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ニッチの話

ちょっとまとまった話や発表をするには、常日頃からなるべくテーマをストックしておくのが良いのだけれど、僕のように自転車操業のくせに仕事が遅い人間はなかなかそうも行かない。ただ、自分でつまらないと思っていることが別の畑の人にとっては面白いという可能性は拭い去れないので、そういう楽観をささえにアイディアを書き留めておくに限る。うんうん。

・新古典悲劇と政治的機能
・演劇理論の発展と実践(Augustín Montiano y Luyandoを中心に)
・具体的なテーマを軸に作品の分析をする(「暴君」について、個と集合の代理・表象について、アナクロニスモについて)
・祖国への関心(スペインという 「名」をめぐって、スペイン批判とその擁護、悲劇の中のスペイン)

たとえば、こういうことなら出来るかもしれない。二つ目などはまだ一切手付かずなのだけれど、モンティアノという人は1750年に『悲劇論』を書いているのだけれど、これに自分で書いた悲劇を付録としてつけている。「悲劇はこうあるべきだ」という理論篇を示した後に、「こうやって書けばいいんだよ」という実践篇がある。面白いよね。

三つ目については「弑逆される王子:ホセ・デ・カダルソの悲劇『ソラーヤ』とロマン主義的可能性」という題名ばっかりかっこいい文章の中でやっていて(『年報 地域文化研究』、第13号(2010)、pp. 148-68.)、一つ目については「象徴体系としての祖国―18世紀スペイン悲劇における愛国的主題について―」という文章の中で少しだけ書いている(『国際交流研究』、第12号(2010)、pp. 155-79.)。これはまだまだもっと分量を書ける(話せる)。

四つ目も手付かずに近いけれど、今の時点で一番段取りというか目次のようなものが出来上がっている。トリゲーロスから始まってカダルソ、フォルネールまでを一本の糸で繋ぐことが出来る気がするのだが、なかなか自信がなくて書き始められない。

こういうときに励ましてくださる奇特な方がいたので、ちょっと嬉しくなってしまう。僕のようにニッチ産業にいる人間はそれだけでほかの人の五倍くらい舞い上がってしまうものなのです。

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