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2010年7月

ブルーン!ドルドルドルドル…・・・

舞城王太郎『NECK 』をざりざり読んでいます。

門を出て右に行くので見ると、真っ黒な凄く変わった形の車がある。車高が低く、めらめらと燃える炎のようなデザイン。(72)

ここまで来て僕はピーンと来た。まだ候補が三つくらい挙がったけれど、もしかして・・・と思ったよ。

「ふふふ。自作の車なんか公道走れんが。これは光岡自動車のオロチや。富山の会社なんやけど。知らんのやろ」(98)

そう、光岡のオロチ!文学作品にこれが登場したのは初めてだと思う。素敵!田舎に住んでこういう凄い車に乗ってるほうがハッピィな気もする。最近卑弥呼クラシックという車を作った。限定20台。欲しい人は急いだほうがいい!

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夏休み

昨日最後の試験が終わって、午後はずっと採点をしていた。そして今朝、朝の八時から採点のチェックと成績登録をしていた。成績管理を昨今インターネットのサイトから出来るようにしている大学がある。郵送で成績登録用紙を送るよりもずっと便利。ただ間違えて登録してしまわないように気をつけなくてはいけない。一段欄がずれていたら大変なこと。それから、テストのコメント欄にある授業の感想などを、ニンマリしながら読んでいる。もし学生さんが「この授業とって良かったです」と書いてくれたら、それは僕にとってとてもうれしいご褒美。授業は一度ごとのライブなので、二度と同じ出会いはない。もう二度と、同じ授業は出来ないのだ。

いい先生がいい授業をするんじゃなくて、いい学生がいい授業を作るんだと思う。

かくしてこうした作業や読書の間六時間ほど、エンドレスでルドルフ・マンダルカ の演奏する「夢のあとに」(フォーレ)を聴いていた。演奏が2分20秒ほど。150回以上聴いていた。

雨が降って少し涼しくなった今日からが、僕の本当の夏休み。

Book_list20100729
おまけ。左の列が今学期授業でご紹介した書籍たち。毎回の授業で、これを楽しみにしてくださっている方がいたことは、僕にとってとても嬉しかったこと。

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この夏の課題図書

もうすっかり夏休みモード。連日大変暑いですね。室内外で、暑さのせいで亡くなる方もあります。皆様もどうぞご自愛ください。こんなに暑くて、昔の人はどうしていたのかしら。あるいは、学生時分の僕は、エアコンもない部屋でどうしていたのだろうか、というと日中は何もしないでヨーグルトばかり食べていたり、あるいは朝から図書館に行って涼んでいたり、でした。今あの環境に戻ったら大変だ。

夏休みこそ普段できないことをする良い機会なのだけれど、普段延ばし延ばしにしていた事柄を消化するのに精一杯でなかなか手が回らずにいます。そんな夏の課題図書。

舞城王太郎『獣の樹 』講談社、2010.
舞城王太郎『NECK 』講談社、2010.

買ってきた本はその日のうちに読む!が鉄則ですがイグナシオ・デ・ルサンの『詩学』に足をとられてなかなか前へ進めません。それが済んだら一気読みの予定。

そうそう、8月6日はテレビで『サマーウォーズ』やります。

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テスト期間

7月の終わりに向かって、そろそろ、あるいはすでに大学はテスト期間を迎える。最近の大学生は小学生中学生よりも夏休みの始まるのが遅い。けれどその分8、9月をまるまる休めるのであれば、それは実り多い。8月は暑いけれど、9月は涼しさも増しより生産的に何かに取り組める可能性も高い。あるいは、旅行に行くなら、シーズン的にもそちらの方が良い気がする。で、この時期が学期末。先生たちは目下採点シーズン。

「採点する」というのもおこがましいというか、勉強していない人についてはともかく、勉強している人の間違いを見ると「ああ、なるほど」という間違いがある。単純にバツをつけてというわけにはいかない。なるべくそういうことがないようにと気をつけているけれど、出題に問題があるテストもある。そうなると、学生よりも先生の方がしっかりした方が良い。なるべく一問一答で、複数の回答の可能性が少ないものにすると採点が楽(その一方模範解答は間口を広くするべき。こちらが出題した意図と異なるけれど、成立している回答は予期せずして結構あるもの)。あと、後々のことを考えてレイアウトも工夫しておくと点数計算がスムーズ。具体的には点数を数える際に縦のラインですっきり足せるようにしておく(そして配点もキリの良い数にする)と計算しやすい。そういうことを考えないでテストを作る人もいるけれど、苦労するのは自分。最後に道具も疲労度を大いに左右する。おすすめの赤ペンはVicuña という素晴らしい書き味のペン。名前もかわいい。

学生による授業アンケートを実施する大学が多いのだけれど、それ以外に僕はテストにコメント欄を設けている。授業の感想や好きな本の紹介など、なんでも好きに書いてもらって良い。そして、僕は採点をしながらこれを読むのが大好きです。「ああ、こんなことを考えているんだなあ」とか「授業中にそんなところに注目していたのか(先生のファッション云々ね)」なんてものもある。普段の小テストでも個別のコメントに返事を書くのだけれど、期末試験はそれが出来ないのがとても残念。

成績をつけた結果、落第となる方もあるのは仕方ない。けれど、別にそれですべての終わりではないので、また機会を改めて頑張ってくださいとしか言えない。僕の授業で単位を落としても、他のクラスで挽回すればいいのであまり気にせず楽しく過ごしてほしい。何枚も、何枚も答案を採点しながら、君たちが自分のクラスにいたことをとても嬉しいと思うのです。

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キーボードのこと

最近パソコン関係の事を何度か書いてきたのだけれど、その続き。

サブノートとかセカンドノートなんて言い方が出来るくらい、ノートパソコンが普及している。たとえば一人暮らしの人や家が手狭な人はデスクトップよりもノートを選ぶだろうし、これを結構据え置きで使う人もあるだろう。僕がサラリーマンだったころ、ノートパソコンが職場で使用されていたけれど、よほどの理由がなければこれを携帯、携行することはなかった。単純にスペースの問題の方が大きい(事務仕事の場合)。作業内容によってはデスクトップの方が処理能力や拡張性の面から好ましいこともあるだろうが。

自宅で 15インチ液晶のノートを使っていて、据え置き。家の中で持ち歩く理由など皆目見当がつかぬ。一方で、今後持ち歩けたら楽しいかも、と思ってubuntu を入れるノートはより小さいものを選んだ。スペックは当然ながら値段に比例していくので、それぞれの求めるところを満足させる価格帯で選べばよいのだけれど、僕などミニノート(とかUMPC)であまりに高度な作業を行うわけではなく、最低限で構わない。どうせLinuxでサクサク動かすのだから、 Windowsで最低限のスペックというものでもまったく問題は感じない、と思っていた(何度も言うようだけれど、個々のOSは排他的にではなく共存してこそ社会全体にとって意味があるので、ここでもLinuxがいいと主張しているわけではない。いろいろなOSを使う人があっていいし、そういうことを考慮しながら生活すればいいのだ)。

ただ、どうしても僕としては譲れないハード面の要請があり、それはキーボードのことである。パソコンの本体が小さくなればキーボードも小さくなる。ただ、それでも打ちやすいキーボードと打ちにくいキーボードがある。細かいことを言えばキーの並びやレスポンスなどもあろうが、僕としてはキーの大きさ、正確にはキーのピッチが重要で、ここは妥協できなかった。先に書いたように、面積が小さくなればキーボードが小さくなるのは当然なので、その中でどれだけのキーピッチが確保されているか、ということがとてつもなく大事(かつ僕は手が大きい)。普段使いのPCから乗り換えたときにあまり違和感を感じないこと、それを念頭に機種を選ぶということはスペック云々より実際面での要請である。

スペックは後にどうにかできるものも多い(メモリとかHDDなら)。UMPCなら、画面が小さくても外部に映像出力してしまえばいい。何となれば大画面で作業することも出来る。キーボードはノートに関しては、そうもいかない。マウスと並んで人間とコンピューターの接する界面であるからこそ、もっともこだわるべき部分の一つであると思うのです。

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ubuntuで日本語とスペイン語を交互に書ける環境がほしい。

過日よりubuntuで遊んでいるのだけれど、現在10インチ画面のミニノートで使っているせいで、普段使用している15インチの液晶に戻るとずいぶん大きく感じる。本当に、二倍くらいに思えるよ。

インターネット関係、ハードウェア関係ではほとんど不便を覚えない。仕事をする上での要となるであろうオフィスソフトについても、MS-OFFICEと同じことをするつもりにならなければ大体問題ない。これは、慣れ親しんだものを捨てるということでなかなか難しいだろうけれど。ただ官公庁と地方自治体は率先してLinuxとOOoを入れていいんじゃないかな。SEの負担も減る気がする。ライセンス料も生じないし、サポートを視野に入れてもずいぶんコストを削減できる。実際、高度なアプリケーションを使用しなければいけない仕事をしている人はごくわずかなのだよね。データの受け渡しの問題についても、じゃあ実際どれくらいの頻度でしているのかを調査したほうがいい。とりわけ組織内での交換が主であるなら、全体を変えてしまえばいいのであって。外部とのやり取りについても、書き込める文書(編集できる文書)である必要がないならPDFなりで送ればいいと思う。

とはいえ、困ったなあ、と思っているのがスペイン語の入力。Windows環境では「日本語」→「スペイン語」のIMEの切り替えがキーボードレイアウトの変更であるのに対して、ubuntuではスペイン語レイアウトの上日本語IMEが使用可能という、まったく必要ない環境になってしまう。(1)スペイン語レイアウトにして、(2)IMEを無効にすることによって、一切の問題なくスペイン語は打てるのだけれど、2ステップかかるのがどうしても気にかかる。しかもキーボードショートカットでIMEのオン・オフを制御できない(頑張れば出来るはずだがよくわからない)。これは日本語とスペイン語の混じった文章を書く上でとても大きな問題となる。

詳しい方がいたら是非教えてください。

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ubuntuはじめました

Windowsシリーズで今なお一番ユーザーが多いのはおそらくXPだろう。2009年1月に販売が終了。Vistaや7と共存しつつ、市場ではXPが大量に残っているせいで(職場のPCがXPだという人は多いだろう)、マイクロソフトは「サポート止めました」と言えない。かくしてサポート期間が異例の2014年までとなっている(普通は新しいヴァージョンが出て2年で終わる)。

ずっとXPを使っていて、一切不便を覚えていないのだけれど、さて次に買い換えるとOSは否応なしに変わってしまう。それにちゃんと対応できるかどうか、不安。OSは人間とコンピュータの対話の接点なので、そこがあまりクルクル変わってしまうと困る。それはアプリケーションでも同じこと。別段マイクロソフトを糾弾するつもりはない。とても優れていると思う。でも、自分に必要なものだけを備えた環境で細々と利用できれば僕はいいので、望まない機能(画面をグルグル回すとかさ)を与えられて「さあ、使いなさい」と言われるとちょっとげんなりする。繰り返して言うけれど、別にマイクロソフトがいやだと思っているわけではなくて、もちろん自分はこれからも使うだろうし、周囲の人もそうだろう。ただ、自分にとって必要なものだけを考えていくと、別の選択肢もあるなあ、と思っている。

思っていた。そこでLinux。とはいえ、いきなりこれにすべて乗り換えるのはちょっと怖い。操作の面だけでなくて、単純に今のコンピュータのデータや設定を温存しておきたい。バックアップを作って云々、なのだけれど「一つ新しいマシンを買ってそっちをLinuxにしたらいいのでは?」と思った。自分としては使い勝手のいい方をより多く使うだろうから、次第次第に移行は進むだろうし、使っていく上での問題点があったときの保険として他方を使用する。排他的にではなく、ゆっくりと環境を変えていく。XPを使い慣れているので、当面メイン。

さて、自分はコンピュータをどういう用向きに使っているのかというと、インターネットと文書作成、音楽を再生したり録音したり。非常に限られているので、これができればOK。

・インターネットは問題ない。僕はFireFoxというブラウザを使っているけれど、Linux版がある。
・文書作成については、データの形式については多少苦労はあるかもしれないけれど、僕は会社で仕事をしている人のように決まった形式で作成しなければいけないということはあまりない。もちろん相手に親切なファイル形式を選ぶ必要性はあるので、OOoというオフィス・スイートでしばらく様子を見る。
・音楽再生は問題ない。BOSEにつないで、あるいはヘッドフォンで聴くことがほとんど。
・音楽の録音などは、これから考えよう。ソフトを乗り換える必要があるけれど、LinuxのDAWソフトについては何も知らない。それはこれから考える。ただ、現在使用しているUSBオーディオキャプチャは問題なく認識したので、これも大丈夫だと思う。
・Linuxは様々な種類(パッケージ、ディストリビューション)がある。とりあえず初心者にも敷居の低いubuntuを選択。毎年4月と10月に新しいヴァージョンが出るのだけれど、2年に一度LTSというサポート期限の長いヴァージョンが出る(Long Term Support)。この4月に出た10.04がそれにあたる。タイミングもいい。なおこのヴァージョンのコードネームがLucid Lynx。啓蒙主義の時代(またの名をSiglo de las Luces, 光の世紀の意味)を研究する僕にぴったり、と思ったり。

Screenshot

そんなわけで、ubuntuはじめました。この記事もubuntuマシンから書いています。

とても快適な使用感。普通の生活でパソコンに触れたことがある人なら、専門知識などがなくとも問題なく使用できると思います。スペイン語入力の問題など考えつつ、もうしばらくこれで遊びます。もちろん不便を覚えることもあるでしょうし、知識がないために困ることもあるかもしれませんが、そこはどのOSでもそうなのだと割り切って。

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なむみ

ブラック・ジャック 先生は時折「ナム三」と言う。元々は「南無三宝」で仏教の言葉なのだろう。「南無」の後ろに色々入れて、「これに信を寄せていますよ(だからよろしくね)」ということなのだが、「しまった」とか「なんと、だめだこりゃ」と言う時に使われる。英語でもそうだ。スペイン語でもそうだ。

過日皮膚を一部切除する手術をした。まあ、あまり大げさに考えるほどのことではないんだけど、5センチくらい切ったので結構痛い。消毒のために傷口を露出させると、それはもう恐ろしい傷跡に見える。大体体を切ったことなど殆どないのだ(この前は頭蓋骨を削ったけどね)。

後ろ側だけれど脇腹のあたりなので、今度から僕を見かけても三度「知らない」と言ってほしい(マタイによる福音書 / 26章 75節 ほか)。それから、子供時代「ナム三」を「ナムミ」だと思っていたことを打ち明けておこう。変なせりふだなあとは思っていましたよ。

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