« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

昨今の収穫

高見沢俊彦様と僕は身長が同じだ。

|

『トッカン』が面白い。

トッカン』ってドラマが面白い。なんだか、映像が映画みたい。

|

ほっそりした人がファイヤーバード

ファイヤーバード愛用のブルースギタリストはいろいろいるはずだけれど、まずはジョニー・ウィンターが出てきて、でも彼ではなくてすごくインパクトのあったギタリスト、誰だったっけ、と悩んでいた。

クラレンス・ゲートマス・ブラウン
Clarence Gatemouth Brown

だった。亡くなってもう7年になるのか。ハリケーン(カトリーナ)襲来のすぐ後のことだった。

ほっそりした人がファイヤーバード弾くとかっこいいなあ(ジョニーもそうだが)。

|

ビセンテ・ガルシア・デ・ラ・ウエルタについて

Ésta fue la vida del padre de Raquel, uno de los escritores más interesantes y casi me atreveré a decir más conmovedores del siglo XVIII por la entereza y el tesón con que defendió un ideal decadente contra los nuevos valores ideológicos -y estéticos- suscitados por una sociedad en transformación y dirigida por un gobierno absolutista. (René Andioc, "Introducción," a su ed. de Vicente García de la Huerta, Raquel, Madrid: Castalia, 1971, págs. 17-18.)

理由はよく分かっていないのだが、女性問題(相手がアランダ?)が問題で首都を追放されたり獄につながれたりしたガルシア・デ・ラ・ウエルタ。そりゃ性格も捻じ曲がろうモノだけれど、1785年にTeatro Hespañolというアントロジを出す。これは新古典ではない、前世紀からの作品を集めたもので、スペインにはこんなに素晴らしい作品がある、というアピールだが、そこにはバロック演劇の優れた作は(たとえばロペの作品は)ひとつとして含まれていない。その上、セルバンテスなんて最悪じゃ、と書いたもんだから非難轟々議論百出で、とても静かな老後を過ごせるものではないが、ちゃんと2年後に没している。

時代としては、1770年代のアランダの演劇改革から隔たっているとはいえ、荒唐無稽な演劇への引き戻しがあるわけでもなく、そもどこから探してきたのか、というような作品のレパートリだから、批難されてもしかたない。さらに、いわゆる自国のクラシックとして認められてきた作家が含まれていなかったり、貶されていたりだから、否応なしに風当たりは強かったわけだが、時代の趨勢ということもあろうし、ガルシア・デ・ラ・ウエルタが悪意を持ってこれを編んだわけではなかろう。

で、フランス式の古典主義演劇を批判しつつ、1778年に大成功を収める自身の『ラケル』が、実はスペイン新古典演劇最良の作となったのだから、非常に複雑で、面白い。カテドラで5番に入っているが、これは同コレクションの中で一番最初の18世紀作品だ。カスタリアでは28番。モラティン(5)とホベ(18)に続いて三番目だ。すごいよね。

『ラケル』は新古典じゃない、という人がいる。ガルシア・デ・ラ・ウエルタは表面的に古典的演劇規則を踏襲したのであって、本質的に新古典ではない、というのだ。この本質的に、というところがいささか曖昧なのだが、話の筋が前世紀までの演劇と懸隔ない、ということがその真意。でも、それをいったら、モラティンの『オルメシンダ』だって、なあ。とりあえず、形式的には新古典だし、僕の思うナショナルなクラシックという意味(これはシーボルトの提唱する新古典だ)では、まず間違いなく新古典なのであって、新古典演劇を推進したのではないガルシア・デ・ラ・ウエルタが書いたから新古典じゃない、なんていう論は若干幼稚だ。たいていの人は、うまくいえないけど違和感を感じているせいで新古典とそれを呼ばないだけのこと、そんな作品だ。僕は新古典と呼んでいいと思う。Ríos Carrataláも同じことを言っている。そりゃそうだ。

美学的だったり、メッセージ云々というところは、今僕の検討するべき範疇ではない。すごく面白い作品だよ、とだけ。マドリーでの上演が1778年、今日定本となっているものが同年に出ているのだが、最初に上演されたのは流刑地オラン、さらには執筆年代は1760年代半ばくらいまで遡れるといわれているので、ややこしい。

ところで、Revista de Estudios Extremeños, T. XLIV (1988), Núm. 2がガルシア・デ・ラ・ウエルタ特集号で(BNE, D/6587)で、Aguilar Piñal, Andioc, Ariza Viguera, Cañas Murillo, Caso González, Deacon, Lama, Ríos Carratalá, Seboldと錚々たる面々が筆を取っている。これらは数年前のマドリー滞在時に全部入手してある。

いっぽう、Juan A. Ríos Carratalá, Vicente García de la Huerta, Badajoz: Departamento de Publicaciones de la Excma. Diputación, 1987.が必須文献のようだが、これは持っていない。元はアリカンテ大学に1983年に提出された彼の博士論文。(このタイトルのPDFあり。)指導はGuillermo Carneroだ。

この周囲と併せて、Ríos Carrataláの最近の仕事は次の場所で読める。

http://rua.ua.es/dspace/

非常に有益。アリカンテ大学のデジタルリソースポータルらしい。A. L. E. U. A.を探していて遭遇。なんだ、Anales de literatura españolaのことか。

その後、マルガリータ・ヒッキーとやり取りした書簡が見つかって、ガルシア・デ・ラ・ウエルタのパリへの避難、その後の幽囚の経緯みたいなものをもたらした原因について垣間見ることは出来るのだが、やっぱり正確なことはわからない。妻と別れたい、としただけで何年も流刑に処されるはずはないのだし、アランダとの確執や、1766年のエスキラーチェの暴動に加担、あるいはこれを教唆したと見られたことが大きな原因だろう。ただ、これに積極的に関わったという立場を取る研究者はまずいないので、どちらかというと、社会的な雰囲気を作品で(つまり『ラケル』で)的確に描いてしまったところが運のつきなのかも。そういうことは1984年のRíos Carrataláの論文に教えられた。筆禍はカダルソに似ていなくもないし、いくつものアカデミアに迎えられたことはホベリャーノスやトリゲロスを思わせないでもない。ただ、この人は60年代の意識で70年代の終わりに連れてこられて、周囲と合わなかった人なんだろうと思う。他の作品の検討がこれからなされなければならないし、マルガリータ・ヒッキーもこれから研究されるものだろうけれど、とりあえず、目の前の問題として僕は『ラケル』を論じたいと思う。

今アイディアとして持っているのは、この時代の悲劇で、大衆がこんなにはっきりとした輪郭を持っている作品はない。普通は大衆を代理する誰かがいるんだろうけれど、ここには行動する大衆が出てくる。もちろん、舞台に沢山の人が出てくる、というわけではないんだけれど、しかし存在する。それから、ラケルが最後には悲劇のヒロインに変容していくのだが、そのとき、反乱暴動を起こすカスティーリャ人のほうが、悪というか、ネガティブなイメージを付与されている(王に対する反抗)。これだけだと暴動になっちゃうので、ガルシア・デ・ラ・ウエルタはちゃんと見事な解決を用意しているのだが、その解決される寸前、までが案外ポイントになりそう。

|

Raquelのエディションについて

Vicente García de la Huerta, Raquel, Ed. Joseph G. Fucilla, Salamanca: Anaya, 1965.

Vicente García de la Huerta, Raquel, Ed. Joseph G. Fucilla, Madrid: Cáteda, 1976.

のイントロダクションは同じもの。カテドラ(後者)でいうと、26から28ページに参照したい箇所がある。

現在カテドラの版(コレクションの5番)はJuan A. Ríos [Carratalá]のEd.になっている(1998年)。

Vicente García de la Huerta, Raquel, Ed. Antonio Papell, Zaragoza: Ebro, 1963.

かなり短い前書き。Fucillaは1778年(A. de Sancha. PapellはBibliografíaで記載をSanchoと誤っている)を決定版としているが、Papellは1784年のImprenta Real版を底本としている。

Vicente García de la Huerta, Raquel, Ed. René Andioc, Madrid: Castalia, 1970.

底本はFucillaと同じ。Ríos Carrataláも。

なお、Raquelについては、René Andioc, Teatro y sociedad en el Madrid del siglo XVIII, Madrid: Castalia, 1987.で5章を丸々使って論じているので、必ず参照しなければならない(pp. 259-344)。先達のあることは、有難いことである。

この作品の題材はやはり年代記に現れたエピソードなのだが、Fucillaは先行する詩作品、劇作品などからの影響を割りに重視している。ドラマトゥルゴとしてのウエルタ評価も高い。追放の理由は分からないながらも、アランダとの確執は色濃いようだ。おかげさまで数年間牢に入っている。面白いのは後に、アランダ派と敵対したあたりだが、1787年3月12日の彼の死に際してトマス・デ・イリアルテが次のような詩句を書いていて、これもまた愉快。

De juicio sí, mas no de ingenio escaso,
aquí Huerta el audaz, descanso goza;
deja un puesto vacante en el Parnaso
y una jaula vacía en Zaragoza.

判断力は欠いていたが、機知少なからざる
豪胆のウエルタここに眠り、安息を食む。
詩壇に空席を残し、
サラゴサに空の牢獄を残して。

|

R. I. P. 西島章次

一月遅れで情けないことだけれど、西島章次さんが亡くなる。ブラジルどころか、新大陸に縁のない僕にとっては、遠い場所の話であったけれど、そんな僕の心に、記憶に残る授業をしてくださった。

僕が筒井康隆大好きなのは、もうお分かりだろうけれど、西島先生って誰、というひとはこれを読んで欲しい。モデルで語る経済学って、きれいだな、と僕に思わせてくれた方です。こんな言い方は不謹慎なのだろうけれど、ブラジルにすべてを掛けられたことは間違いない。僕の知るブラジル関係のジョークはこの人の受け売り。

心からご冥福をお祈りします。ありがとうございました。

|

あぶないっ!

Peligro

|

記憶というのは大いに曖昧で危うい

電車の駅を出たところだと思うのだけれど、すごくいい匂いがして、ステーキを焼いている。普段外食でそんなの食べないのに、すごく惹かれる。でも、今はそこまでお腹もすいてないよな、と留まり、また今度必ず来よう、と思う。

そしたら、それがどこの駅だったのか忘れちゃって、いくにいけない。どうしたものか。なんか、階段を少し下りた、半地下の店だったきがする。

そのように、記憶というのは大いに曖昧で危ういものなので、やはり記録を残しておくということは大変大事である。

Francisco Sánchez-Blanco, "Transformaciones y funciones de un mito nacional: Guzmán el Bueno," Revista de Literatura, T. L (1988), 387-422.を読んだのだけれど、ローカルな伝記や歴史であったグスマンの故事というかエピソードがどんどんナショナルな規模に拡大されていくことを、非常に丁寧に追いかけている。まず研究の俎上にあがらなそうな作品まで取り上げていてすごい。モラティンの作品については、かなりユニークな解釈がされているので、同意するものではないが、理解は出来る。17世紀から19世紀くらいまでのながれをざっと。

過日、自分の息子の処刑に自ら武器を投げたという部分を紹介したけれど、ここはどの作品でも必ず入っている。でも息子を見殺しにする父に十分な今日考えられなくなった水位で主人公が息子になるというのは、大変面白い。そしてロマン主義よな。

|

ガセでどうだろう。

過日雑な新書を読んでいたらオルテガの名前をガッセットと書いてあってあきれる。大丈夫か?

オルテガはJosé Ortega y Gassetという名前で、もしかするとこのスペイン語のスペルが念頭にあって日本語でもそう書いちゃったのか、という弁明も出来ないでもない。まあ、まともな大人のすることじゃないな。

表記は僕の知るところでは、今日本の出版物では

ホセ・オルテガ・イ・ガセー
ホセ・オルテガ・イ・ガセット

双方ある気がする(ウィキペディアのガセトは論外)。とはいえ普段はオルテガの部分だけ使うことも多いだろうから、気にならないのかもしれない。

僕は気になるので、ちょっと書いておこう。どっちにも不満がある。

一つ目から。Gassetのイントネーションは、日本語の「ダセえ」といっしょで「ガセエ」と読めばよろしい。で、ひとつ思い出して欲しいのは、スペイン語のホセはセのほうにアクセントがある。だから、ガセーと棒引きするなら、ホセーと棒引きしなきゃいけないことになる。でも、してない。だから、わざわざ棒引きしなくていいのではないか。

二つ目。ガセットのトはほとんど発音されない。だから、わざわざ書くほどのものではない。書いちゃうとガセットさん、という別の苗字みたいに聞こえる。

そんなわけで(一つ目は容認しつつも)、

今後ホセ・オルテガ・イ・ガセでよいのではないかな、と思います。まあ、これは慣習があるものなので、一筋縄ではいかないと思うけれど。そも、棒引きは迷ったら入れるな、と声を大にして言いたい。虚心に観察したら誰もそんなに伸ばして読んで(呼んで)ないでしょ、スペイン人は。

ガセという言葉が、日本語でも意味を持っちゃうところがネックなのだけれど、外国人の名前なんだから、そこは割り切ろう。いや、案外オルテガにはそういう胡散臭いところ、あるじゃない!

長短アクセントと強弱アクセントでは分かり合えないところもあってしょうがない。仮にガセーと書いた所で、ガにアクセント載せる人もいるだろうから、これはもうキリがないのです。

最後にもう一度、ガッセットはないな。うっかりにも程があるというか、いろいろおかしい。誰かがチェックしなかったことよりも、書いた本人がそのまま素通りしたところが恐ろしい(何回も)。

|

Comillas latinas

いわゆる引用符は "これ"以外にもギュメと呼ばれている«山型の括弧»がある。スペイン語ではComillas latinasという。スペイン語の文章ではこれを使う方が正しい、のだがいかんせんMS-Word席巻する世界で、なるほどキー配列をスペイン語にすることは出来るのだが、引用符を入れても "Comillas inglesas"が出てしまう(スペインではそんなことないと思うけれど)。じゃあ、書く時はこちらで書いて、最後にガツンと置換できるかというと、そうでもないんだけれど、まさか一つ一つ手打ちしろってことじゃないだろう。

誰か、タスケテー!

一応の解決策としては、ubuntu上のLibre Officeでさっき置換したらうまくいった。Windows上でもそうかもしれないが、とにかく別のエディタでやったらいいのだね。ともかく、論文が最後まで終わったらですな。

|

おおそり

とあるお店で。クレジットカードの扱いの話をしていたとき、おおそりが必要なんで、と仰る。

大そり
大橇
大反り

なんのこっちゃ。

多分authorisationのことなんだろうけれど、承認や許可じゃだめですかね?

|

UB40を聴いているだけなんだが

専心すると客観視出来なくなる可能性は大いにあるので、時間を置くことは有益。そんな言い訳を手に、ビールを飲みながらUB40を聴いているだけなんだが。僕みたいなせっかちな人は向かないよな、こういうベースラインを弾くの。これは、「耳を傾けるべき」音楽だ。

グスマン・エル・ブエノ』という演劇のことについて、以前触れた。多分この演劇は個と公の論理のディレンマを扱っている。城塞は守らなければならない。それは王から任せられたものだからだ。息子は助けたい。親子の情愛から。

その二律背反を経て、主人公であるアロンソ・グスマンは、息子を見殺しにしてタリファの城を守ることを選ぶ。これは、個の消失なのだ。消失した個は理念としての集合に併合され、包摂され、一体化するしかない。

モラティンのこの最後の悲劇を論じるにあたって、どうしても個と集合の代理関係が明晰でないのは、他の演劇が個で集合を現すのに対し、『グスマン・エル・ブエノ』においては個の消失が集合への同化を否応なく迫るためだと思う。

この作品への同時代の批評からの評価は、息子レアンドロも含めて、低い。現代の批評も、そう。でも、モラティン最後の演劇としての面目躍如は果たされていると、僕は思うのである。上記の理由で。つまり、個と集合の表象代理関係が徹底的に完遂されたとき、個は死ぬのだと。これが僕の関心を惹く闇なんだと思う。まだマルクスも、フロイトも、ユングも生まれていない時代の演劇の話だ。

|

リルバーン他

変な売り買いをして損を出してしまった。8月はもう株価ボード、見ない!!!

ある時期からスペイン語の迷惑メールが尋常でなくて、使っているgmailが優秀なため実害はないんだけれど、時々じっくりその文章を読んでみると、(英語からの)自動翻訳にかけて作ったみたいな表現があって、楽しい。まあ、変なメールは開かないのが一番です。

ニュージーランドの生んだ作曲家、ダグラス・リルバーンのシンフォニーを初めて聴いた。CDで。うん、演奏されることはまず日本ではないだろう。すごく不思議な、心地よい和音が溢れている。エルガーっぽい、と僕は思ったけれど。

この前、ビフォーアフターに山中千尋さんが出てたことの驚きよな。

|

使いづらくなった?

最近、Google Booksが使いづらくなった、と思っているのは僕だけ?

1721年モンテスキューの『ペルシア人の手紙』がアムステルダムで出版。外国人の目を通して社会批評という書簡体小説のはしりなので、大いに売れた。この中に78番という書簡があって、スペインをちょっとこき下ろしている。とはいえ、パッと見ささいな揶揄なのだが、これに大真面目に反論したのが若き日のカダルソ。『祖国の擁護』という作品をものした。若き日、といってもいつ書いたか分からないけれど、スタイルなんかからは若書きで、おそらく彼の文学キャリアの最初に位置づけられるだろう作品。少なくとも1768年までには書かれていただろう、というのが定説。理由は、この年に出版された著作への言及が含まれているから。仮に草稿がもっと早いとして、遡れば1758年くらいまで行ってもよいと思う。

さて、ここでカダルソの反駁は終わらない。1772年に『菫薫る賢人』を出版。軽佻浮薄な旅人を登場させている。これ自体がアイロニーによる批判、だ。モンテスキューの名前も出てくる。

さらに、だ。これも正確に年代を確定できないが、1768年から1774年、あるいは1778年くらいまでにかけて『モロッコ人の手紙』を書く。これがキャリアの最後の方の作品にあたる、彼の最大の作品だが、タイトルから明らかな通りモンテスキューを大幅に意識している。けれど、その内容は、実はモンテスキューの作品における社会批評とは異なる方法を用いている。つまり、一見さんの外国からの旅人が面白おかしく社会を描写する、というものではなくて、客観的な批評とは何か、そんなものが可能か、という壮大な実験にもなっている。これじたいが、モンテスキューの超克なんじゃないか、と思う。

さらに、だ。最初の『擁護』の中で、モンテスキューに対する反論を誰もしていない、とカダルソは書いているのだけれど、1764年に、これはカダルソじゃない人がやっているらしいのだ。これをどうとるかなんだけれど、仮にカダルソがこれの存在を知っていたとしたら「誰もやってない」なんていわないだろう。知らない、という可能性もあるのだけれど、実はそのもうひとつの反駁を書いた人はカダルソ周囲の人でもある。とすれば、知らない、というのはまずないかも。そうしたら、『擁護』の最初の草稿が書かれた時期は1764年以前かもしれない。まあ、ここまで分からないと、日付の特定は難しいのだけれど。

にしても、モンテスキューの作品に、そこまで大真面目に反論をする必要があるのか、ということに立ち返ると、なかなかどうして、モンテスキューも筆が滑ったというよりは、案外体系的にスペイン批判をしたのではないか(たった一通の書簡だが)、とも思えてくる。モンテスキューのスペインに対する態度が分からないとなんともいえないけれど、別に彼に限らないが、異端審問所への嫌悪感は歴然。うん、ここがひっかかったのだろうな、とここ数日思っている。

ところで、最近、Google Booksが使いづらくなった、と思っているのは僕だけ?二回言いたくなるくらい、気になってるんだ。Campus_head

|

海だの、山だの、

状態のよい古書は値段が高くて手も出しづらい、と思っていたあなたに朗報!

グスタフ・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム』平凡社ライブラリー、2012.

もちろん学魔の暗躍が知れる復活劇。同様に硫黄の匂いがぷんぷんしそうな『迷宮としての世界』と併せて、冥府くだりも、この夏の思い出作りにはうってつけ。海だの、山だの、行ってる暇ないな。そういう僕はわけあってモンテスキュー読んでるけどな。

|

文学の未来は、あかるい。

舞城王太郎『短篇五芒星』講談社、2012.

とにかく舞城に芥川賞をあげなかったことがこの賞の不名誉になるのだが、宮本輝も意地があろうし、ほかの選考委員も自分より爆発的に力量のある作家は押しづらいのだ。ピンと来ない人は長嶋有が取ったときの山田詠美の先輩風吹かせまくりの発言を探して読めばよろしい(でも、ちゃんと長嶋をとった山田は偉いのである)。山田は以前、池澤とともに舞城を推していて、かつ今回の選評は的を射ていると思う。『好き好き大好き超愛してる。』あるいは『ビッチマグネット』でとっていれば、と思うし候補になってはいないが『熊の場所』、『イキルキス』も素晴らしい。今作では難しかっただろうとは、僕も思う。

で、舞城はとらなくてももういいのだが、こっちも意地で毎年こういう短編を突っ込んでくるのだろうなあ。とにもかくにも、五編の短編でひとつとして扱われて候補に挙がっているのだが、そのこと自体がどうなの?という意見ももっともで(これは舞城のせいでも、選考委員のせいでもない)、そこを逆手に五編候補作と帯に書いたあたり、人を食ってる。

舞城を評価できる懐の深さを示したのは結局三島由紀夫賞のときの大筒井だったが、舞城を支持する無名無数の読者もまたそうだった。日本の文学の未来は、あかるい。

|

悲願のメダル

バレーボール女子、悲願のメダル獲得。おめでとう!!!

|

Deacon (2001)

18世紀新古典演劇の作家たちと社会とのかかわりを知る上で、もっとも有益な論文のひとつ:

Deacon, Philip. "Un escritor ante las instituciones: el caso de Nicolás Fernández de Moratín (1737-1780)." Cuadernos dieciochistas. Núm. II (2001). 151-76.

|

太田が悪い。

これは、事件だ。いや、別の事件も現在進行形なので、連続事件かもしれないのだが、御歳七十七の大筒井の新刊が、出る。これは、ずっと前からみんなが待っていた作品。もう言わずとも分かるだろうが、やっぱり言わせてくれ。『ビアンカ・オーバースタディ』。

読むより先に、御大の「あとがき」が読める。ぜひ、読んでほしい。ぜひ、買って読んでほしい。いや、もう読まなくていいから、買ってよ。

|

つぎはブラジル戦。

昨日のバレーボール女子日本代表の試合素晴らしかった。セットの取り合い、最終5セットまでもつれこんで、そこでもデュースが続く。苦しい試合だったけれど、大きな勝利を収めました。すごい!

つぎはブラジル戦。これまた、楽しみ。がんばれー。

|

バックアップはまめにとりつつ

連日の暑さ。皆様いかがお過ごしですか。

僕の住んでいるあたりだと、夜にすこし涼しく思われるときもあるのですが、それでもやっぱり。ノートパソコンで目玉焼き焼けそうなくらい熱い、暑い。

2005年秋くらいから使っているはずなので、もういつ換えることになってもおかしくないのだけれど、せめて今書いている論文が終わるまではこのマシンでいけたらなあ、と願う。とりあえず、バックアップはまめにとりつつ頑張ってみる。

|

無人島に一つだけ持って行くとしたら

昨日ロシア戦での惜敗、バレーボール女子。しかし善戦だったなあ、と振り返る。

ところで、ロシアに行った栗原は岡山シーガルズに移ったのですね。怪我が順調に回復してまた素晴らしいプレーを見せてくれることを願う。

彼女の選手紹介が、ちょっと面白い。


周りからどんな人と言われる?
「背が高いね」と言われる。

無人島に一つだけ持って行くとしたらなに?
覚悟!!

さらに関係ないが、JTの加藤千尋さんが引退してたのは知らなかった。悲しいよ。お疲れ様でした。

|

郷土史家

ウィキペディアの個人のページで、もしやご自身が編集執筆されたのではないかと思うものに出会うと面食らうのだが、この人の場合はどうか。カディスでめちゃくちゃグスマン・エル・ブエノについて調べている人がいる。タリファ大好き、という郷土史家のよう。地味に、地道に研究するということが大事なのだと、襟を正す。

グスマンのタリファ防衛の事歴は『サンチョ4世の年代記』10章前後に綴られている(ここに所収。87ページくらいから)。11章では「ファン内親王がいかにモーロ人とともにタリファを包囲したか、ドン・アルフォンソ・ペレス・デ・グスマンの息子をいかに斬首したか、そしてその父が斬首用の短剣を投げ与えたかについて」を扱っている。息子を人質に取られて、「殺すぞー!」といわれたのに対し、「殺せ、殺せ、俺の武器を使って殺せ!」と自身の短剣を投げ与えたという。すごいな。このあたり、『三国志』っぽいのよね。

|

旅の途中

狼と香辛料』シリーズ、読み終えました。

まず、ヨーロッパ愛が止まらない人向けにおすすめなのだけれど、大した作品ではない。それでも、とても丁寧に書かれている作品。ヨーロッパ中世はイメージだけで語ると、あやふやなものしか残らないのだろうけれど、そのあやふやな上澄みだけを楽しむような感じ。とにかく、作品の世界観が好きで、ずっとこの旅が続いていけばいいのに、と思う人もいるだろうけれど、何事にも始まりと終わりがあり、いい終わりが用意されている。いい、終わり。

Side colorsと題された短編集が三つあるけれど、読まなくても本編に支障はない。17冊目、Epilogueを読むか読まないかは各人の判断。読んでも、読まなくても、楽しめる。

アニメ一期のOP曲『旅の途中』が素晴らしい。二期のも素晴らしいのだけれど、やはり最初のこれが。作詞・作曲がZABADAKと知って、さもありなん。あと、映像も素敵。

全17冊、長い旅だけれど、多分僕は残りの人生でもう一回読むと思う。ホイジンガ『中世の秋』、フレイザ『金枝篇』があれば、さらに楽しい旅になるだろう。

|

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »