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2012年4月

Dieciocho 35.1

素晴らしい学術雑誌Dieciochoの最新号(2012年春、35号)が届く。ちょうど授業でゴヤの話が出たのだけれど、そうしたらゴヤの『カプリチョス』についての論考が載っている。ここで情報を仕入れて来週何か面白い話をしたい。

それと18世紀カタルーニャ文学の特集号になっている。バルセロナ、バレンシアは印刷出版における大中心地であったし、それぞれにマドリーとは異なる文化的知的風土が育ったので、ここは21世紀かなり注目を集める領域になるんじゃないだろうか。そう思うと、なんだかわくわくする。のろのろしてる場合じゃない。

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絵のやわらかさ

最近アニメを見ていなかったのだが、今クールはNHKで『ふしぎの海のナディア』がやっていて、『エウレカセブンAO』と『坂道のアポロン』とともに毎週見ている。昔のアニメのほうがよかった、というわけではないのだけれど、安心感が違う。あと絵のやわらかさも今では望むべくもないもの。『エウレカ』はオリジナルの凝ったつくりが成りを潜めている。『アポロン』はオープニング曲もいいね。

『ナディア』はジュール・ヴェルヌの『海底2万マイル』ならびに『神秘の島』で、澁澤などはヴェルヌをあまり評価していないけれど、僕は面白いなあ、と思って読んだ。

スペインの大きな古書市場に行ったとき「フリオ・ベルネはない?」と商品を探している人がいて、たぶん子供へのプレゼント用なのだろう。愛蔵版など種類も豊富なはず。

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あて先に気をつけなきゃ

雨が降って冬のような週末でしたね。皆様お元気でお過ごしください。

メールのトラブルはもろもろあるのだけれど、最近僕が目にしたものでは、参加している研究者メーリングリストでのこと。

このメーリングリストはスペインだけでなくスペイン語圏の18世紀研究をしている人にとってとても有難いもので、新しい研究の出版だとか、学術会議開催の周知に利用されている。さらには「○○で学位論文を書いてるんだけれど○○のこの年に出版されたこの作品について知ってる人はいませんか?」というような質問が投稿されて、とても著名な研究者が即座に「それはどこどこの大学の図書館にあった。それから・・・」と助言を与えていたりする。小さなコミュニティの掲示板のようでもあり、大変頼もしい存在だ。

ある方が会議の開催のお知らせメールを出していたのだけれど、それを見たイタリア人研究者が友人に転送したつもりでメーリングリストそのものに返してしまった。そこに一行コメント。

この会議、行って何か発表するだけの価値はあるかしらね?

というメールを不特定多数の人が目にしたのである。

お知らせメールを出した人は若干気分を悪くしただろうなあ、と余計な心配をしてしまう。

ちょっと余裕を持ってチェックすれば良いことなので、あて先や件名に気をつけなきゃ、と自分への教訓にしたい。

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依拠するべき校訂版テクストの入手について(スペイン文学研究の場合)

スペイン文学研究を志す人は少ないので、研究について相談を受けることはほとんどないのですが、それでもごくまれに学生さんに相談を受けることがあります。とはいえ、すでに研究を始めていてその上での相談ということではなくそもそもどこから手をつけたらいいか、という内容であることが多いので、たぶん「気軽に聞きやすい」ということなのでしょう。

さて、テーマなり研究対象がすでに決まっているのであれば先行研究を辿ることとテクストを繰り返し読むことをお勧めするのだけれど、そもそも研究に当たってどのテクストを入手すればいいのか、ということを誰も教えてくれません。なので、あくまでスペイン文献学での基本的なところだけ示しておきたいと思います。ほかのステップについては別の機会にあらためて。人によってはたぶん「そんな当たり前のことをえらそうに」と思われる内容かもしれませんが、「へえ、知らなかった!」という学生さんは、このことを自分で知るために費やす時間をぜひ別のことに使ってください。

文学作品のテクストは現代のものは別にして、エディシオン・クリティカ(edición crítica)というものがあります。校訂版のことで、研究者が内容についての詳注などを付しています。注は単語レベルの中だけでなく作品や作家についての、広範な情報を提供してくれるものも少なくありません。ですから、外国語としてのスペイン文学を読む人にとっても、スペイン語に不自由ない人にとっても大変有益です。

さらに作品に先立って作品や作家そのものについての情報と先行研究について、さらに学術的なエッセイと参考文献を含んでいることが多くあります(introducción)。日本の文庫本の「あとがき」と違って、立派な研究者が価値あることを書いていることが多いです。校訂版を作るときには普通業界でもっとも卓越した研究者に頼むものだし、別の出版社は別のビッグネームに頼むことになります。なのでまず手に入れるべきはこれ「ら」です。そう、複数手に入れるのです。

ここからが本題ですが、どこの会社のものを手に入れるかということは、これから研究を始めようという人には分かりにくい。単に手に入りやすい版を使用していて、後になってそれがあまり信用の置けない版だったりすることもありえます。もちろん時代やジャンルでそれぞれの事情があるだろうけれど(演劇に特化した出版社がある、などの場合)、必要最低限のものは次のようになります。

・カテドラ
・カスタリア
・クリティカ
・コレクション・アウストラル(エスパサ・カルペ)新シリーズ

これ以外の校訂版も手に入るものは可能な限り、すべて手に入れましょう。同じ作品を違う版で揃えるのです。古本でも手に入らない場合は図書館で探しましょう。手元においておくのがとても大事なことです。あれ、あそこに書いてあったんだけど手元にない、という困った状況に僕は何度も陥ったことがあります。その時間のロスは途方もない。

以上の校訂版に収載されているテクストはすべて同じものではありません。不思議に思われるかもしれませんが、同じ作品でも同じテクストではない。なのでその差異がなぜ生まれるか、ということを知るのは同時に作品の成立史を知ることになるわけです。それぞれの編者がなぜその読みを優先したのか、これらを読み比べる。依拠するに値するテクストはどれか、定本となっているものはないか、ということを知るよすがにもなるでしょう。これらのテクスト以外にも別に研究財団などが定本を出している場合も多いです。そういった情報も良心的な校訂者の版であれば十分に網羅されていることでしょう。introducciónをはじめすべてを読み終えたら十分基礎的な情報は備わっているはずなので、そこから作品テクストの中で自分の研究したいと思う主題、あるいは自分がひっかかりを感じた部分について、考えます。参考文献から興味を引くものを探したり、タイトルだけでも参考になりそうなものの目星をつけておくことは重要になります。そこからは考える、読む、考える、読む、の繰り返し。読むのが嫌いという人は向かないし、考えるのが面倒くさい人はさらに向かない作業です。

以上、簡単にですが、文学研究を始める際に手に入れるべき校訂版テクストについての案内でした。どこで買えばよいか、についてはこちらをご参照ください。

まともな校訂版のない作品を取り上げるにはどうするか。そういう作品をこれから研究を始めようという人が扱うのは無謀なのでやめたほうがいいです。ご本人にも研究領域にも、作家あるいは作品に対しても、百害あって一利なしです。もしその志があるのであれば、研究者としての経験を十分に積んでからでも遅くはないです。

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どんな風に時間を使ってもおなじ一日。

図書館は落ち着く、勉強がはかどる、という人もいればそうでない人もいるだろう。環境にもよる。図書館で勉強するとか作業するなら僕は落ち着くけれど、図書館で本を読む(資料を読む、じゃなくて)というのは落ち着かない。これも個人差があるんだろう。

最近はインターネット端末を置いてある図書館が多くて、学生がそれを使って授業の空き時間だかなんだかをつぶしていたり、あるいはまじめに調べ物をしていたり。パソコン操作のことをかなり不遜な態度で図書館員に聞いている学生がいて、大変だなあ、と思った。それこそネットで調べたらいいのに。

どんな風に時間を使ってもおなじ一日。

ベッカリアの『罪と罰』(邦題『犯罪と刑罰』)が復活していて入手。なんだか、カウンターに積んであったけれど、誰かが参考書に指定しているのかな。あと『舟を編む』と『もやしもん』も。

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躊躇

面白そうな本だな、と手に取るときに「読む時間があるかしら」と躊躇して、その躊躇を恥じる。時間は作るものなのだ。漠然とあってそれを目的ごとに使うのではなく。

今年担当するスペイン語の授業の中に文法専門だけで教えていいクラスがある。いや、正確には文法の授業でも文化紹介とか会話表現みたいなことを盛り込んでこれまでの授業があったのだけれど、今年度僕は文法だけをしっかりと教えたいと思っている。楽しみが少ない、評判の悪い授業になるかもしれない。でも、文法というのは人の論理的思考の粋のようなものだ。無碍に交わしていた言葉にルールを与えていく行為だ。だから、面白おかしく、なんて程遠い。そんな授業をしようと思っています。おもしろいことは間違いないはずなのだが。せめて履修して損したと思わせないような授業にしたい。

そうそう、スペイン語を選んでくれた理由に16,17世紀のスペインに興味があって、という方があったので、清水憲男先生の『ドン・キホーテの世紀――スペイン黄金時代を読む』をお勧めしたい。当時のスペインの生活、社会、職業などの事情がありありと分かるとても面白い本ですよ。

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新しい朝をぬろう

新しい朝をぬろう、は明治のファットスプレッドのコピーなのだが、「オフスタイル」ならびに「クリーミースムース」それぞれのCMには僕の好きなかたがふたりも出ている。

ひとりは松下奈緒さんで、なんといっても身長174センチである。すばらしい。

そしてもうひとり。冒頭「新しい朝をぬろう」と言っているのはAmikaさんなのである。これはテレビでCMが流れた瞬間すぐに分かった。ひさしぶりです、な声だった。今日は午後よりKind of Blueばっかり聴いてしまったのだが、そそくさと彼女のCDを探した。一瞬にして1999年に気持ちが連れ戻される。この人の歌に出会えてよかった。

うちはネオソフトなので、おそらく縁がないとは思うのだけれど、このCMが見れて良かったです。まだ見てないという人はCMギャラリから見れます。

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『エクスクレイヴ』5号のご案内

年度初め、学期初めで忙しいですね。

当初予定より若干遅れていますが、『エクスクレイヴ』5号、2012年5月発行予定です。

本体200円です。送料80円です。合わせて280円です。バックナンバーも多少あるので、あわせてご注文いただけたら同じ送料でお送りできます(在庫のない号もあるのでご確認ください)。ご関心を持っていただけた方はこちらよりご連絡いただければ幸いです。

追記:5号在庫がなくなりました。お求めいただいてありがとうございました。2,3,4号は引き続きバックナンバーございます。

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Whodunit?

featureをフューチャーと読む人は案外多いけれど、何でなのか。未来とは全然関係ない。フィーチャーだ。日本のポップスでは1990年代初頭から使われだしたのだと思う。どこをどう読んでもフュの音だけは出てこない。

名詞としては特徴という意味があって、動詞として使うと特徴付ける、そして呼び物にするなどの意味がある。"featuring"で「~を主役に迎えて」という感じ。

語源はラテン語のfactura(「作り」)と手元の英語辞書にあって、それはfacereされたもの、なるほどスペイン語だったらhacerされたもの、ということなのだろう(「する」、「作る」)。同じ英語であればfeasible(「する+できる」→「実現可能」)もfacereから来ているはず。スペイン語で顔つき、特徴という意味では"facción, facciones"を使うみたい。

では、人の顔つきや特徴をだれが「作った」のか、ということになれば造物主ということになるのだろう。その意味ではキャラクター(原意は「のみ」。人の造形を行った神の鑿跡)に近いものがある。

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出所不明(メルヴィル『白鯨』から)

分からないことがある。全然分からなくて、でもこれが分からないことを残念に思っているのはもしかして僕が最初なのか?と思って少しうれしくもあり。分かったらすごく感動すると思うのだ。

ハーマン・メルヴィルの『白鯨 』には、冒頭(版によっては末尾)に、鯨に関するさまざまな言及を集めた箇所(Extracts)がある。その中で、

"Spain-a great whale stranded on the shores of Europe."
Edmund Burke, (somewhere.)

という引用。

「スペイン、ヨーロッパの岸に打ち上げられた大鯨」エドマンド・バーク(出所不明)
という箇所なのだけれど、この出所が本当にわからないのです。

Herman Melville, Moby-Dick: or, The Whale.の校訂本を、ハロルド・ビーヴァ含め10種類以上確認したのだが、これを明らかにしているものがないのである。誰も疑問に思わないのかもしれないが、この文章はメルヴィル関係以外ではなかなか出てこないし、ほんとうにバークが言ったのか(書いたのか)、どういう文脈だったのか。

『白鯨』のこの部分、バークからの引用はほかにソースが示されているものもある。けれど、こちらはもしかするとメルヴィルの創作、あるいは勘違い(記憶違い)などということはないのだろうか。とはいえ、ここには過去に書かれた鯨に関する面白い発言などを羅列しているので、自分の考えたものを入れたとは考えにくい。やはりどこかで見た、聴いたと思われる。

バークの著作で「鯨」、「スペイン」が同時に出てくる場所はない。

なお、「陸に打ち上げられた鯨」に近しい表現は"A LETTER TO A NOBLE LORD ON THE ATTACKS MADE UPON MR. BURKE AND HIS PENSION, IN THE HOUSE OF LORDS, BY THE DUKE OF BEDFORD AND THE EARL OF LAUDERDALE, EARLY IN THE PRESENT SESSION OF PARLIAMENT. 1796."というテクストに現れるのだけれど ("If a great storm blow on our coast, it will cast the whales on the strand, as well as the periwinkles.")、そこではスペインの話はしていないのだ。

バークはとにかく沢山書いた人なので、現存していない(Worksなどに含まれていない)、しかしメルヴィルの時代には見ることの出来た何らかの発言やテクストがあったのだろうか。

ここでいう"somewhere"は「どこやったか忘れてもうたけど」という感じがしていいよね。

いつか分かるといいなあ。

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インターネットでスペインの本を買う。

今日、授業中にスペイン語の本をネットで買うことについてすこし言及したのだけれど、ほんと最近は便利で世界中のどこにいてもスペイン語の本を買うことが出来ます。まず日本のアマゾンでもスペイン語の本が売っていて、在庫があればすぐ届くし、時折本国より安いものがあってとても助かる。

スペイン語の本を「スペイン」のネット書店で買う、ということに限定していくつかお勧めできるところは:

casadellibro・・・スペインの紀伊国屋書店みたいな、大きな本屋さんのチェーン。ネットも草創期からやっていた。新刊は大体ここで何とか。

amazon ・・・スペインのアマゾンが出来た。僕自身はまだ使っていないのだけれど、カサ・デル・リブロとの一騎打ちになりそう。

lacentral・・・バルセロナが根拠地のラ・セントラル。面白いのは普通のお店の在庫もここでみれること。バルセロナに縁がある人ならこちらが便利。

cervantes・・・これはオビエドの本屋さん。割と有名どころ。

ojanguren・・・こちらもオビエドの本屋さん。オビエド大学はたいていの書籍をここで購入している。僕もここで殆どの本を買っている。

maxtor・・・こちらはバリャドリの本屋さんだけれど、ファクシミリ版を作っていることでも有名。出物は買え、が鉄則。

古本関係は個人の趣味趣向やジャンルによってまちまちなので、それぞれお気に入りの店を見つけてください。

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若い人に教えられること。

たとえばインターネット時代のメディアリテラシのこととか、プライバシのこととかを子供たちに言い聞かせるように、それと同じようにネット時代に知っているといいことを伝えていくことも、僕たちの仕事なのかもしれない。いや、そんな高尚なことを思ったのではなくて、かつてこれはチェックしておきなさい、とTLSを教えられたように、今の時代だからこそ手に入る、手に届く情報のありかを知らせておくことが大事なのかもしれない。

これは特定のサイトの名を挙げないけれど、自分と趣味の合う読書家の書評サイトはいくつか知っているべきだ。これも無数にあるので自分で探すしかないけれど、とりわけ自分の学識をひけらかさない人のサイト。率直で衒学趣味のないサイトがいいと思う。

僕はスペイン文学関係の領域にいるのだけれど、有用なリソースへのガイダンスを受けたこともないし、実際に文献を探すなどの作業はスペインに渡ってから少しずつ学んだので、あまり大きな顔は出来ないけれど、とりあえず文学研究で役に立ちそうなサイトは、実は僕のサイトのトップページに並んでいるリンクがそれだ。使い方は自分で考えてほしい。

これは自分で外出先などでも便利なようにブックマーク代わりに並べていたのだが、これをきっかけにいろいろな情報にアクセスしてくれる方もあるだろうか。そうだといいなあ。

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スペイン語を学習される方に(辞書、参考書のご案内)

新年度4月から新しいことをはじめたいと考えている方、あるいは大学の授業でスペイン語を勉強する、という方向けに、辞書や参考書のご案内をします。辞書は基本的に好きなものを使えばよいと思うのですが、ポケット辞書、トラベル辞書のようなものはお勧めできません(ただしシカゴ大学のそれは大変優秀なので下に挙げてあります)。あとは書店で実際に手にとって見やすさ、重量、価格などを考慮して自分にあっていそうなものを選んでください。とりわけスペイン語日本語辞書(西和辞典)については近年選択の幅が広がりました。腰をすえて、あるいは大学で4年間しっかりスペイン語を学ぶ方には小学館の『西和中辞典』がお勧めです。それから、今まで使っていた電子辞書がある方はCASIO エクスワード データプラス専用追加コンテンツCD-ROM XS-HA03A 現代スペイン語・和西辞典を買うとスペイン語辞書を追加できます(他のメーカーはどうかわからないけれど)。内容は白水社のものです。

辞書について:
西和(スペイン語→日本語)辞典
・『小学館 西和中辞典〔第2版〕』小学館
・『現代スペイン語辞典(改訂版)』白水社(電子辞書コンテンツはこれ)
・『クラウン西和辞典』三省堂
・『新スペイン語辞典』研究社
・『プログレッシブスペイン語辞典』小学館

和西(日本語→スペイン語)辞典
・『和西辞典(改訂版)』白水社(電子辞書コンテンツはこれ)
・『クラウン和西辞典』三省堂

西英・英西辞典(英語が得意な方向けに)
Collins Spanish Dictionary
The University of Chicago Spanish-English Dictionary / Diccionario Universidad de Chicago Ingles-Espanol

スペイン語の辞典(スペインのネット書店で買ったほうがいい)
Diccionario De La Lengua Espanola: Real Academia Espanola
Clave

文法書
・『中級スペイン文法』白水社

NHKのラジオ講座もお勧めです。

スペイン語は簡単?いえいえ、全然そんなことはありません。スペイン語はいろんな国で使える?でも、それってスペインが中南米を植民地にした苛烈な歴史の産物です。だから、能天気にスペイン語を選んで勉強するのはおすすめできません。でも、スペインだけじゃなくて、イスパノアメリカ(ラテンアメリカ、よりも正確に)の文化を知るきっかけとなる、ということ以上にスペイン語を勉強することのメリットをひとつ挙げるとすると、いや、ふたつになっちゃうかもしれないけれど、スペイン語は懐の深い言語です。あなたの関心に必ずつながるものが見つかるはずです。そして、スペイン語はとても論理的な言語です。なので、物事を論理的に考える格好の訓練になります。スペイン語をやってみようと思った方、ぜひ頑張って継続してください。

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個人的なメモ

ネイションとしての共同体の自己認識を可能にするこれらの言説を考察することによって、そのモデルの提示が新古典悲劇のうちにいかになされているかを示したい。われわれが明らかにしたいのは、これらの作品において語られるネイションとしてのスペインのイメージではなく、ネイションという集合の認識の型の組成に寄与する言説群のコンステレーションであり、頻出するレトリックである。

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あまりにも都合がよすぎる。

遅々としてはかどらない論文、あせっても仕方がないのだ、と思いつつ『愛と虐殺の日々』に耳をじっと傾けている。季節はもう四月で、花が咲いている。

さきにスペインの国内移動の手段としての飛行機について紹介したけれど、注意しなくてはいけないことは、不採算路線の場合フライトがキャンセルされてしまうことがあるのだ。たとえば、バルセロナ・アストゥリアスだ。あー、もう。すごく困ってる。

イグナシオ・ロペス・デ・アヤラの『ヌマンシアの崩壊』(正確には崩壊せるヌマンシアなのだが、なかなかそう訳せないのだ)については、現代の批評は寡少ながら同時代の批評が結構残っている。同時代と言っても一世代あとくらいか。モラティンは親子でけちをつけていて、マルティネス・デ・ラ・ロサもそこそこけちをつけている。にもかかわらずこの作品は18世紀に書かれた新古典悲劇ではもっとも人気が有った作品なので、批評家というもののいい加減さはもはやなんともしがたいが、僕が面白いと思うのは、これらの人が欠点と考えた部分に『ヌマンシア』の素晴らしさが凝集されているということで、素晴らしさと言っても僕が好きか嫌いか、という意味ではなく、演劇が政治的社会的な機能を担っている、という仮設に僕は立っているのだけれど、それを如実に体現している、つまり僕にとっては垂涎の作品なのである。我田引水との謗りを受けそうで戦々恐々。でも我田じゃないけどね。論理的思考の末にたどり着いた結論だ。

とはいえ、これを論じたらズルいな、と自身自制が働いていたので、僕がこれを論じたことはないのだけれど、今それについて書いている最中で、とうとう僕の立場を強烈に擁護してくれる作品を取り上げることになった。やはり今なお後ろめたさを感じるが、それくらいこの作品、都合がいいのである。まるで僕が考えたことを聞いた後で書いてくれたかのようだ。

僕のメインの論旨は個と集合の間に表象・代理の関係が結ばれて、ネイションとしてのモデルが提示される、というものだ。このネイションのモデル、というのはスペインのモデル、日本のモデル、ということではなくて、人が自分はネイションに帰属していると感じることの出来るモデルである。これは大きな違いだ。で、個と集合の表象・代理関係をアイデンティティや時空について列挙したいと思う。すると、『ヌマンシア』はそういう語り口の満願飾であって、もう僕が何をかいわんや、という気持ちになるほど。

『ソラーヤ』と並んで大変面白い悲劇なので、いつかご紹介したいと思う。

で、そんなにやりやすい相手ならさぞサクサク筆が進むだろう、と思ったらこれが全然書けないのだ。あまりにも都合がよすぎるのである。それはそれで考え物だ。

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スペイン国内の移動手段としての飛行機

スペイン国内の移動といえば、かつては断然バスが便利だったわけだが、長時間座席に座っているのは辛い。電車はバスと値段も時間もそう変わらない。このところ国内飛行機便の利便性を認識、スペインにいく学生さんなどにもお勧めしてきたのだが、そのうちいくつかの航空会社が不況のせいか消滅、あるいは就航路線の整理をしていた。でもそれぞれの路線にやはり需要はあったのだし、新規参入した業者もあるので、やはり飛行機を選択肢に入れるのは正しい。たとえば、vuelingという会社、Iberia傘下だろうか(資本の46パーセントを出している)。

vuel("volar"「飛ぶ」の語根。ただし、語根母音変化なので"o"が"ue"に)+ing(英語の進行形)を組み合わせた名前。
バルセロナーアストゥリアス間は現在ここがやってる。まあ、普通の人はアストゥリアスにそんなにいかないかもしれませんが。

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