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2011年11月

残念!

ももいろクローバーZ紅白出場なりませんでした。最近はNHKへの登場もあったので期待したのですが、残念。でも、来年こそは!

欧州不安で、もはや僕のポートフォリオはすべて赤字となっていますが、今こそ大型株を買いたいなあ、と思う。EUの中でドイツはなんで他の国の尻拭いを、と思って当然だし、これまでにドイツに負担を負わせてきたヨーロッパも反省するべきところが多い(ドイツの国力を削ぐのが全体の利益にかなっていた時代は遠い)。日本とドイツはその意味ではよく似ている。ドイツはヨーロッパの中でしわ寄せを食ったけれど、それを欧米ともに世界の通貨市場で日本に強いてきたことは、案外意識されていない。ギリシアのユーロ入りには、さまざまな矛盾があったのだろうけれど、いまさらそれをいってもしょうがない。こういう都合の悪いときだけ途上国を標榜する国なんかは下品だなあ、と思う。

復興債を出せるようになったのだけれど、これは外国からも買ってもらえばいいのでは。円高なので外貨はいっぱい入る。欧州ソブリン債に不安があるので、低利率でも発行できる。目的がはっきりしているので、理解が得やすい。25年後にはさすがにこの円高は収まっていて、当初の利率が低いので(超低金利路線で)償還の負担も少ない。国民でいえば減税対策になる。じゃあ目下円高過ぎてそのままじゃ活用できない外貨どうするんだよ、っていわれたらドイツに貸しちゃえばいいんじゃない?お金がないから不況なんじゃなくて、お金を動かす成長のルートが閉ざされているから不況なんだ。今手を組むべき相手はアメリカよりもEUだと思う。FTAにせよ、TPPにせよアメリカさんは自分が困ってるから(君たちが犠牲になって)助けて、としかいってない。理屈がなってないのである。

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ピエール・ヴァン・デン・バーグ

Pierre van den Bergheという人はコンゴ生まれのベルギー人で、アメリカ(ハーバード)で博士号を受け、世界中のさまざまな国をフィールドに社会学者、人類学者として活躍。名前がまずかっこよすぎるのだけれど、この人はネイション研究だとわりと原初主義的な位置づけで、ドーキンス的な遺伝子の赴くままに民族(ただしネイションではなくエスニックなる紐帯)が形成されるというようなことを述べている、ということになっている。で、実際読んでみると、確かにそういうところはあるのだけれど、かなり客観的に、距離を保ってそういうことを述べている人なので、こういう書き手は信頼できると思う(クリフォード・ギアツもそう。原初主義のパラドクスは、原初主義者自身がバリバリの原初主義を主張しないことが多い点にあると思う。というのも、本当に原初主義者であれば、それを学問の俎上に載せるという知的操作が必要とされないから)。それから、この人の書く英語はわかりやすい上にかっこいい。これは彼が非英語圏出身者であることから、相当努力して(主に書かれたテクストから)英語を学んだことに由来するのではないか、と思うけれど、案外子供のころから英語ができる人だったのかもしれない。1978年に創刊されたEthnic and Racial Studiesという由緒ある雑誌の1号に彼の論考"Race and ethnicity: a sociobiological perspective"が掲載されているのだけれど、とてもよい文章です。

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『エクスクレイヴ』5号:原稿の募集

ぼくは『エクスクレイヴ』という雑誌を作っているのですが、今月無事4号を発行することができました。ご関心をもっていただいた皆様、まことにありがとうございました。

次号は来年4月ごろ発行の予定です。そこで原稿の募集のお知らせ。

新年4月はじめごろに第5号を出そうと考えています。作品があってはじめて雑誌は編めるものなので、もしよろしければ、原稿をお寄せください。テーマは「最後から二番目」。大雑把ですが、今後のスケジュールについてお知らせ申し上げます(スケジュールは前後する可能性があります)。

原稿の受付(1月15日まで)
第一回校正依頼(1月25日)予定 含採否連絡
第一回校正戻し(2月25日)予定
第二回校正依頼(3月初旬)予定
第二回校正戻し(3月25日)予定
入稿(3月29日)予定
完成(4月上旬)予定

実際はスケジュールどおりにいかないことが多いのですが、なんとなくこんな気分です。毎号書いていることですが、

『エクスクレイヴ』は新しい書き手を探しています。
あなた以前にかかれず、今後あなた以外の誰によってもかかれることのない作品を、お待ちしています。

ジャンルはなんでも構いません。個人的には小説と批評がくると嬉しい。スミ一色の印刷でよければ書、版画、写真などの作品もお待ちしています。というか、載せたい作品がある場合には、印刷をそちらにあわせます。どうぞご心配なく。

あと、誤解されている方が多いのですが、『エクスクレイヴ』は同人誌ではありません。なので同人費はありません。あくまで商業誌で、ただ売れないだけなのです。黒字になった暁にはぜひ原稿料をお支払いしたいのですが、これまでに黒字になったことはありませんので、現物支給で許してください。ごめーんね。

 

質問、問い合わせなどはこちらのフォームよりご連絡ください。

皆様の投稿こころよりお待ちしております。

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山中千尋さんを見に行く。

山中千尋さんのコンサートを見に行く。先月はイタリアをツアーで回っていたよう。今月、来月は国内での仕事が多い。

ピアノが圧倒的であることはもう繰り返すまでもないし、あの小さな体からどうやって、という迫力の演奏。一瞬ももたつくことがないし、キレがすごい。"close to you"でまさかの歌声も披露。声もきれいな方です。ドラムの岡田佳大さんの演奏中とにかく笑顔なのもいい。

同じトリオでの演奏は次はクリスマスに秋葉原であるようです。あと来年の6月にも横浜で。それとガーシュインが2月5日品川で。これは行きたいなあ。

日本のライブってなんでこんなにチケット高いのかしらね。

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個人的なメモ

スペインに収斂(←アランダの周り、1770というディケイド)
25行
200pp.
ほかのジャンル(喜劇?サイネテ)
ネオクラシコとは何か、に挿入。
庶民は関係ない(エリートたちの運動)

1章前提であることを明記
フランス語引用→スペイン語で解説
p. 29 Lopez de la Huerta 言い直し(解説)
p. 31 Defensa 中身(ならびにフォーマット)これはすべての言及する作品について心がけること(CMなども)
さらに具体例を引けるのならばベター(CMは絶対必要)
p. 50 ネオクラシックの話をする前振りがひつよう
p. 53 引用しっぱなしにしない
p. 60 アリストテレス・ルサン比較して、という見せ方に工夫

各章に章のあらすじ、まとめ、次章の予告

二部 悲劇の数 選んだ作品
(紀要スタイルで、極力親切に)
作家
あらすじ
(コンテクスト)
アイデンティティ
時間
空間

読むこと、その時間・労力に対する満足感→知識として。

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個人的なメモ

ingenio
técnica-text
エリック・マクルーハン
英蘭とりわけオランダとの関係(鎖国時代)
Augustan age (the Royal Society 60 years after 1660)
佐藤春夫(「英語で小説の書ける友人のいるわたし」つきかげ)
すぎうらぎさく?

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想起

小日向文世とザッケローニが似ている、あるいは三浦友和と山崎邦正が似ていると思ってしまうと、以後一方を見たときに他方を想起してしまう。

英語辞書ではジーニアスのほかコウビルド にもずいぶんお世話になった。すでに僕のものはグズグズに崩れてしまっているので、かなり使いづらくなってしまった。コウビルドはすべての見出し語の説明が読者に語りかけるようなスタイルで、親しみが持てる。またコーパス群から精選された例文の中に時々ホロリとさせられるものがある。なので、特定の単語を見るとそこに載っていた例文を想起してしまう。

世界の認識とその反芻をジョン・ロックは感覚と反省と呼んだ。後にこれは知覚(パーセプション)と後進が言い換えることになる。想起は反省に含まれるだろうが、これを別カテゴリにしたロックの気持ちは分からないでもない。すごいことだと思う。

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「自分より頭のいい人」を見物するショー

自分がスペイン語を教える意味は何なのかな、と考えている。

第二外国語としてのスペイン語については、坂野鉄也さんという、たぶん滋賀大学の先生と思われる方のお書きになった文章を読むと参考になることが多いと思う(特にこれ)。それ以外の言語ではたとえば斉藤兆史さんのお書きになるものなんかも。

言語を学ぶには時間がかかる。それ以外の知識を増やしたほうがいいのではないか。いくらでも理由は思いつくけれど、でもスペイン語に限らず外国語を学ぶと いう経験はしたほうがいいと思う。これは絶対にそうだと思う。その上で、スペイン語のメリットも勘案してスペイン語を選んでくれる学生がいるならば、表面 的には外国語にすぎないそれを教えながら、本質的にはもっと違うことを伝えられるかもしれない。ただ教える側が一流でなければ、それはただの反面教師で、 こちらは自分が得意なことで勝負できる分絶対にすごさを見せなければいけない。それが、出来ているかというと・・・。

たとえば講読のテクスト。一語一文から縦横に話を広げられるように、そんな授業をしたいなあ、と思う僕は、やはり専門の18世紀で勝負するべきだったのかもしれないが、3世紀も前のテクストを読ませることにはやはり躊躇があったのだし、18世紀研究のテクストを扱うのには手前勝手すぎる気がしていたのだ。結果現代の小説を読んでいて、これはこれで面白いと思う。

でも、仮に講読の授業を来年度以後持ったとしても、やはり18世紀のものをいきなり読んだりはしないだろう。現代のものを読んでも僕の知識の大半は18世紀により来るわけで、学生には「何を突然」と思われながら18世紀の話をしてしまっていることがあるのだろう。その雑談みたいなものが、僕の教員としてのエッセンスに他ならないことを、とりあえず自覚だけはしておく。

素材は何であれ、科目は何であれ、「ああ、この人に教わってよかったな」、と思ってもらえるようにしたいなあ。

で、最初の問いに戻る。自分がスペイン語を教える意味は何なのかな、と考えている。

学校の先生は一般的には学生よりも頭がいいことになっているので(例外は多いと思うが)、大学の授業は、「自分より頭のいい人」を見物するショーなのかもしれない(知識の量でもいいし、頭の回転の速さでもいい)。これは経験としてすごく有意義だ。授業が語学でも専門科目でも何でも、自分より頭のいい人と話をすると目からうろこが落ちるような経験をするわけで、それを教室の中で大々的にやるショーなのだ。すると、僕は自分の商品価値に大いに疑義を抱くので、シュンと・・・。

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来し方。

強い雨が過ぎてから、温かい天気が続きますね。僕は体調が悪いなあ、と思いながら授業をしています。スペイン語の動詞には規則活用と不規則活用があって、まあ活用自体は覚えないと仕方のないものなのだけれど、不規則活用にもそれなりに筋が通って不規則になっているものがいくつかある。それは発音上の便宜だったりするのだけれど、自分が学生時代にそういうことを教わった記憶はあまりなくて、時間がたって「ああ、こういうことかもしれないな」と思い至ることがたくさんある。たぶん僕たちを教えてくれた先生たちは不親切だったのではなく、カリキュラム的にそういう余談が出来なかったのだと思う。もし、ほんの少し自惚れてもいいのならば、「今説明しなくても、いつか勝手に気づくだろう」という無責任かもしれない信頼を僕たちに預けてくれていたのかもしれない。ただ、僕は割りに授業の進み行きに余裕があるので、学生を信頼していないわけではないが、そういう話をしてしまう。

壁一面をすべて本棚で覆った後、その前に本の山ができたのでもはや効率的な検索は成り立たなくなっている。そもそも、本棚の書籍もすべて二重収納となりその上の余白空間に横積みになっている書籍がある。困ったなあ、と思いつつ最近探しているある本が見つからなくて、図書館というのはつくづくありがたいところだなあ、と感じ入る。どこもスペースが足りないという問題に悩んでいるのだろうけれど、こうしたことに解決を与えることはできない。ところで、萩尾望都のあの本はどこだろう。

来月、33歳になります。

以下宣伝。

最近『エクスクレイヴ』で検索してこちらにお越しくださる方がいらっしゃいます。うれしい限り。なので、注文方法について書いておきます。

『エクスクレイヴ』は11月11日に4号が出ました。こちらのフォームよりご連絡いただきますと、僕にメールが届く仕組みになっております。その際、「『エクスクレイヴ』4号を購入したいです」という旨をお書きください。お送りさせていただく先の住所は後のメールでのやり取りでご連絡いただければ結構です。

ご連絡いただいたメールアドレスに対して、僕のほうから確認メッセージと代金の振込先を返信させていただきます(本体200円、送料80円です。3号とあわせてほしいという方はその旨是非ご連絡ください。本体は200円プラス200円で400円になりますが、送料はそのまま80円です。)。お振込みをいただいたことが確認出来次第メール便で発送します。平日なら2,3日で届くはずです。

なお、今ご注文いただくとささやかなおまけをつけさせていただきます。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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dynabookのこと。

さ、さ、さ、最近とても書きたいことがあって、それはももいろクローバーZのことなのですが、とても長い、びっくりするくらい充実した記事を書いたのですが、パソコンがフリーズして消えてしまいました。もう一回書く元気はないので(論文書いているときにフリーズするのも泣けるけどそういうときはワードだしある程度は回復できる)、内容は推し量ってください。高城れにさんについてはジーン・シモンズ、松田優作、安来節の観点から考察したのでした。消えちゃって悲しいよ。水曜日ニューシングル『労働讃歌』発売だよ。

なので久々にパソコンのことを書きます。時折言及するubuntuだけで生活しているわけではなく、むしろ家でする作業はほとんどwindowsノート(15インチのダイナブック)を使っておるのですが、これはなんと2005年から使っているものです。物持ちいいのかなんなのか、xpでちゃんと機能している。これは修士論文を書き終わった年に買った気がする(と思ったら勘違い!修士課程に入ったときに買ったようです。修士課程の受験の際にはその前のノートで課題論文の原稿を書いたので)。その後スペインや、出かけて行って仕事をする際にも使っていたので(今は調査、授業、発表などはubuntuで行く)、愛着も一入。

夏の終わりごろに、内部クリーニングをしてもらいました。廃熱のためのファンに埃がずいぶんついているなーと自覚はあったのですが、自分でバラす勇気はありませんでした。このダイナブックは裏蓋だけでなくキーボードもはずさないとファンまで到達できないのです。で、クリーニングをしてもらった結果とても静かになりました。つまり、ファンの冷却効率が増して、ファンの稼動時間が減ったのです。ノートであれデスクトップであれ、数年おなじマシンを使っているという方には、結構おすすめな処置です。

ちなみにxpは2014年4月8日までサポート期間があります。そして、もしかしたらそこまで持つのではないか、と期待している自分がいる。そもそも、原稿を書くくらいしか、ネットを見るくらいしか、パソコン上でする作業がないのだから。その後はたぶんLinuxに(ubuntuではないかもしれないけれど)完全移行しそうな気がする。

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自戒をこめて

教師の話が長くなればなるほど、子どもたちの学ぶ意欲が減少していきます。

と、江利川先生のブログに書かれている。

わかってる、わかってるんだけど、と自戒をこめて記しておく。今週は授業で永川玲二先生の話をしました。そりゃ話も長くなるわね。

スペイン語を学んでいる人は必ず読んでね

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今年も残すところ40日/市民劇について

人の多いところにいくとてきめんに風邪をひいたりして、体調を崩します。みなさまお元気でお過ごしですか。ぜひマスクをして、うがい手洗いを励行してください。

毎年この時期はバレーボール女子を応援しているのだけれど、今週は突発的にしなくてはいけないことができてしまって、さっきそれが終わったところ。アメリカ戦は録画したものを後で見ます。→見ました。すばらしい試合でしたね。勝ってよかった。

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ディドロは『演劇論』を書いているのだけれど、すごく明晰に自分の作品はこういうものであると述べている。すなわち悲劇と喜劇の中間に位置する作品であると。

僕は『私生児』の中で、喜劇と悲劇の中間に位するような演劇の概念を示そうと試みた。  これを書いた時約束したが、その後絶えずほかのことに気を取られていたため遅れていた『一家の父』は『私生児』の真面目な様式と喜劇と悲劇との中間に位するものである。  そして僕になお時間と勇気があれば、真面目な様式と悲劇との中間に位するような芝居を書くに吝かでない。(ディドロ、ドニ「演劇論」『ディドロ著作集 第九巻 演劇論』小場瀬卓三訳、八雲書店、1948、23ページ。なお、同書からの引用に際して旧字体をあらためた。)

この『演劇論』を訳された小場瀬卓三さんはこう書いている。

町民階級の経済的、社会的地位が向上し、それにつれて彼らの自覚が高まってくるにつれて彼らは、何故自分たちの生活、自分たちの不幸が、芝居に題材を提供してはいけないのかと、自問せずにはいられなかった。地位の隔たり故に愛する男と結婚できない娘、両親の反対故に別れた女に出来た子に、十五年二十年後にめぐりあう父親、父親の吝嗇故にあたら青春を楽しみもしないで送る若者―こうしたものは、王侯の野望や妾嬖の情怨と同様、否それ以上に悲劇的ではないだろうか?(同書、367ページ)

さらに文学史的な概説も確認しておこうか。

ディドロと市民劇

ディドロは思想のみならず演劇の分野でも重要な位置を占めている。かれは「市民劇」という新しい演劇ジャンルを提唱したが、それは従来の悲劇でも喜劇でもなく、またその混合でもない。ディドロは「市民劇」を「まじめな劇」とも形容しており、悲劇と喜劇の中間に位置づけている。「市民劇」は当時の市民を主人公とし、台座今さまざまな身分(商人、裁判官など)や家族関係などから取るべきであると主張した。彼によれば、「市民劇」は美徳への愛と罪悪の嫌悪を観客に吹きこむという道徳的役割を持ち、新しい時代の市民のための演劇となるべきものである。(増田真「十八世紀」、田村毅、塩川徹也編『フランス文学史』東京大学出版会、1995年、142ページ)

彼自身の言葉ではComédie serieuse(真面目な喜劇)ということになる。これはスペイン語ではcomedia seriaとなるけれど、その後もっとたくさんの呼び名を受け取ることになる。ところでこういう市民を題材に採った劇がドイツでもレッシングによって書かれているし、ヨーロッパ中を見回しても前後して似たようなジャンルが生まれている。スペインの場合はもちろんホベリャーノスの『名誉ある科人』。やっぱりこの時代のヨーロッパ研究というのはかなり視野を広く取らないとだめなんだな、と思いつつドイツ語が読めない僕にはなかなか難しいところ。レッシングの作品は結構翻訳があります。

レッシングの作品

『サラ・サンプソン嬢』Miß Sara Sampson(一七五五)は、レッシングの著作としては、最初の注目すべき戯曲である。これまでは、悲劇の主人公は王侯や英雄でなければならぬとされていたが、その決まりを破って、レッシングははじめて散文の市民悲劇を書きあげたのだった。当時としてはまさしく破天荒のこころみである。題でもある程度推測がつくように、舞台はイギリスにとられている(レッシングは、イギリス文学を範としてこの作品を書いた)が、それはイギリスが、はじめて市民階級が事故の価値の意識に目ざめた国だからである。(関楠生「十八世紀―国民文学から世界文学へ」、佐藤晃一編『ドイツ文学史』明治書院、1972年、71ページ)

散文で書かれた、というところも重要。これなど、実にホベリャーノスについて書かれたかのような説明である。この明治書院の『ドイツ文学史』は結構いい。これのスペイン文学版があればよかったのに。

以前ト書きのことでもやもやしたことを書いたけれど、比較してみるとモラティン父のほうは結構ト書きが少ないけれど、息子になると「ああ、多いな」と感じられるくらい変化がある。ホベリャーノスは彼の世代としてはやはり圧倒的に多いけれど、もう一人トリゲロスも結構多い書き手です。トリゲロス研究は早晩着手しなければと思って、作品は結構買ってきたのですが(演劇以外でもいっぱい作品を書いているのだけれど、出版点数は少ない)いつになったらたどり着くことか。

今年もあと40日を残すところです。かつて交易の主流が船舶であったころ、検疫の意味で船は港に40日停泊し、物資人員ともに即座に入国することはできませんでした。ここから検疫のことをフランス語で"quarantaine"と呼びます(スペイン語は"cuarentena")。

今年は本当にバタバタしておりました。みなさまお元気でお過ごしください。

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学魔の仕事場

新宿紀伊国屋四階でめくるめく学魔ワールドが展開されている。学魔の机がドンッと展示されていて、あの膨大な量の仕事がこれほどシンプルな鍛冶場から生まれたのかと、コンピュータのディスプレーの前で駄文を書き連ねている僕らは戦慄する。クロスリファレンスの緊密なネットワークを手ずから構築した半ば盲目のメフィストフェレスからすれば、サイバネティクスに弄ばれている僕たちなど粘菌程度の知性しか持たない(侮れないが・・・)。

僕の授業をとっている学生さんは是非参詣してください。単位認定必須条件?15日17時までだ。

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『エクスクレイヴ』4号完成

Exclave4
エクスクレイヴ』4号完成しました。2011年11月11日発行、です。ワンワンワンワンの日です。

申し込みをいただいた皆様にはすでにお送りさせていただいております。お手元に届くまでいま少しお待ちくださいますようお願い申し上げます。これから、「買ってみようかな…」という奇特な貴方。本体200円です。送料80円です。合わせて280円です。コーヒー一杯分くらいです。この比較は全然いけてないですが。

『図書館』をテーマに編んだ『エクスクレイヴ』4号、余白も多くメモも取りやすいです。マウスパッドにも最適!でも、中身が大変豪華なので(自分で作っててびっくりするくらい)、よかったら、どうぞ。

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秒読み、『エクスクレイヴ』の4号

大変恐縮ですが、宣伝です。

『エクスクレイヴ』の4号を出します。執筆人はコチラ:

暁方ミセイさん
大辻都さん
山田美雪さん
吉田雨さん
瀬崎虎彦さん
富田広樹

発行部数が100部と少ないせいで、すぐに在庫がなくなってしまうことが予想されます。1号2号ははすでになく、3号はわずかに余剰があります。もし確実に手に入れたいという奇特な方がありましたらこちらよりご連絡いただければ幸いです。本体200円、送料80円です。3号とあわせてほしいという方はその旨是非ご連絡ください。

Moyai

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変な愚痴

自分の国の税金がよそに比べて高いのか、安いのか、そういうのは二つの国に住んでみないとわからないし、そもそも旅行者や留学生として外国へいっても体感できないから、やっぱり比較できない(数年継続して就労したりしないと分からない)。

日本は税金が安くて福祉が手厚いといわれているけれど(というか、一部の議員が言っているけれど)、どうなんだろう。首相が消費税10パーセントにしますと、なぜか外で宣言。当事者(納税者)は蚊帳の外か。不景気のときに増税は消費者心理を冷やすから無理というのが経済のセオリーだが、これは百家争鳴で正直何がよいのか誰にもわからない。消費税はヨーロッパなどはもっと高いといわれているけれど(というか、一部の議員が言っているけれど)、それは付加価値税のことだろうか(国ごとに名前が違う)。その税は一律じゃなくて、食品や書籍が低率あるいは免除されているところも多いはず(酒などは高い)。正確なことを話そうよ。

ちょっと話は変わるのだが、スペインが16世紀に財政破綻、重税にあえいでいたオランダ(ネーデルラント北の州)が反乱した。その時の課税ぶりは:

動産不動産を問わず一パーセントの財産税、土地の名義変更には五パーセントの印紙税、あらゆる商品に一〇パーセントの消費税等々である。(菊池良生『ハプスブルク帝国の情報メディア革命―近代郵便制度の誕生 』集英社新書、115ページ)

まあ、これがすべてではないだろうけれど、消費税は同じになる。土地の名義変更は相続にかかわるものだと思うけれど、日本の相続税は10パーセントから土地の値段によって10ポイントずつあがっていく。ただし6000万円以下の土地の場合は課税されない。これは大抵の人は払ってないと思う。財産税というのは日本の税制だと現在ないのだが、上の相続税、贈与税ならびに固定資産税や自動車税などがそれにあたる。固定資産税は評価額の1.4パーセントが標準税額だ(都道府県が個別に決めていい)。自動車税は排気量によって違うが約3万円から11万円まで。軽自動車はずっと安い。所得税・地方税もざっくり取られるので、もしかしたらオランダ人よりも重税にあえいでいるのではないか、と思ったりもするけれど、別に16世紀のオランダに住みたいわけでもない。株式市場が最初に現れたのもこのころのオランダだけれど、僕らは値上がり益ならびに配当で10パーセントの税金を払う。なおこれは2013年12月末までの証券優遇制度によっているので、本来なら20パーセントだ。銀行の利息と同じ。この優遇を導入したころは貯蓄から投資へと政府が旗を振り、FPが連日テレビで騒いでいたころだけれど、おかげでえらいことになった人もたくさんいるだろう。勝間和代氏は僕の見る限りもっとも信用してはいけない人間だけれど(苫米地クラスでおかしな人だ)、今頃何をしているんだろう。身の丈に合わないバイクで転んでる場合じゃないよ。株に関する税率を下げて、実は税収を上げていたのである。これも所得税になる。税収は上がったが、含み損が膨らんで家計の資産が減少した。インフレになったらどうするの、と叫びながら世はデフレ一直線だった。タンス預金は危ないですよ、といいながらもっと危ない橋を渡らせていたのだ。

予算を立てて仕事をする。赤字の出ないようにするのが正しいのだが、赤字の成長部門を複数抱えているし、不要な出費も必要な出費も、外で使うときはまさかの大盤振る舞いをするので、お金がいくらあっても足りない。来年分はとりあえず増税分を勘案して予算を立てるというから、もうこれは取られることが決まってしまっている。

税金を払うのは全然嫌じゃない。直接税なら満面の笑みを浮かべて払いたい。間接税でも満面の笑顔で払いたい。また、徴税人というのはいつでも嫌われるものだけれど、僕は税務署の人ほど誠実な公務員はいないと思っている。誰が嫌かって、やっぱり手を汚さずに集められた税金を使ったり、無賃で電車乗ってるやつなんだろう(議員特権)。

けれど誤解のないように言えば、「取りやすいところから取る」という批判を逆手にとってじゃないけれど、「払える人間は払っていい」と思う。つまりは、税金を払うの前向きなのに、若干腑に落ちないところがある、という変な愚痴なのでした。議論しましょう、徹底的に。国内で。

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ホベリャーノスのト書き

演劇で詳細なト書きが記されるのはおそらく19世紀で、スペインだとレアンドロ・フェルナンデス・デ・モラティンくらいが創始と聞いたことがあるような気がするけれど、ちょっとどこで耳にしたか思い出せない。演出に関する細かい指示も含むようになるのは結構後の時代かもしれないが、その意味で超が付く先駆はガスパール・ホベリャーノスで、その演劇作品のト書きの量は尋常ではないのだが、それが尋常ではないことをホベリャーノス作品あるいは演劇のテクストに親しくない人に示すにはどうしたらいいのか。

同時代の作家と比較するというのがまず考えつくことだけれど、それだけでは十分でない気もする。僕としては先のレアンドロ・モラティンが詳細なト書きの始祖であるという言及を発見して、レアンドロと比較した上でというのがいい気もする。ホベリャーノスがたくさんト書きを書いたことが、「演出家の役割も担っていたのだ」というのはたぶん正しくない。そんなにしっかりした役割分担があったのか、またホベリャーノスが想定していたのかは不明であるし、ホベリャーノスのト書きというものは、もっと別のルーツを持つはずなのだ。

ひとつは彼も翻訳に携わったフランス演劇を筆頭に彼が演劇を書く際に重要な役割を担ったソースがあるはずで、そこに何らかの痕跡を見出せないか。

もうひとつは、たぶん彼の自然観察者としての緻密にして繊細、かつ筆まめという個人的な資質が影響しているはず。

これは後者から説明したほうが断然面白い気がするのだけれど、ホベリャーノスの異なる複数の面を飛び越えていかなければならない。マテリアルとしては日記(幽閉中ならびに旅中のものが特に)、書簡が重要になる。そんなところまでなかなか手を出せずにいる。スペインのゲーテは兎角ものを書きすぎているのである。

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ワンワンワンの日。

10月はいろいろバタバタしていたわりに何もはかどっていなくて、11月に持ち越してしまった用件が多くあります。さらに11月にはバレーボールのワールドカップがあるので、ビールを飲みつつこれを見ていたらきっとますます暗礁に乗り上げるのでしょう。11月に気になることとしてもうひとつ。例年紅白歌合戦に興味がないのだけれど、今年はももいろクローバーが出場できるといいなあ、と期待しています(出場者発表がたぶん11月中)。三十路を超えていまさらですが、アイドルってすごいなあ、と本当に思う。もはや「いま、会えるアイドル」ではなくなったと思うけれど、メンバーの全員が好き。ソングライター陣になんとNARASAKIが!僕にとってCoalter of the deepersは世界でもっともかっこいいバンドのひとつ。

『エクスクレイヴ』4号は11月11日ワンワンワンワンの日に出る予定です。ええ、宣伝です。ももいろクローバーのシングル発売日は11月23日です。これも宣伝です。

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