輸出を細々と続けてきた。

 グーテンベルクの活版印刷機が悪魔の機械と呼びならわされたのは故なきことではなく、さらにはコピー機器などそれに輪をかけて危険な道具である。ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊以前の東欧ロシアにおいて、プリンティング・デバイスは反体制運動に直結し打つ思想プロパガンダの具であったため、市場は巨大であるにせよそもそも持込が厳重に管理されていた。

 そういった事情を離れて彼は西ヨーロッパに新たな拠点を作るべく現地調査に派遣されたチームの一員だった。フランス語がそこそこ分かったので重宝がられたが、いざ蓋を開けてみるとヨーロッパの左半分もまたアメリカと同様に、日本勢が入り込む余地はごく僅かであった。そうなると、機械そのものがまだ取り入れられていない未開の市場はフランスではなくイタリア、スペイン、ポルトガルということになり、彼はスペインの官公庁、大学、図書館といった場所における納入傾向を調査し、使用実態を調査して、それに適合した製品の売り込み戦術を検討する役割を負うこととなった。

 コピーといってもフォトマトンのような簡易な製品が多いので、多機能高精細を売りにした製品よりは、安価で耐久性とランニングコストが安い製品が受け入れられることは当初より予想できた。むしろコピー元の媒体(雑誌なのか、新聞なのか、書籍なのか)とその保管形態、印刷枚数を考慮してヨーロッパに特化した製品を提案する方が現実的なのだが、高性能な製品を知っている清春にしてみれば、個人的にはそれは技術的な後ろめたさを孕んだ問題であった。

 とはいえ、数多くの官公庁や大学、あるいは研究所などに設置されたコピー機の使用実態を(現地の職員に不審がられながら)観察し、2週間ほどで30箇所の調査を終えた。報告書は電子メールで送り、念のためEMSでも送った(これは清春が帰国して後届けられた)。帰る段になって、マドリードは記録的な豪雨に見舞われバラハス空港は閉鎖された。ホテルの部屋でその情報を得ていた彼は、ミュンヘンに戻っていたほかの調査メンバーと連絡を取り、ついでに休暇を取れないかと打診した。

 日本では考えられないことだが、欧州のメンバーはその点鷹揚で清春は5日後の飛行機でミュンヘンにいるチームと合流し(実は他のメンバーもそれぞれ休暇を申請していた。なんとものんびりした話である)、帰国前の報告準備を整えることになった。

 さて、4日間の休暇である。

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立ち眠る

floating away
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 木曜日のことなのだが、眠くて眠くて仕方がなかった。トイレにたって洗面台で顔を洗って、それから個室に入った。個室に入って、立ったまま寝た。便座に座るのも嫌だし、便座のふたに座るのはもっと嫌だった。外国の映画などで女優がそういうことをするシーンを見るけれど、実感がわかない。実感がわかないので立ったまま寝た。そんなことが出来るのか不安だったが、あまりにも眠くてきちんと寝ることが出来た。しばらくして誰かが入って来て、それからまた誰かが入ってきた。二人は誰かの悪口を言って、用を済ませて出て行った。出て行った後で、僕も出て行った。それから缶コーヒーを買って、机に戻って仕事をした。
 よく考えたら、その日だけで五本も缶コーヒーを飲んだ。すごい。

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美しい五月に。

 恋人はやわらかにくちづけて、僕はパニックになる。碧が吹き飛ばされそうな風の中で、僕の頭上に顔を見せる。遠くから野球部の練習の声が聞こえる。その野卑な響きを僕はとても遠く感じている。だから、不愉快ではない。碧は僕の何を求めているのだろう。
 校舎は二つに分かれている。特別教室棟と授業棟。職員室やその他アドミニストレイティブな機能は特別教室棟にある。僕達が数学や古文の授業を受けるのはそれぞれの教室、つまり授業棟である。
 それぞれの棟を結ぶ連絡通路に、僕は思い出を抱えているので、渡るたびに複雑な気持ちにならないでもない。そして三階のそれは今、碧に従えられてしまった。だからもう一度言う。恋人はやわらかにくちづけて、僕はパニックになる。
 17歳の頃、寄る辺なく、やるせない日々にも眠れなくなることはなかったのに、今大人になって僕は寝つきがすこぶる悪い。けれど碧のことを思い出すと、少し心が落ち着く。幻想でしかないのだが、この人こそ僕を理解してくれたのではないか。今自分が把握している以上に、僕の心の底を見透かしていたのではないか、と。
 それはあやまりだと知っている。知っていることを知っている。けれど、ただ一度碧が僕にキスをくれたことはあやまりでもあやまちでもなかったのだと、繰り返す僕がいる。
 僕は碧の名前を検索窓に書き込む。そして彼女が、その自宅(だったはず)近くの市民合唱団のピアノ伴奏者として名前を連ねていることを知る。ピアノをまだ弾いている。当たり前ながら、僕にとって鈍いショックを与える出来事がそこに現れ、もし今一度音楽が二人を結びつける絆であったら良いと虫の良いことを考える。
July_beautiful 美しい五月に。気がつくと七月だった。

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チャイムが鳴って玄関に行き、そこで自分の靴を目にするまで

 玄関には私の汚らしいスニーカーが行儀良く揃えて置かれている。
 これは私が大学入学時分に買ったもので、スニーカーとはこのようなものであるか、と適当な諦念を胸に買ったものである。諦念というのは、生来自分は道をよく歩き回る性質で、それというのも道に迷うのが大得意という、高尚な趣味嗜好の人間であることによっている。このような靴で快活にハキハキと見知らぬ街の道また道を歩けるものか知らん、と諦めた。その諦念である。
 なぜスニーカーを買わなくてはならなかったか、諦念を抱えてまでという説明は長くなるので端折ると、浮世の大学生のファッションというものがどういったものか上手く想像できなかったせいなのだが、それでも私は大体こんなもので大学生らしく見えるだろうという服装を考案し、それはジーンズにスニーカー、頭の悪そうな(珍妙な横文字の書かれた)Tシャツといった出で立ちである。この考えは見事的中していたので、私は今日寸分の疑いを余人に抱かせることなく、大学生になりおおせている、はずである。
 さて、その大学生活は貧窮生活でもあった。それゆえドイツ語で労働を意味するカタカナ語によって、生活の資を稼ごうと思ったのだが、なかなか自分にあった職業は見つからない。なに、職業などというのは体験してみなければそれが自分にあっているかどうかなど分かりもしないのだが、それでも先入見で分かった気になっている若輩者はえり好みをして可能性の芽を摘んでいるのである。誠に愚直、嘆かわしいことである。
 そのようなことになってはいけないと、教養豊かな文化人である私は一つの戒めを自分に与えた。つまり、人から持ちかけられた仕事はみな引き受けようというものである。随分悠長な、と思われるかもしれないが、如何せん世の中は縁というもので出来ているのであって、これをないがしろにしては立つものも立たず、出るものも出ない。なので、来るものはみな引き受けるという姿勢をとりはじめたところ、不況の嵐はどこ吹く風、案外しようもない仕事は世の中にあるものである。
 私の友人に便利屋家業を営んでいる人があって、犬の散歩、留守番、猫の捜索、留守番、ゴミの処分、留守番、子供の自由研究、留守番などを立て続けに紹介してくれたのである。この友人というのは御年72歳になる白鳥老人だが、白鳥老人がなぜ自分では果たすことの出来ない依頼を受けてそれをまた私に打診してくるのかは分からない。それでも白鳥老人は経済的に貧窮している様子はないので、私が詮索するまでもなく単なる老後の暇つぶしとして便利屋の看板を掲げておるのだろう。
 家の留守番を赤の他人に依頼するというのは不思議なものだが、知っている人ではかえって勝手気ままに振舞われてしまう可能性もある。その点、赤の他人であれば邸内のものには一切手を触れないでくれと、依頼者の優位でもって言いつけることが出来るわけだ。上手く出来ている。
 留守番を頼む家は裕福な家庭が多く、また訳ありな家庭が多い。とはいえ留守番なので家人の誰彼にそういった話を聞くわけではないし、邸内では一切の調度に触れないという約束なので、家捜しのような真似をしてそういうことを知るのではない。しかし、留守番を頼まれた家の空気がそれを告げるのである。世の中には様々な人が様々な苦労を抱えて生きているのだということだけは、軽佻浮薄な私にもようく分かる。
 かくして留守番の依頼があると私は複数の文庫本をカバンに入れて、コンビニで弁当や飲み物を買い、そのお宅へ伺う。留守番と言っても家を空ける期間はまちまちだ。わざわざ人を雇ってでも、邸内を無人にしたくないという事情はそれぞれであろうし、それこそ訳ありだろうから、要らぬ心配はせずに床に腰を下ろし持ち込んだ文庫本を読むというのが私の仕事となるわけである。なお床に座るのはソファや椅子もまた調度であるためである。私が使用を許されているのは照明と水道、手洗いくらいのものである。
 そうして私は漱石の『草枕』を読み、ゲーテの『ファウスト』を読み、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』を読み(これは時間がかかった)、パスカルの『パンセ』に取り掛かろうとした。玄関のチャイムが気の狂ったように鳴らされたのはその時である。はて面妖な。
 人が尋ねてくる場合は留守番を頼まれる際に言付かっているし、それに郵便や宅配にしても、私がわざわざ出ることは好ましくない。しどろもどろに認印の所在を探すような真似はしたくないし、そういうことは私としても契約違反となってしまうのである。なので通常はそれを黙殺するのであるが、このチャイムの連打は人間の常識の範疇をはるかに超えているものだった。三三七拍子やエイトビートまで交えながら、中に人がいることは確実に分かっている、その上でおふざけをしているという呈なのである。私はある諦念を胸に抱いて玄関へ向かった。そこで私が目にしたのは、決して自分で揃えたのではないスニーカーが、行儀よろしくちょこなんと鎮座している姿であった。奇怪な。

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uncomfortable feathers of time

六月は不自由な時の羽

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Rhfthne  白く濁った泥をティッシュに包んで捨てる。遠くを飛ぶヘリコプターにユニゾンしながら、夜は低くうなり声を上げて闇を広げていく。私は冬至に生まれた。一年でもっとも昼の短く、夜の長い日。北欧では夏至を祝う。闇の支配色濃い冬至に、私は生まれた。
 滑らかな肌を沼より立ち上る瘴気のような闇が包んでいく。それを眺める私はベランダに寝そべっている。私は裸で、背中のタイルが冷たい。つる植物のアラベスクが夕闇を背景にくっきりと浮かび上がる、影絵のようだ。植物が動かないというのは誤った思い込みで、一日中風に揺られたり、虫の歩くリズムに合わせて震えている。
 神話的な時間をくぐると、私は何ごともなさずに天然に還るということだろうか。ただ死にたい夜と、ただ死ぬことが恐ろしい夜が交互にやってくるので、目を閉じて眠りに堕ちるまでの間、不安を免れることがない。
 午前中は雨が降りそうな空模様だったのに、夕暮れ頃からあまりにも美しい雲が空高くに広がり、そして今昼の世界はだんだんと夜に支配を明け渡す。もう悲しいことが何もないといい。そんなことは、望むだけ無駄なのだ。わかっているけれど、時折そう思うくらいいいと思う。私だって一本の草にすぎないのであれば、何か大きな他者に翻弄されて命を終えるほかないのであれば。
 美意識なるものの残酷さ。それは美意識が私の美しさとかけ離れていること。美意識が私の容姿を糾弾すること。自分自身に我慢がならないという、鏡の前のパラドクシカルな幻想と幻滅。合わせ鏡の中で増幅される哀しみは、夜が空を飲み込むように私を喰らい尽くす。
 今日は夏至でも冬至でもない。ただの一日の終わり。ただの終わり。ただ一人で生きたいと願う、一日の終わり。終わり。

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ラミナ

lámina

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 歯科医院を想起させる寝台に僕は横たわっている。この部屋は無音で、白い壁紙にはパターンもない。無機質という言葉がぴったりくる。天井に照明があるが、今は午後の早い時間なので点灯されていない。どうせそこからも無機質な光が降ってくるのだろう。部屋の前面は大きなガラス窓のはずだが、白いロールカーテンがするりとのびていて、光は入ってくるけれど、その向こうにある景色を目にすることは出来ない。
 僕はサックスブルーのサマーセーターを着てそこに横たわる。この部屋に相応しい服装をしてきたかのように、一切の文字情報を剥奪されている。時計の文字盤だけが、何がしかの意味を伝達する。
静かに息を吐いて、目を閉じて、リラックスして、端々まで自分の体を思い描いて、と注文の多い指示を聞いている。その声はどこかに設置されたスピーカーから流れてくる声。けれど僕は職業柄それがボーズのスピーカーであること、この場所からは見えなかったけれど、診療台の後で目隠しになっているブラインドの奥の部屋の天井から二本吊り下げられた101であることが分かってしまう。アンプは通していない。ミキサー卓か、いやコンピュータに接続されていて、ソフトウェア上で管理されているのだろう。
「あなたがなりたいと思うものをイメージしてください」
 はたして、一般の患者が何をイメージすることが多いのか、見当もつかない。鳥だとか、魚だとか、人間ではない生き物なのだろうか。僕は自分が平べったい石の板になっているところを想像した。そのような石を見たことがあるかどうか、思い出せない。けれどそれは未開の人間達が儀式を執り行うために設えた聖壇ともいうべき場所で、その上で奇矯な衣装をまとったシャーマンが身を折り伏して祈祷する。そのような石の板。ラミナ。
 音がないせいで、僕は自分の発する一つ一つの音を聴くことが出来る。つま先を伸ばす、その筋肉の動きに従ってスラックスの裾がかすかに鳴いている。時計の音は聴こえない。デジタル時計だからだ。呼吸する胸の音、胸が上下する音。シャツとの摩擦。刺激を受けずとも顔面で緊張と弛緩を繰り返す筋肉の動く音。血の流れる音。
「あなたは高いところから森を見下ろしています」
 無機質な声がまた響く。音のインとアウトがスムーズなのは、強力なコンプレッサーとノイズゲートが効いているためだろうか。それとも、インを聞き逃してしまったのだろうか。本当に声はしたのだろうか。無から音が生まれるということがあるのだろうか。
 森はどれくらいの広さならいいのだろう。ジャングルのような途方もない森林か、それとも僕が子供時代に遊んだ家の裏の雑木林くらいでいいのだろうか。そして高いところを僕という石版は浮遊しているのだろうか。それともなにかの建造物にのってそれを見下ろしているのだろうか。やはり、多くの患者は人間以外の動物になった自分をイメージしているのではないだろうか。少なくとも、石版ではない。
 それから音が聴こえたのかどうか、覚えていない。目を覚ましたのかどうか、覚えていない。眠ったのかどうか、覚えていない。僕は石版になって高い空を浮遊し、広大なジャングルを見下ろしている。知性はまだ残っているが、覚醒と眠りの区別がよく分からない無機物になってしまった。重力法則に反して無辺際を飛ぶラミナ。時に雨に打たれ、時に太陽に焼かれながら、僕は人間その他の動物が生きる時間の短さを実感することが出来ない。生まれては死んでいく動物相と植物相も、もし瞬き出来るならそれは一瞬のことで、まして僕はすべての時間を等しく傍観している石版なのだ。
 ラミナ。僕は石の板になった。古いと新しいが共存する、一枚の板になった。

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キヨの思い出

bird at the nest

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 久しぶりに外に出て、街を歩いた。あれ、こんなところあったんだーという裏通りなどを見つけて、コンデジでパシャパシャと写真を撮ったりした。結構歩いたので疲れて、早く帰りたくなった。普段乗ったことのない路線のバスに乗ってしまった。これまたぐるぐると、自分には関係がないけれど人々が生活を営んでいる町並みをめぐった挙句、終点ですよと言われた。降りた場所は全然知らない場所で、帰りのバスも一時間くらいなくて、どうやって帰れるのかも分からなかった。しかたがないので公衆電話からキヨに電話を掛けた。電話口のキヨは不機嫌そうに、「近くに何が見えるの?」とか「番地はどっかに書いてないの?」と聞いて、今から行くからと言って電話を切った。がしゃんと切られた電話の受話器を戻して、キヨが来るまで自動販売機の隣のゴミ箱の隣の、誰かが捨てていっただろう椅子に腰を下ろして待った。ランドセルの子供たちが元気に走って帰るのに、いい大人の私は帰り道が分かりません。帰り道がわかりません。適当な節をつけながら「こまったなー」と歌っていたら、なんだか本当に悲しくなって歌うのをやめた。チリチリとベルが鳴って顔を上げると、自転車を押しながら腰の曲がったキヨが立っていた。キヨがむすっとしていたので、素直にありがとうといえなかったけれど、びっくりするくらいの瞬発力で立ち上がって駆け寄った。

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雨のペイシェンス

Patience of the rain

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 耳の奥に声がすべり込んで、反応するまでの遅れが気づかれる前に、僕は態制を立て直そうと試みる。何度も繰り返された経験のような気もするし、そうでない気もする。窓枠の向こう側を色とりどりの傘が通り過ぎてゆくのに、ストップモーションのような視覚でしかそれを捉えられない。檻の中の動物達は、あるいはこのような景色を毎日見ているのかもしれない。話を聴いていないと思われるより前に、気の利いた相槌を口にしなくてはいけない気がする。そんな必要がなかったとしても、そうしたかった。生きていることに関わる数多の義務は、目的のない意地を張ることに依拠しているのだと思った。どこでそんなことを覚えたのだろう。
 目の色が変わる。僕の様子がおかしいことに君は気がついている。でも、気がつかない振りをしてくれている。何度となくその優しさに救われた。いつのまに飲み物が運ばれてきたのか思い出せない。いつ飲み物を注文したのかも思い出せない。白い器から湯気と心を落ち着かせる香りがただよってくる。大丈夫、落ち着けばいい。思い出すことは出来ない。いつからこうなってしまったのか、何が原因なのか。原因が分かったとしても今ではどうすることも出来ない。そのことだけが確実だ。
 悲しいけれど、確かなことがある。何も信じられなかったり、頼ることが出来なかったり、あるいは僕のようにほんの少し前のことを思い出せなかったりという不安定さの中で、その確かさは絶望が星となったように輝く。それはきっと北極星のように、すべての星の旋回をただじっと見守っている。悲しいけれど、確かなものがあるということは、生きていける支えになる。かつて星が航海者の道しるべであったように。
 昔のこと、まだ小さかった頃のことは無理なく思い出せる。生活の習慣も僕の中に根を下ろしている。シャツの置き場所がわからなかったり、時計のはめ方が分からなくなることはない。ほんのわずかの瞬間で僕の記憶は寸断される。もしかすると、忘れてしまったこと自体を思い出せないのかもしれないけれど。会話をしていて、何の会話をしていたのか分からなくなる。ミルクを注いでいるのに、そのこと自体を忘れてしまう。数秒間の記憶が欠けることもあれば、今その時に起こっていることを認識する前に忘れてしまうことがある。
 一番最初に異常に気がついたのも、やはり君だった。僕はそのことを覚えていないけれど、君が僕の病気のことを記したノートにそう書いてあった。会話の途中で、なんども途切れ、何度も同じ事を話すようになった。初めはからかっているのだと思ったけれど、あまりにもそれが繰り返されることに君は不安を覚えて、僕を病院へ連れて行った。覚えていないけれど、ノートにそう書いてあった。それを僕は何度も復唱する。声に出さずに復唱する。なぜだか、忘れてはいけないことのような気がするからだ。けれど、忘れてしまったとしても僕にはそのことさえ思い出せないのだろう。
 僕は車の運転が出来ない。僕は本を読むことが出来ない。けれどそんなことはささやかな不都合でしかない。そして僕は君が誰であるかを覚えている。君はずっと僕のそばにいたので、僕の記憶の中に留まってくれた。
 欠落していく記憶の中で、流れすぎる時間の中で、アスファルトを濡らす雨は地面に突き刺さる白い糸のように見えるだろう。天空と地上を結ぶ幾千もの柱のように見えるだろう。
 多かれ少なかれ、僕達はすべてを忘れてしまう。そして僕達はすべてに忘れられてしまう。地上から消えて、僕達を記憶していた人たちもすべて消えてしまう。だから、忘れることは悲しいことではないのだ。目の前に君がいて、心配そうな目で僕を見守る君がいて、悲しいことなど何もないのだ。
 いつのまにか、飲み物が運ばれて来ている。

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まなざしと幻想

Fantasie

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その公園を通り抜けると、いつも一羽や二羽の孔雀を目にした。けれど、早朝のその公園を通り過ぎるのは今日が初めてだった。水の流れる音が遠くいつまでも耳の底に聞こえていた。

青い空はとても高く見えて、門扉の鉄格子の装飾的なフォルムを薄い水色で縁取っていた。かつて訪れた街の景色や、そこにそよぐ風を僕達はよく記憶しているものである。忘れてしまったことを思い出せないせいかもしれないが。

その灰色のコーテックスにすべてが依存しているならば、些細な感傷はいつ失われるとも知れない。だから疲れた体を横たえる寝台よりも今はただ、一人でいることが心地よい。

すべてをいつか投げ出せるという甘えがあるせいで、僕の歩みはひどくのびやかで、ひどくゆるやかだ。加速しては点滅する黒い夜のトンネルに、オレンジ色の雨が横に長く伸びていった。

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月のナイフ

moon edge

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 天窓から見える月は細く、心もとなく輝いていた。
 雨が上がった庭から、土の匂いが立ち上っている。
 実家の敷地内にログハウスを建てた。まるでプラモデルのように、ログハウスを建てるためのキットが売っているので、インターネットでそれを買った。三十半ばで辞めた会社の退職金も一部支払いにあてた。思ったより安かった。
 二週間ほどして、とんでもない量の木材が家に届く。たとえ小さくてもログハウス一つ分の木材というのは案外ヴォリュームのあるもので、なるほど家を建てるというのは伊達や酔狂では出来ないことだと、伊達や酔狂で手を出した僕は早速後悔しはじめた。
 高校時代の友人が家業の大工を継いでいたので、連絡を取って相談した。とても一人では組み立てられそうに無い。キットの説明書がそもそも英語で書いてあって、必要な工具は殆ど持っていない。縁なしメガネをかけて、ラルフ・ローレンのポロシャツを着た棚部は大工というには余りにも優男だったが、一通り僕の間抜けな話を聞いて、図面を見た後で、面白いな、と言った。自分の仕事があるから毎日付き合うわけには行かないが、暇な時間を利用して手伝ってくれることになった。持つべきものは友達だ。スウェーデン製のそのキットの図面を見ながら、棚部は改良を加えるべき点を幾つか指摘し、また水道回りと電気系統の配線は別の業者を手配しなくてはいけないといった。
 春先に弟が死んだ。年が離れていたせいで、小さい時は喧嘩をすることも殆ど無く、弟が地方の大学にいってからは正月くらいにしか顔を合わせることは無かった。驚いたことに死因は餓死だった。言っておくがうちは大学生一人に仕送りが出来ないほど貧しいわけではない。潤沢とはいえないがそれなりの資産もあり、弟自身もアルバイトをしていたのだから、金に困って食えなくなったというわけではないのだ。
 日記などの遺品の整理をしながら、それが自発的な死だったのだということが分かってきた。弟としてはクリーンな死を選んだつもりなのだろう。自殺という言葉で括られてしまえば、どうしてもネガティブなものを孕んでしまうが、弟は自分から望んで死んでみようとしたのだった。死を恐れるべきものとしてではなく、しかし誰もが経験するものとして、ただ少し早く迎えたかったのだ。道具も使わず、部屋も汚さずに死ぬつもりだったのだろうが、結果はそれほどクリーンだったわけではない。時間がたってから弟の部屋には大量の蝿が発生し、その羽音を不審に思った隣人が管理人に連絡し、ドアを開けた管理人は地獄絵を見たことだろう。連絡を受けて遺体の引き取りに行った僕は、綺麗に処理された弟の細い体しか目にしていない。苦悶の表情を浮かべてはいなかったので、ウトウトしながら息を引き取ったのならいいな、と思った。
 当然ながら、弟の死は両親にとって衝撃だった。生きることに絶望して死を選んだというわけではないのだが、それでも自分の子供を弔うという経験は悲惨なものだ。父親は仕事を支えにしたが、母親はすっかり落胆して、今度はこっちが死にそうな様子になった。心配になった僕は仕事をやめて、自宅で母親の話し相手をして過ごした。彼女は最近元気を取り戻してきたように思える。毎朝仏壇の弟の写真に向って長いこと座っているが、一時期見られた荒々しいものは表情から消えた。
 一方僕はといえば、弟が自分から死を選んだことを誰か一人くらい誇りに思ってやらなきゃな、と変な理屈でもってそれを受け入れることにした。そうでなければ弟も悲しむだろうと思ったのだ。小さい頃から理屈っぽくて、妙なことばかりしてきた弟だが、最後も妙なことをしたな、と思うと不謹慎ながら笑いが生まれるほどに、僕はその死を受け入れることが出来た。まったく、やってくれたよ。
 さて、弟の死、退職というありがたくない出来事に見舞われた僕は何か景気のいいことはないか、と思って一つ記念に家でも作ってみるか、と思った。僕も少し精神的におかしかったのは確かだろう。
 棚部が時々手伝いに来てくれるので、力仕事は二人ですることにした。そのほかの細かな仕事(例えば金具の取り付け)は一人でした。道具は棚部が一切合財を置いていってくれたので、特段困ることは無かった。家の枠組みが次第に出来上がっていくのを見ながら、なんだか秘密基地の完成を見るようで、年甲斐も無く興奮した。
 屋根がついたころ、棚部がトラックの荷台にばかばかしいくらい大きなスピーカーを載せてきた。聞くとゴミ捨て場に不法投棄されていたそうだが、建造中のログハウスにマッチするのではないかと思って持ってきたという。OTTOというブランドのそのスピーカーは冷蔵庫くらいの大きさがあって、完成するログハウスにいきなり邪魔なものが設置されてしまうのはいかがなものかと思ったが、筐体の木目がログハウスと奇妙にマッチしており、試しに置いてみるとあまりにもはまりすぎているので棚部も僕も「これはいい」とお互いに頭を振ってそれらを眺めた。
 天気のいい日を選んで特殊なニス塗りをして、完成したログハウスは広さ十畳程度のささやかなものだったが、ちっぽけな人間がたった二人で作ったことに僕は大いに満足した。自宅の敷地内にあるので、特に不便も無く、どうせ遊びで作った家なので物置にでもするつもりだったが、完成を祝して僕と棚部は高校の同窓生を集めてささやかなパーティを開いた。引っ越し祝いと言って棚部がレコードプレーヤーをくれた。僕達はビールを飲みながら、その安っぽいレコードプレーヤーをアンプに繋いで、OTTOのばかでかいスピーカーでビートルズを聴いた。途中で雨が降り出し、雨漏りしたら困るなと思ったが、それは杞憂だった。しばらく雨の音が続いていたけれど、そのうちに止んだ。
 友人が帰った後で、空き缶とごみを袋に詰めて母屋(と呼ぶのが相応しいだろうか)へ持っていき、代わりに寝袋を抱えて戻った。晩秋だったが、まだそれほど寒くはなかったので、僕はこのログハウスで最初の夜を過ごそうと思った。風が出始めていた。黒い雲がすごい速さで空を流れていった。
 誰もいなくなったログハウスの中は驚くほど静かだった。時計も冷蔵庫も無い。じっとしていれば、そこに時間が流れているかどうかも分からないだろう。音量を絞ってまたビートルズのレコードを再生する。横になって、見上げる天井の窓に、弱々しい月のナイフが姿を見せていた。
 弟にも見せてやりたくなって、僕は少し泣いた。

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