« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

大江×セルカス 対談

割と悩んで、結局行けそうにないのだけれど、大江健三郎とスペインの作家の対談があるようです。

日時:

9月1日(水)午前9時30分(当の対談は昼くらいから)。

場所:

セルバンテス文化センター東京オーディトリアム(地下1階)。

例によってメールで予約が必要。

ハビエル・セルカス(Javier Cercas)は『サラミスの兵士たち 』が翻訳されているのだけれど、僕は恥ずかしながら読んでいない。なぜ大江さんと対談?という疑問があるけれど、かなり珍しい機会でしょう。セルカスは1962年生まれのスペインの作家。なんだか、ジローナ大学の文学の先生もしているみたいだ。彼自身翻訳家でもあるよう。ちなみに2009年のAnatomía de un instanteがバカ売れ。

ご関心のある向きはどうぞ。

|

R. I. P. 今敏

アニメーション映画監督の今敏さんが亡くなる。

パプリカ 』大好きです。夢をアニメで再現する、見たこともない映像を見せてくれました。すばらしい作品を残してくれてありがとうございました。radioclubでまたお会いしましょう。

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

|

コピーデテクトコピー

もう実用化されているかもしれないけれど、とりあえず。

世の中には社外秘みたいな資料がある。こういうものを持ち出されるともうリークは抑えようがない。データの持ち出しもさりながら、紙ベースの資料については案外取り締まることが難しい。ところでこういう書類には『社外秘』だの『秘』だの、コピーされてしまったあとは間抜けに映るスタンプが押されている。これをQRコードにしてしまえばいいと思う。そしてコピー機の会社では協定を結んでおいて特定のコードが読み込まれるとコピーできないようにしておくといい(紙幣偽造防止と同様に)。さらにコピーしようとした(未遂が起こった)端末を追跡出来るようにしておくと、情報のリークは防ぐことが出来る。コピーは防げなくとも(プロテクトできなくとも)、コピー行為を暴ける(デテクトできる)ことに価値があると思う。

最近の高性能コピーはスキャナ機能を載せているところが多いので、QRコードについて、デンソーさんに許可を貰えば問題ない。あとは富士ゼロックスとキャノン、リコーが協定を結べば業界的には問題ない(このうち二社で多分OK)。さらには、社外秘に限らず「いつコピーされたか」が気になる書類にこのスタンプを押しておけばいい。

スタンプが隠されてしまえば意味がなくなると思う人もあるかもしれないけれど、そんなときには本文に埋め込んでしまえばいいのだ。こういうスタンプ端っこに押すのは意味がないし。スタンプ作成や管理のソフトウェアと抱き合わせで売り込めばコピー業界も安泰。これは出版業界にも関係のあることで、著作権管理に役立つ。

と思うのだけれど。興味のある人は実用化してみてください。

|

日本語入力環境について(つづき)

先にubuntuで日本語・スペイン語を交互に入力できる環境が欲しい、と書いたのだけれど、それについては、キーレイアウトをスペイン語で固定してしまって、Ctrl+Spaceで一応対応することができる。難点は山積みで、たとえば今+を打つのに右往左往した。「」とかどこ?となってしまう。普段気にせず打っている記号がなかなか思うように出せない。これはストレスフル。それでも、スペイン語しか打たないよ、と心に決めている人ならば、あるいはスペイン語キー配置の方が性に合うという方ならば、そのほうが使いやすいのかも。ちょっとこれで使ってみる。

要は、IMのOn/Offとキーレイアウトの変更を同時に出来るキーバインドを作ればよい訳で・・・。

それと、Mozc(Google日本語入力)を導入。デフォルトのAnthyも、かつて僕がiMac(BlueBerry)を購入した折にバンドルされていたことえりに比べれば天才と呼びたくなるくらい賢かったけれど(ことえりはあまりにも駄目だったのでATOKに入れ替えた)、現在試験的にGoogle日本語入力を使用しています。変換候補表示がいまはうるさいのだけれど、慣れるとこちらの方が使いやすいかもしれない。

|

日経平均5日続落!

すごい株式相場で、傍目に見てるだけでもハラハラ。下げの理由が分からなかったということでは、今日よりも昨日のほうがドキドキした。一応の原因は円高というけれど、どうなのかなあ。非輸出銘柄も下がっているのはもう、なんとなくこの流れに乗って売ってしまえという人たちなんだろう。こういう時に毅然と買える人は凄いと思う。

デフレかつ円高。円預金と国債で賄ってきた人が一番上手く乗り切っている。貯蓄から投資へと声高に叫んだ人たちの声も聴きたいなあ。K間さんの言うことを鵜呑みにしては駄目ってことです。とはいえこれは「リスク資産に投資しないほうがいい」といっているわけじゃなくて、一面的にしか投資のメリットを説明しなかった一部の自称経済評論家が二流だといっているわけで。

菅さんはお金をかけずに為替是正をする手腕に長けている(財務大臣時代の「90円台半ばくらいが・・・」、今回の電話)。と、思ったら円高対応協議に入ったとか。日銀総裁が全然仕事していない!!為替介入にしても、多勢に無勢で策がないのだけれど(アメリカとEUが「何もしない」と言っているので。ただ、実際は何もしないはずはないのだけれど)、こういう非常時には野党の優秀な人材に知恵を貸してもらうべきだと思う。谷垣さんは財務大臣経験者かつワン・オブ・ザ・ヴェリー・ベストだ。

|

イグナシオ・デ・ルサン『詩学』

18世紀を新古典と呼ぶ人たちは、多かれ少なかれ演劇を念頭に語っている。絵画や彫刻における新古典というのは、場合によっては理念的なものに過ぎない。1738年ヘルクラネウム、1748年ポンペイの遺跡が発見され、千数百年、僕たちにとっては二千年以上も前の人々の生活に思いをはせると、新古典の心性に多少は近づくことになる。つまり、かつてあった素晴らしいものを我々が見失っていて、しかし我々自身はポンペイの民と連続性を持っている。ならば、今ある芸術もその場所へ帰っていくべきなのだ、と。人間はありとあらゆる機会にルネサンスしたがる。死と再生ならぬ詩と再生。

これより先に演劇の世界では十全に新古典的なものが用意されてきたのだと思う。イタリアのムラトーリ(1672-1750)、フランスのオービニャク(1604-76)、ボワロー(1636-1722)をはじめ、アリストテレス詩学をより理解しやすくかつ理にかなった形で紹介する人たちが現れる(アリストテレス受容の伝統は註釈行為だが、これらの書き手では内容を発展させてもいる)。注意したいのは、スペインの黄金時代と呼ばれる時代は、これとほぼ同時期に隆盛を見ていることであって、この二つを対立するものと見るよりは、まったく異なるものとして扱うほうが実り多い。そうすると、「スペイン演劇は堕落しきっている」といつもの調子で語る必要は一切なくなる。

イグナシオ・デ・ルサンは1702年3月28日にサラゴサに生まれる。両親を比較的早く亡くし、叔父によって国外で教育を受ける。とにかく秀才だったらしい。1737年に『詩学』を出版。多分これほど網羅的に詩学を扱った本は、同時代スペインにおいてアグスティン・モンティアノを例外としてない。さらには、フランスでもルサンの著作は誉めそやされたようで、古典語を含めた各国語に通暁した、汎ヨーロッパ的知識人という理解でよいだろう。博学ではあるが、博学を披瀝して悦に入るタイプの文章ではない。割に平易に、理解可能な文章だ。ボワローの詩学は僕など凄さがわからないけれど、詩の形式であったことにより人口に膾炙した。同様に、ルサンも偉そうに書かないことによって、偉くなった。1754年5月19日亡くなるが、詩学は第二版というか、かなりの修正を加えられた草稿が残されていて、死後なんと1789年に出版される。ちょっと遅きに失したかな、とも思うけれど。

同書第三部が演劇理論に割かれている。スペインの特殊の事情に通暁したルサンならではの知見が重要だといえる。スペインの同時代、あるいは前時代の演劇、その上演や歴史について。詩学については明瞭。難しいことを言うための文章など微塵もない。

関係ないところでは、lyricsが竪琴liraに由来すること、スペインの歌劇zarzuelaが地名に由来することなど(zが二つもある不思議な言葉だなあ、とは思っていたのよ)、今回教わったところです。

近代的校訂本は1977年Laborのものがずっと入手困難だったけれど、2008年に同じ校訂者Russell P. Seboldによるものがカテドラから出た(624番)。凄く喜んだのを覚えているけれど、700ページを超える大著、なかなか対峙出来ずにいた。

ささやかなアイディアのメモ。「ネイションの詩学」という考え方は出来ないか。スペインの文学は駄目だ、という批判に対してネイションの擁護が可能となる。

|

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »