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「ピアノの練習の時間だよ。」

本来ならすべての本は再読されるべきなのだろう。研究論文などもそうなのだろうけれど、なかなかそういうことは出来ないので、気になったところ、自分の論理の構築に寄与しそうなところ(賛同するべき意見であれ、反論するべき箇所であれ)や気付き(これは書き手の意図したところとずれていることも多い)をもたらしてくれる箇所には印を残して、後でまた拾い読みをする。文学作品については、拾い読みでもいいけれど、印をつけたりということは僕はあまりしない。

多分5回目の通読、となったポール・オースター『ムーン・パレス 』は2冊目のもので、最初に買ったのは大阪で大学生だったときだが、どこかに混入してしまったのであらためて買いなおしたもの。新潮文庫の背表紙に「青春小説」と書いてあったのだけれど、そうか青春の時期を過ぎつつある僕は、やはり違う感触でそれを読み返したのであった。なぜ、今、という理由は特にない。大学生のころ、多分二十歳位のころにこの作品に出会えたことを寿ぎつつ、それを再確認するように読んだのかも知れないけれど、以前よりも文学作品としてのあざとさ、というか、むしろヘタクソな感じが目に付いて(もちろん手の内を知っているわけだが、それにしても、こんなに前面に出していたのか、と)、しかし不快ではなく、距離をもってテクストを読んでいるのだなあ、と実感した。あと、案外長いのね。

訳者の柴田元幸さんも好きな箇所としてあげていたと思うのだけれど、生活に困窮する主人公が貴重な栄養源である卵を落とし、それが床に吸い込まれていくのをスローモーションのように見ている場面がある。ううむ、素敵だ。それ以外にも「ああ、いいなあ」と思った場面がいろいろあって、後に主人公の父親であることが分かるソロモン・バーバーが絶望を味わった折にレストランで暴飲暴食をするところも素晴らしい。これは既に誰かが指摘しているかもしれないけれど、レイモンド・カーヴァーの"Fat"という作品にも同様の非常に迫力ある注文あるいは食事の場面がある。どちらも好きだ。

意地悪爺さんのトマス・エフィングについては、浦沢直樹の『PLUTO 』第一巻に出てくるポール・ダンカンを重ねてしまって、なんだかおかしい。そうそう、個人的には消化不良に終わったこの漫画のなかで、ノース2号の話が好き。「ピアノの練習の時間だよ。」というダンカンの最後のセリフもすばらしい。

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