« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

発熱。

発熱。しんどい。明日から授業なのに。

|

彼岸過ぎまで

春夏は『氷菓』が面白かった。続編とかじゃなくて、再放送してくれる方が嬉しいかも。

彼岸過ぎ、なるほど夜は涼しく。九月も残り十日を切った。明日が秋分。

昨今、「おお未来のようだ」と思ったのはエレクトロクロミズムを利用した電子カーテンを飛行機の中でみたから。シェードがないなあ、と思っていたら見る見る窓が青くなっていく。美しい。ボーイング787の話。

|

『モロッコ人の手紙』三者三様の意見と、ネイションとしての祖国。

カダルソの『モロッコ人の手紙』は、モンテスキューの『ペルシア人の手紙』と違って、手紙をやり取りする人物の数は僅か三人。しかし、この三者が三様の立場で意見を戦わせることによって、作者自身の言葉によれば「国の批評(Crítica de la nación)」が達成される。三者の関係、立ち位置はつまり、こう。

Scheme_cartas_marruecas

これを以前僕はドグマ的な意見の提示を避けるものとして、マヌエル・カマレーロに与した見解だったが、ネイション意識についての視座を得た今としては、絶えざる批評によって変容する祖国がネイションであると思っている。固定的な祖国はないのだが、それが検討に付されるその瞬間瞬間に祖国が生起しているのだ。

|

まだまだあついよ。

まだまだあついよ。


Happy

|

復興特別所得税の案内も受け取ったことだし

思想的に右とか左という言い方は、もともと国会の中で座っている場所から右翼(right wing)、左翼(left wing)と呼んだところから来ているわけで、相対的だしある個人の思想を丸ごとあらわすわけではないものすごく大雑把な物言いなのだが、それを自身標榜してしまうと右にしても左にしても危険だ。いや、もっと限定されててもさ、メタル好きだけどメタリカだけはちょっと、という人があるわけで。レッテルは人が張ることがあっても、自分で張るものじゃないと思うんだが、どうなんだろう。

それから、左自体に価値があると思っている人はかなりおめでたい。保守の上に革新は積めるが、革新の上に保守はのせられないからね。基本的に革新はお金持ちの立ち位置。貧乏人には縁がない。じゃあ保守ですよ、ということをアピールすることのむずかしさは、革新にポジティブな含意が与えられている、という上のこととともに、それ自体が当然の価値を尊重するので「そんなの当たり前じゃん?」と思われるところだ。当たり前は結構難しいんだけどな。

まあ、そんなことはどうでもよくて、はやく選挙やろうぜ、という気分。復興特別所得税の案内も受け取ったことだし。よろこんで払うつもり。でもちゃんとその目的にだけ使って欲しいぜ。まあ、税収なんて集めてしまえばいっしょなんだけどな。

Hukko

|

考えられないくらい

自分はサイン本などに興味があるわけではないので、時折偶然に古書でそういうものが入ってくると驚く。この前芥川賞をとった円城塔さん。だから、数はたくさんあるんだろうな(ただし『道化師の蝶』ではない)。この文章が、おもしろい。

過日スペイン語圏で出た本をアメリカの古書店から買った。いわゆる古書の場合もあるけれど、新品のままのものが数多くある。そして本国ではすでに手に入らなくなっているのに、アメリカ(合衆国)に潤沢なストックがあったり。となると、これは出たときに一定数量は売れることを見越して大西洋を渡ったものの、それほどさばけなかった本たち、ということになるのだろうか。まさか返品することも出来ず、新刊書店は古書として払い下げたのかもしれない。よくわからない。

一昔前では考えられないくらい、便利になったなあ。

|

kindleなのよね

6月のギター新調以来物欲が鳴りをひそめているが、出たら欲しいなあと思うのはkindleなのよね。

|

『シスター・アクト』

天使にラブ・ソングを… 』に出ていた、控えめな修道女見習いの役が印象的なためか、きっと隠れファンが多いであろうウェンディ・マッケナ。彼女がNHKでやっていた『ジェシカおばさんの事件簿』に出ていた気がするのだけれど、wikipediaなどを見てもその記載がない。勘違いだったのか。でも、NHKの何かでみたのは間違いないんだけど。

そんなことを思い出したのは、昨日学生さんのミュージカルで『Sister Act』を見たせい。たとえば芝居を作るというのも大変なことだけれど、ミュージカルもまた、歌って踊ってという大変さがあるのだろう。しかもそれは女子大のミュージカル部なのでキャストは全員女性という。すごい!

拝見したのは二度目。見ながら、話そのものだけじゃなくて、いろいろなことを考える。舞台の上に立っている全員が、そして舞台を陰で支える人たち全員が、本当に輝いていたのでした。

原題Sister actの"act"の部分は幾通りにも訳せる。

|

『おおかみこどもの雨と雪』

『時かけ』、『サマーウォーズ』に引き続きの細田守監督作品。見てきました。

すごくよかった。いろいろ無理があるのは、別にいいんだ。そんなこと、どうでも。

おおかみこどもの雨と雪


Ookamikodomo

|

161番

モンテスキューの『ペルシア人の手紙』は当初150通の書簡を含んでいたが、その後140通となり、最後に161通となった。削除されたもの、追加されたものさまざまである。ところで、この書簡体小説の最後は、フランスへ旅行していたペルシア人ウズベクの不在にあって故国のハーレムが崩壊するというもの。その掉尾に、信頼を置いていた愛妾ロクサーヌの最後の手紙がある。不義を犯し、相手の男を殺された報復を宦奴たちに果たした後、毒を服んで自害する彼女のものである。

が、これが僕の有するスペイン語訳では161番の書簡なのだが、中公の抄訳では160番になっている。なぜだろう。依拠したエディションが違う、ということも考えられるが、161通で作品テクストとしては固まっているのだし、物語(とよべるものがあれば、だが)としても、これが締めくくりでなければおかしいのだが。

|

Defensa de la nación española

Cadalsoの、おそらくは最も早い時期の書き物はDefensa de la nación españolaというものなのだが、1970年にGuy Mercadierというフランス人研究者が発見、トゥールーズで出版。しかしこれは、古書市場でもまず手に入らない書物になってしまった。図書館で見るしかない。電子テクストとしてはセルバンテス・ビルトゥアルなどにもあるのだが、ムルシア大学の人が2006年にちょっとした解題をつけたものがPDFでよめる。ありがたいことだ。同じくムルシア大学の人と思うが、Ana Peñas Ruizという人が、あまり内容のない論考を書いているが、おかげさまで、このムルシア大学のPDFのことを知ることができた。いっぽう、1985年にJúcarからCartas marruecasと合本でFrancisco AlonsoもEdición críticaを出したことになっているのだが、これは一度も見たことがないなあ、と思ったらちゃんと持っていた。でも表紙タイトルにはCartas marruecasしか載っていないので、後ろの方にDefensaが入っているとはよもや思わないよな。

案外入手しやすいテクストになってるじゃないか。

ところで、4年前になるが、2008年にGuy MercadierはTorres Villarroelに関するコレクションを12000ユーロでオビエド大学に売却している。価値を考えるとタダみたいな値段だし、18世紀研究の重要な基盤であるオビエドにそれを寄贈する、という意味合いが強いだろう。オビエド大学は同年設立400周年ということもあった。で、僕が分からないのは、カダルソの上のテクストの行方なのだが、これはやはりMercadierが持っていると考えていいのだろうか。エクサンプロヴァンスの大学(最近合併したようだ。エクス・マルセイユ大学になった)が保持することになるのか、それとも・・・。

|

耳休め、セフテンバー。

8月の終わる頃、暑さゆえにライ・クーダー『Get rhythm』を聴いたりしていたのだが、9月になったら雨が降って覿面に涼しくなる。驚いた。毎年8月の終わりには夏休みの宿題が終わらない、と書く。今年は書くつもりだった投稿論文が間に合わなかった。しょうがない、そういうこともあるさ。来年、頑張る。

サラ・ブライトマンのシングル・コレクションを聴いていたら、非常に心地よかったので、ソプラノはいいものだなー、と思ってプッチーニのアリアばかりを集めたCDを聴いていた。深夜に聴くとよい感じ。脳天を引っ張られるような感じ。ジャケットもいかす。これ、僕がもってるCBSソニーのものと曲順は違うんだけど(中身は一緒)。

|

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »