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2012年7月

7月の儀式

CDの棚はもはや検索が困難。毎年7月にはジ・イエロー・モンキーを聴く儀式があるのだが、なかなか着手できず今年はあやうく決行できないところだったが、先ほど無事発見、聴取。ついでに棚の中身をランダムに入れ替えていく。もう、目に付いたものを聴くばかりだし、そしていつも聴くものは決まっているのだし。

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あついよ。

Calor

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マイク・オールドフィールド

五輪開会式でマイク・オールドフィールドが出てて驚愕。

楽しい夏休みになりそう。

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!!!のつかないアイドリング。

朝起きてから、なかなか仕事モードに入れないとき、脳のアイドリング状態から復帰するのに一番いいのは人と話すことだなあ、と思う。

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文体

10年前に書いたゼミ授業の資料が出てきた。僕は学部の4年生だったので、3年生に向けて、(スペイン文学で)卒論を書くために役立つかもしれないささやかなことを書き連ねたもの。ところで、文体が今とまったく変わっていないのが驚異的。

文体とはどこからきて、どこへいくのでしょうね。

春学期の授業がすべて終了。帰り道、ジャック&ベティで『わたしが生きる肌』を見て帰った。

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2012年10月用の基礎資料として

Ramón Solís, El Cádiz de las Cortes, Madrid: Sílex, 2012.
・・・豪華本。重い。図版、引用、統計資料、豊富。

[Benito Pérez Galdós}, Las Cortes de Cádiz y la Constitución de 1812. Madrid: Alianza, 2012.
・・・ガルドスの『カディス』収載。憲法全文収載。

Juan Sisinio Pérez Garzón, Cortes y constitución de Cádiz, Madrid: Anaya, 2012.
・・・概説書ながら一番役に立ちそう。

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個人的なメモ

Guzmán el Buenoあるいは個の消失

19世紀になると祖国を個人、とりわけ子への愛情に前置すること自体が困難。その意味では、この主題の演劇の愛国心全開の最後の作品となるかも知れない。S. V.96ページ以降にそのことへの批評がある。つまりひとつ次の世代では、違和感の方が際立ったのだろう。

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モラティン最後の悲劇 Guzmán el Bueno(対立の演劇、あるいは個の消失)

モラティンといって、レアンドロしか思いつかないのが普通かもしれないが、父ニコラスも詩人で劇作家であった、ということはこの日記で繰り返し書いている。彼は生涯3編の悲劇を残しているけれど(喜劇も1つある)、最後のものが『グスマン・エル・ブエノ』で、舞台はタリファという街の要塞。おどろいたことに、タリファについては、日本語版ウィキペディア記事があり、そこにグスマンの故事も紹介されているので、関心のある向きはどうぞ。この作品を書いて数年後、ニコラスは物故。カダルソも二年後に戦死。なんともはやい世代交代が行われている。

さて、この作品、実際に上演はされていないのだが、上演のための工夫として城壁を中央、かどうかは分からないのだが舞台を二分する形で配しており、篭城するグスマンたちと、それを攻めるアベン・ハコブの兵営とされている。

演劇改革の先鞭をつけた作家のはずだが、僕はモラティンの演劇が正直苦手で、よく分からない、というのではなく、それは演劇としての面白さが前の時代のものだということに起因している。荒唐無稽ドタバタ的な要素が残滓として見出される。でもこの最後の作品は、少し趣向が変わってきているのかな、と思わせる節もあって、けれど最後の作品。モラティンはスペイン語で、そしてスペインで演劇を書くことに疲れちゃったのだ。

モラティンの劇作を面白く紹介する枕など何かないかな、とずっと悩んでいるんだけれど、ダイレクトに技法の話に直結する方向性しか見出せずにいる。それくらい、技術というか、演劇の構造としてはストイックなまでによく出来ているのである。一番分かりやすいのはシンメトリで、先に述べた舞台の分割のほか(ただしそちらは線対称ではなく点対称。高低の対比も入るので)、敵対するもの同士の持つ切り札が似たような手札になっていて、その交渉の中でドラマが生まれるという感じ。

また、個人の感情を殺して大儀と名誉に生きるという、軍人の鑑、カスティーリャの誉れとしてのグスマンが描かれていて、あまりにも現実的でない人物造形と後代の批評に攻撃されるや、関心の対象からも外れてしまうため、かなり不遇の作品。とはいえ、そういったことをモラティンの失敗に帰するのは間違いで、そういう演劇が望まれていた、という文脈の上で判断しなければならない。結局美学的芸術的な判断基準を僕らは直後のロマン主義に多くを負っているのだから、技法や構成上の問題をこそ検討するのでなければ、フェアでないし意味がない。

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 『グスマン・エル・ブエノ』は二コラス・フェルナンデス・デ・モラティンの三番目の、そして最後の悲劇作品にあたる。メディナ・シドニア公に献ぜられたこの作品は、モラティンのパトロンであった公の祖先にあたるアロンソ・グスマンによるタリファ防衛の歴史的事件を主題として、祖国の防衛のために自らの息子ペドロを犠牲とした中心としてのグスマン像が描かれている。軍人または貴族としての行動規範が、親としての愛情と相克しつつ、公と私に引き裂かれながら最終的には愛国心に叶った決断を下す、というのが物語の骨子ではあるが、より正確に言えば、グスマンは一度として前者、公的倫理に背くことはない。彼の妻であり、捕らわれたペドロの母親であるマリアとの議論に多くの詩行が割かれているが、それ以外にあってはすべて、模範的なアロンソの言動と、それに驚嘆を禁じえない敵味方双方の賞賛があるばかりである。

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『ビコーズ』

山中千尋さんの『ビコーズ』発売。コンスタントに素晴らしい作品を届けてくれる、アーティスト。ビートルズをこんな風に料理しちゃうんだ、という驚きと、要所要所のテクニカルな手捌きの妙に聞き入る。

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ユリウスの再生

たて続けに、といってよいだろう。『みみずく偏書記』、そして『椿説泰西浪曼派文学談義』、新刊本で、今の読者が手に取れる場所に由良君美の本があるということは素晴らしいことだ。前者の解説は富山太佳夫さん、後者のそれは学魔であらせられる高山宏閣下。清新壮麗な装いで22年越しの覚醒。今年読まなくてはいけない本はこの二冊だ。

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R. I. P. Jon Lord

R. I. P. Jon Lord (1941-2012)

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デンデケデケデケ。

この季節、運転中にベンチャーズを聴くと気分が高揚しますな。

15歳のときに僕はベンチャーズに出会っているのだけれど、このたびはじめてコンサート見てきました。まあ、毎年日本に来ているわけだが、今回は来日50周年という。すごいな。

リードはノーキーではなくジェリー。リズムはいわずと知れたドン・ウィルソン。ベースがボブ・スポルディング、ドラムはリオン。

最初はちょっと危ういのではと思うシーンがあったものの元気なオヤジたちが実に楽しそうに演奏する姿に元気をもらいました。また、関連してモズライトの歴史なんかをちらちら見てみると、なかなか感動させられますね。彼らはもうフェンダー系をメインに使っているわけだけれど(重さのせいじゃないか)、モズライトとベンチャーズは切っても切れない仲。日本の楽器屋さんの誠実さにも襟を正す思いです。

ジェリーは若いころはめちゃくちゃかっこよかったのに、今は随分枯れ木のようになってしまっているけれど、ノーキーとは違ったスタイルで、大変テクニカルな方でした。すごかったよ。

あと、会場の平均年齢の高さはすごい。そこに若い観客(自分よりも年少の)がいると、それだけで嬉しくなる。

旭日章叙勲のザ・ベンチャーズはもう世襲制にして、永遠に日本で巡業していただきたい。でも、とにかくいつまでも長生きしてください。

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ギター二本。

Dos_guitarras

この後、弦を張り替える。プロアルテのノーマルテンションにして、1弦だけチップを装着した。

カンプスはどちらかというとテクノロジを積極的に受け入れるタイプの工房で、ナットやサドルはTusqのような新素材を使用、トラスロッドが入っていて、さらに些細なことだが、ゴルペ板(ようするにピックガード)が台形をしている。最後の、ゴルペ板については、手が大きい人がゴルペをすると、板をはみ出して叩いてしまうことがあるので、大変ありがたい工夫である。

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メープル材の杢のこと、以前言及したけれど、要するに虎目が浮いていると見た目がかっこいいけれど、木材としては虎目の出ていないものの方が木材としての性質を把握しやすい、予期しやすいので、将来的にびっくりするような不具合が出にくい、ということ。でも、虎目が浮いている楽器のほうが大事にされやすいので(見た目は大事)、結果として長持ちしてしまうようなこともあるかもしれない。僕としては虎目を重視したつもりはなく、購入の際には同じモデルで在庫があったものも含めて試奏している。今回3つの工房のものを引き比べて、その後カンプスで3本引き比べてみた。経年劣化や木材の個体差もあるので、出来れば慎重に弾き、聴き比べたいので、二時間くらいかけている。虎目に関しては、もっとくっきりきれいなストライプが出ているものもあったのだけれど、音のバランスととにかく弾いた時の気持ちよさでいえば、今回買ったモデルが優れていたと判断したに過ぎない。だから、虎目自体を選んだわけではない。1弦だけチップを添えたのは、高音が抜けにくいという印象をその時に持っていたのだが、これは弾く時間が長くなればなるほど、木材の乾燥が進んで改善するはず。ただし、日本の湿度に対する対策は必要。でも、一番大事なのは毎日弾いてあげる事なのだ。

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meets/meats

旅先で、マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』を読んでいたら、『狼と香辛料』が読みたくなった。これはライトノベル(じゃあヘビーノベルって何?)と呼ばれているものだけれど、限りなくヨーロッパに近い架空の世界のファンタジー小説。主人公は行商人。だから剣で戦ったり、魔法を使ったりはしない。彼の巻き込まれる冒険や困難はすべて経済がらみであり、知恵でそれらを切り抜けていくもの。世界観が好きならば、どっぷりはまってしまうはず。アニメもあって、大変素晴らしい出来。

昨年、17巻で完結したそうなので、一気に読もうか、と思いつつ7巻まで通して読んで一休み。ところで、表紙に"Merchant meats spicy wolf."と書かれている。冠詞が抜けているのはともかくとして(母国語にないものは仕方ない)、"meats"は単純な間違いだろう。

アニメ化されたときに、Spice and Wolfという素敵な英語タイトルがつき、英語版の本書ならびにDVDもそれを踏襲している。インスピレーションの一因となったジャン・ファヴィエの一著は『Gold & Spices: The Rise of Commerce in the Middle Ages』と題されていた。

全部を読む必要はないけれど、ヨーロッパ愛が止まらない人には大いにおすすめ。

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『私が、生きる肌』

で、7月7日から27日まで黄金町の名画座ジャック&ベティで『私が、生きる肌』上演。僕も時間があったら行くつもり。スペインの松崎しげる、アントニオ・バンデラスはともかくエレナ・アナヤは見た方がいい。

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秋にカディスへ。

Mar_de_nubes
この前スペインに行ってきたところだが、今年は秋にもうひとつ国際会議があるので、その飛行機を予約する。時期によって安い便は異なっていて、同じ欧州系でもAir FranceとKLMは系列会社だが、おそらく空港使用料(パリか、アムステルダムか)によってまた違う。

次の開催場所はカディスで、一度行きたいと思っていたのだけれど行き方が難しい。アンダルシアのハズレの半島にあるのだが、空港は多分ないので近くのヘレスまで飛行機で行ってそこからバスだな、と思っている。ヘレスも行ったことないんだ。

ほんの三ヶ月先のことだけれど、しっかり準備をしていけるかどうか心配。そのためには山積するこまごました事象を順調にやっつけていくしかないのだな。オリンピックはバレーボールしか見ない。

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