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2010年4月

『時かけ』+『SW』で夏の準備は万全。

早稲田松竹で『時をかける少女』と『サマーウォーズ』の二本立て上映!学生さんなら1100円!

時をかける少女 』は1965年に筒井康隆さんが書かれた作品。中学生くらいの読者を想定した、ほんのり甘酸っぱい青春ラブストーリー成分を含む傑作SF小説。幾度も映画化されているので、名前を知っている人は多いはず。僕はこのアニメ版(2006年)がとても好きで、劇場で三度見ている。また、毎年必ず夏に一度見るようにしている。DVD もある。

僕は『時かけ』のほうが断然オススメではあるけれど。この映画と同じ監督(細田守さん)による『サマーウォーズ 』も大変素敵な愉しい作品で、のどかな田園風景や大家族の楽しさが伝わってくる。

早稲田松竹さんは高田馬場から少し歩いたところにあります。シートのピッチが大変よくて、足元が手狭ということがなく大変快適。大変贅沢な空間です。

テレビやDVDで見た人も是非劇場へ。まだ一度も見てない人は、これが劇場で見られるラストチャンスかも!

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change is coming...!

最近とても気になる。

少しずつ移行していくつもりでいるけれど、いきなりメインには出来ないので様子を見てるうちにどんどん進歩していってしまう!

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ペドロ・アルバレス・デ・ミランダが王立アカデミア会員に選出される。

スペインには王立アカデミアというのがある。18世紀に作られた。すぐれた業績を上げた研究者、学者、作家などがメンバーになるのだが、座席数が固定されていて、今は誰かがなくなると新しい人が入る。この度、カルロス・カスティージャ・デル・ピノの逝去によって空いた席の後継に、ペドロ・アルバレス・デ・ミランダが選出ばれた。心からお喜び申し上げます!

18世紀の語彙は思想的な転換点であることもあって、非常に大事で、とりわけ今と意味が違うことがあるので、結構神経質にならなければいけないのだが、見た目が現代スペイン語とほとんど同じなのであまり意識的にそれを突き詰める人は少ない。この時代に初めて成立したアカデミアの辞書もあることで、結構満足してしまうことも多い。でも、当時の著作者がどういう風に使っていたか、を知ることが大切なのだ。というのも、この一番最初の辞書(Diccionario de Autoridadesという)は同時代より古い時代の用法・用例を対象としているわけだから。

その分野でただ一人傑出した巨人はペドロ・アルバレス・デ・ミランダ(Pedro Álvarez de Miranda)という御仁。1680年代から1760年までの語彙をテーマに沿って研究した『言葉と思想:スペイン初期啓蒙の語彙(1680-1760)(

Palabras e ideas: el léxico de la Ilustración temprana de España (1680-1760). )』がある。これはアカデミーの紀要の別冊付録になっていて、以前よその大学でこれを見たときに驚愕し、自分の所属する大学図書館にもすかさず入れた。

これはすごい本ですよ。要するに18世紀のキー概念が今時分の理解のまま放し飼いになっていた。そうじゃないだろ、この時代のこの語の意味は。そして、こういう経緯でこの言葉が使われるようになったんだろ、ということを教えてくれる。この一冊で18世紀が文字通りひっくり返る。外来語、新語については、この時代が非常にセンシティブだったことを考え合わせるならば、その中であえて増えた新しい語彙(あるいは新しい意味を獲得した語彙)にも当然ドラマがあるはずなのだ。重要性は誰もがわかっていたはず、でも誰もそれを出来なかった。

ペドロ・アルバレス・デ・ミランダにはそういう大きな業績がある。もちろんほかの時代についても重要な研究をしているだろうけれど、18世紀研究者としての僕が一番恩恵を受けているのはここ。

ところで、この本以前に僕は彼の名前に出会っていて、1982年のHispanic Reviewという雑誌で、カダルソ特集号に彼がカダルソ演劇についての論文を書いている。これまでに(いまのところ)カダルソについて彼が書いているのはこの一篇だけだが、あまりにもいい論文で未だに僕はよく言及する。

2001年の22版が最新のアカデミアの辞書もそろそろ新しいものが出るだろうし、彼がアカデミア会員となったことで、18世紀研究ももっと注目されるかもしれない。

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『エクスクレイヴ』創刊!

お知らせです。

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この度、『エクスクレイヴ』という雑誌を作りました。創作と批評の雑誌です。

インターネット時代にわざわざそんなことをしなくてもよいかも知れませんが、それでも。紙の上に印刷された文字を読むということは、それだけでこの上ない快楽!

「この人の原稿がいただけたら素敵だなあ」と僕がかねがね思っていた方々にご寄稿いただいて、個人的にとっても幸せな気分の創刊号。僕もわずかに文章を書いています。薄い冊子のくせに盛りだくさんの内容、その目次はこちら:

エクスクレイヴ 1号 目次

『エクスクレイヴ』へようこそ
薔薇と岩 富田 広樹   
ナイフと檸檬 暁方 ミセイ
そろそろ寝る時間です 瀬崎 虎彦
ペサディージャ 南 映子
密かに美味そうなもの 吉田 雨
ある蒐集家に寄せて 山田 美雪
ガーベラさん 瀬崎 虎彦
書評
 舞城王太郎『ビッチマグネット』       
 オラシオ・カステジャーノス・モヤ『崩壊』
 田中栞『書肆ユリイカの本』
追悼 ミゲル・デリーベス
執筆者紹介

せっかくお知らせをしていながら、限られた数しか作っていないため、すでに在庫がほとんどありません。じゃあどこに行けば手にとることができるかというと、現時点では:

国立国会図書館 様

現代詩資料館・榛名まほろば 様

にご所蔵いただいています(登録作業が済んでいないので、国会図書館ではまだ閲覧できません)。この他にも所蔵いただいている図書館・機関がありましたら、また追加してお知らせします。

次は秋ごろの刊行を目指しています。もう少し部数を増やすつもりです。ぜひ購読したい、という方はこちらからご連絡ください。

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ニコラス・フェルナンデス・デ・モラティン『グスマン・エル・ブエノ』

カダルソの友人にニコラス・フェルナンデス・デ・モラティンがいる。戯曲を幾つか残している。

いきなり脱線するけれど、日本では18世紀の文学作品の翻訳は一冊だけ。モラティンの『娘たちの「はい」 』(El sí de las niñas)という作品だが、こちらはニコラスの息子レアンドロ・フェルナンデス・デ・モラティンによるもの。しかもこの作品は1805年出版(翌年上演)なので、厳密には19世紀の作品。つまるところ、18世紀の作品の翻訳はない・・・のか。と思って、僕がカダルソの戯曲をひとつ試みに訳したものがある。

(とはいえ、内容的には18世紀の新古典の系統に位置しているので、これを18世紀の作品と考えることには大きな問題もない気がする。さらに言えば、ロマン主義の代表として語られるマリアノ・ホセ・デ・ラーラも僕は18世紀的だと思っています。)

なので、モラティンの名前を出すと少しスペイン文学を知っている人ならレアンドロという息子のほうを思い浮かべる。しかしニコラスは今再評価ラッシュで、手に入りやすい校定本が相次いで出ました(Cátedra, Críticaからそれぞれ)。これらはしかも演劇全集(後者は悲劇全集)です。全集といっても悲劇を3つ、喜劇を1つ書いただけなのですが、それでも立派なものです。

その中に『グスマン・エル・ブエノ』という作品がある。レコンキスタの時代に、守っていた砦を包囲されたカスティーリャの武将グスマン。その息子ペドロは婚礼の日に武勲を挙げるべく、逸る血気を抑えきれず敵軍に突入、捕らえられて相手方の交渉の材料にされてしまう。砦を引き渡せば息子は開放してやる、というモーロ人の要求に頑として応じないグスマン。援軍を待ちながらも、彼の元には妻やペドロの妻になるべきブランカが交渉に応じるように説得に訪れる。このブランカは後に敵陣へ一人乗り込んでいって「わたしも一緒に殺して!」と言ったり、味方が相手のモーロの王の娘を連れ去ってきて交換条件にしようとしたり、でいろいろ盛り沢山。

最後は結局助け出せないまま、ペドロは両親の目の前で首を切り落とされるのだけれど、夫と妻のやり取りがすさまじい。結局名誉や忠誠心(王様からこの砦を預かっているのだ、という思い)と母の感傷に訴える策略の応酬。結局グスマンが妻を説得するのだけれど、ちょっと涙無しには読めない。

ペドロの首が切り落とされた直後、援軍が到着しモーロ軍は敗走、砦は死守されたことになるのだけれど、個人と全体の代理表象関係(ペドロの死とスペイン全土の運命)などが非常に分かりやすい。グスマンという家系は代々の名家で、グスマン・エル・ブエノというのは良き人グスマンという呼び名になっているのだけれど、これは血脈の時間軸で過去の栄光と未来の栄光をもちろん接続している。

モラティン父とカダルソ、その他数名の劇作家の作品を研究対象にすれば、演劇というジャンルにおいて祖国をどのように表象するかを検討する重要な視座が得られるように思う。

そういうことをやろうと思っています。

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seseoとceceo

新学期。外国語の授業は発音とアクセントから入ることが多い。

スペイン語の発音はわりと日本語の発音に似ていて、ちょっとルールを覚えるだけで大抵読めるようになってしまう。もちろん、日本人が出来ないとかやりづらい発音というのもある。英語でもL/Rの区別が出来ないなどといわれることがあるし、これは後天的な要因だけれど、中学・高校と英語を学んできているのでRの発音が英語っぽくなってしまう。でもそういうことを除けば、発音は案外入りやすい(簡単とはいわない)。

各文字ごとの発音を緻密に見ていくことが多いが、もしかするとあまり実践的ではないのではないか。というのも、会話なり、生のスペイン語というものの雰囲気を感じてもらうには不十分ではないか、と最近ふと思って、詩だの小説だのを朗読して聴かせては学生さんをうんざりさせている今日この頃である。なお、生のスペイン語はこちらで聴く事ができる。いい時代ね。

さて、スペイン本国のスペイン語では、たとえばセルバンテスCervantesのセの音は英語のthの音(舌を前歯に当てて空気をその隙間から出すような)で発音する。これに対して中南米だとSの音と区別せず発音する。これをseseoと呼ぶ。スペインでもアンダルシア地方でこのseseoが見られる。

ちょっと脱線すると、言語、文法での○○用法というときにイズムという言葉が使われる。今はなんとか主義というときにもイズムが使われるけれど、元は文法用語である。

じゃあ、Sの音で発音するのを(e)seísmo(S用法、S発音)などと呼んでも良さそうだけれど、ここにはたぶん「本来の発音が出来ずにSで呼んでしまう人たち」への軽い侮蔑が(元々は)あったのだろうと思う。今もあるかもしれない。

僕はスペインのスペイン語しか知らないのでこの二つは区別しているのだが、最近困ったことがある。最近といってもここ数年なのだけれど、前歯を差し歯にして以来Sの音を発音する際空気が逃れてthの発音になってしまうことがあるのだ(特定の母音の前でそうなってしまうことが多い)。これはseseoの逆の現象である。スペインにも(またしてもアンダルシア地方だが)こういう発音をする人がある。こちらはceceoと呼ばれている。日本人でceceoの人は相当珍しいんじゃないだろうか。

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スカイツリーを見に行く。

よく誤解されていることだけれど、バベルの塔は破壊されたのではない。神が怒って建設中の塔を破壊(たとえば稲妻などによって)したというのは、勝手なイ メージに過ぎない。

主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
こうして主は人々を、そこから地の前面に散らされたので、彼らはその町を立てるのをやめた。(創世記11.6-8)

ことばを混乱させたので、建設続行が不可能になった、という記述がされているだけなのだ。神の怒りによって塔が破壊されたというイメージは、なぜか広く共有されていて、そこにはたぶんタロットカードの図案が大きく影響している。けれどタロットカード(英語の発音はタロゥが近い)が単純に聖書の出来事をそのイコンとして採用しているのではない以上、雷が落ちる塔というイメージがどこかで混入したものか、あるいは神の怒りのストレートな表現として稲妻が採用されたのかもしれない。稲妻が神の怒りである以上、利便性は別として、教会は避雷針の設置を拒んだという話を最近どこかで読んで、中々面白いと思った。

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建設中のスカイツリーを見てきた。当初は賛否両論だったこの建築物も、半分以上の高さにいたった最近になって観光客を呼び込む格好の材料となった。エッフェル塔と同じ運命をたどっているらしい。まだ半分。完成したら相当なもの。

見上げてばかりなので首が痛い。

蛇足だけれど、創世記で「バベルの塔」の話はユダヤ民族の出自を記述する「ノアの箱舟」の話と「アブラム(後にアブラハム)の生涯」の話の間に挟まれている。かなり突然、脈絡がなく出てくる。不思議なことである。

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『水死』を読み始める。

近所の大学など、桜がたいそう美しく。こういう春をじわっと味わえるようになったのは、ごく最近のことである。社会人も、大学生も、高校生も、みな初々しい。かつて自分にもそんなときがあったのかと思うと信じられないけれど、たぶんなかったというのが正解。

Libros

読みたいのに読めない本が積まれていく様をじっと他人事であるかのように見守って、困ったなあ。大江健三郎さんの『水死 』を読み始める。あれ、またまた長江古義人さんが登場して・・・。これはこれは、睡眠時間がごっそり削られて、至福の表情を浮かべて朝まだきに瞼閉じる。

文体が平易平易と色々騒がれているようだけれど、全然どうしていつもの大江節ですから、惑わされずに安心して耽溺なさい、と思う。

真っ赤、いろいろ真っ赤!

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肩肘張って

過日セーターの肘の部分が破れて驚く。こんなにも肩肘張って生きていましたか?

天気が悪いけれど桜はきれい。

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四月に自戒する

しばらくお会いしていなかった人と会って、「以前はもっと気配りが出来る方だったのになあ」と思ったとき、それはその方の生物としての強さが増したことなのかもしれないと思いつつ、やはり寂しい気がする。傲岸になるのは簡単だけれど、そうでなくなることは難しいと思う。とはいえ、他人様のことをとやかく言うほうが傲岸なので、そういう印象を持った、そして自分を戒めなければと思った、という話。

仕事をするということについて僕が思っていることのひとつに、サーヴィスするということがあるのだけれど、このサーヴィスをするべきひとが「される側」になってしまっていることが案外多いのではないか。そして逆の場合もあるのではないか。そういう時はやっぱり呆れるしかないのだけれど。

また別のことだけれど、誰かがしなければいけない仕事があって、皆「誰かがやればいいなあ、自分ではいやだけれど」と思っている。それは当然だけれど、じゃあ誰かがそれをしたら「この人がやって当然よね」と思うのは、まずいだろう。色々なバランスがあって成り立っている事柄があるのに、当然でないことが当然と看過されていくのは残念なこと。そういうものに鈍感にならないようにしたいなあ、と思う。

そうはいっても、僕も色々と「自分のことを棚にあげて」ものを考えているのだろうな、と思って、四月に自戒する。

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小さな祖国と大きな祖国

世界史でカール五世(神聖ローマ帝国皇帝)と呼ばれる人物はスペインではカルロス一世でもあって、彼が即位することによってスペインはハプスブルグという大帝国の西半分になる。もちろんアメリカ大陸も含めて。

カルロスの即位には色々問題もあった。彼が即位を宣誓したのはブリュッセルでのこと。スペインは一国ではなくて、どうにか連合王国になっていただけ。新しい王はそれらの議会において即位の宣誓をするべきなのだが、それをすっとばして王様になっている。彼の母は狂女王フアナと呼ばれた人だけれど、この時点でまだ生きていた(この人を王位につけようという運動もあった)。そうそう、カルロスはスペイン語を話せなかったらしい。

Ignacio García Maloという作者の『Doña María Pacheco, mujer de Padilla(ドニャ・マリア・パチェーコ、パディージャの未亡人)』という悲劇がある(1788年)。カール五世は皇帝なのでスペインにいないことが多い(ヨーロッパ中で戦争をしていたので)。その間、彼の廷臣であるフランドル人たちがカスティーリャ(スペイン、でないことが重要だ!)で好き放題やってる。それに不満を覚え、反旗を翻すカスティーリャの都市。それは大ハプスブルグ帝国に逆らったのと同じなわけで、とうぜん鎮圧される。いくつもの都市がそれぞれ敗れて、そして最後に残ったトレドが舞台。

ドニャ・マリアの夫フアン・デ・パディージャはこの反旗を翻した組なので処刑される。その知らせを受けてマリアは、夫の雪辱とトレドの防衛を期して反乱軍の首魁となる。皇帝に逆らう勢力の陣頭に女であるマリアが立つというすごい筋書き。実はこれ、史実。

王様に逆らうなんてとんでもないというのが正論なのだが、先に触れたフランドル人に蹂躙される祖国を守るためという理由が彼女にはある。問題はその祖国が彼女の場合トレドであって、外国人の横暴から祖国カスティーリャを守るのが正義なり大義なのだ(なお、かつてトレドはカスティーリャの首都でもあった)。

帝国軍の前にトレドは陥落、捕まえられたマリアは牢につながれ、脱獄を試みるもかつて彼女を首領と仰いでいた民衆によって発見され殺されてしまう。王様に逆らってはいけませんよ、という単純な教訓を引き出すのは簡単だが、問題はこの作品には祖国と呼ばれるものがふたつあることだ。

ひとつはトレドであって、カスティーリャという王国。
もうひとつはハプスブルグ帝国。
どちらもカルロス(カール)が冠を戴いているのだけれど、マリアにとっては前者が祖国、そして彼女に反対し、また降伏するよう説得を試みる側の人間からすると後者(というよりカール)こそが祖国。

このせめぎあいが、1788年の時点で舞台にかけられているというのが面白い。王に背いてはならぬという戒めとともに、今示したような、小さな祖国に拘泥せずに、大きな祖国を愛せというメッセージとも取れる。では同時代で小さな祖国と大きな祖国は何に対応するかというと、やはりかつての王国群とスペインと今日僕らが呼んでいる領域なのかもしれない(小さな祖国、大きな祖国という分け方について、僕はpatria chica, patria grandeという言葉を念頭においているのだけれど、こうした語自体がいつ誰によって使われるようになったのかは、ちょっとわからない。ただしこれに類した議論はカダルソの『モロッコ人の手紙』にも、フェイホーの『批評の劇場』にも出てくる。ただしもっと狭い領域、自分の生まれ育った場所くらいの意味がメインだと思うのでこの戯曲のトレド、あるいはカスティーリャ王国は広すぎるのではないか、という批判も可能だけれど、それはドニャ・マリアが高位の人物であるということに起因していると思う)。

この二つの祖国が重なり合う場所に、スペインというネイションが現れる。そのことをスペインという名詞を安易に使っていると、なかなか理解できない。この合一化を推進した運動を明らかにすることが、スペインというネイションについて理解をする第一歩なのだと思う。

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アニリール・セルカンxソーカル事件

ある大学が授与した博士号を剥奪。論文の内容が盗用だったから、というのだけれど、じゃあなぜ一回授与したのか。審査に当たった方々の見解も公開するべき。この問題を取り上げているある新聞は以前、その人物の多才ぶりを特集したこともあったのだけれど、そのことに関しては沈黙。

ソーカル事件同様、いろいろ考えるべきところがあると思うのだけれど、ここで黙る奴は後ろめたいところがあるんだろう。検証不可能なレベルまで広がってしまった学術研究ごっこにそろそろ反省を加えるべきなんじゃないか。

これは悲観の契機ではないと思う。理系の事情は知らない。ただ、人文学は脱皮できそうな気がする。楽観といわれそうだけれど。

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『君に届け』放送終了。

君に届け』の放送が終了。毎週楽しみに見ていました。

最後は新年を迎えたところ、コミックスでは7巻の途中まで、ということになるけれど、ここで終わってちょうどよかった気もする。

原作は、毎度毎度扉絵が素敵過ぎて困ってしまう。話の筋に関係ないけれど、素敵な絵が多い。

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富田広樹はこんなことをしています。

この日記を書いている人は、他にこういうこともしています。

論文:

Tomita, Hiroki. "Sobre la ambiguedad del sexo de "la amada" en las Noches Lúgubres de José de Cadalso." Hispánica. Núm. 47 (2003). 150-67.
・・・ホセ・デ・カダルソの『鬱夜』という作品における主人公の亡くした恋人は通例La amadaと呼びならわされていますが、実際のテクストの中ではこの人物の性別が明らかになる箇所は極めて少ないという事実に着目します。この不自然さを発端としてカダルソが作家として作品中に張り巡らせる曖昧さをひとつの戦略として読み出す試みです。結論として、創作者としてのカダルソの用意周到な構えを明らかにします。

富田 広樹「弑逆される王子:ホセ・デ・カダルソの悲劇『ソラーヤ』とロマン主義的可能性」『年報 地域文化研究』、第13号(2010)、pp. 148-68.
・・・作者の死後200年以上のときを経て発見された悲劇『ソラーヤ、あるいはチェルケス人たち』について、同時代の新古典悲劇的枠組みを踏襲しつつも、新しい感受性の発露としてのロマン主義的萌芽が含まれていることを、登場人物の一人である王子セリンの身体を巡って検討しています。

富田 広樹「象徴体系としての祖国―18世紀スペイン悲劇における愛国的主題について―」『国際交流研究』、第12号(2010)、pp. 155-79.
・・・カダルソ、モラティン、ホベリャーノス、ロペス・デ・アヤラによる四編の悲劇を題材として同時代悲劇における相互に交換可能であるような構造と、作中でのアナクロニズムの有効な利用が愛国的主題の表現における特徴であることを検討します。ここに社会学の側からの成果を併せて、ネイションの意識がつねにその固有性を標榜しながら普遍性に回帰する仕組みを、意味機能が構築する象徴体系として検討する必要を提起しています(社会学的議論の枠組みについては将来稿をあらためて整理したいと考えていますが、ここでは具体的な作品の比較が主となっています)。

Tomita, Hiroki. "La propia agonía: el soliloquio en El delincuente honrado." Ed. de Fernández Sarasola, Ignacio et al. Jovellanos, el valor de la razón (1811-2011). Gijón: Trea Ediciones, 2011. 603-15.
・・・El texto de la comunicación en el Congreso internacional de Jovellanos celebrado en el bicentenario de su muerte (2011) está incluido en las actas. 

富田 広樹、「憐憫の表出:ガスパール・メルチョール・デ・ホベリャーノス『名誉ある科人』の独白をめぐって」、『年報 地域文化研究』、東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻、15号、2011年、213-32ページ。
・・・上記の論文は同年の発表を基にしているのですが、こちらはその内容を少し広げて、「個人的苦悩」が「憐憫」という対他者の感情として現れている、というところまで話を進めます。コメディア・センティメンタルといわれる演劇に、こういう感情の表現を受け入れる余地が生じ(かつ内在し)、ブルジョア文学のスタートとなるなのでしょう。ただし小説だともっとダイレクトに現れるかもしれません。

Tomita, Hiroki. "Formación del sentido de nación en La muerte de Munuza, una tragedia de Gaspar Melchor de Jovellanos." Durán López, Fernando (Ed.). Hacia 1812 desde el siglo ilustrado . Gijón: Trea, 2013. 671-80.

Tomita, Hiroki. "Aproximación al texto de El Viting de Cándido María Trigueros. El manuscrito de la primera versión conservado en la Biblioteca de la Uniwersytet Jagielloński." eHumanista. T. XXVII (2014). 208-99.

富田広樹「わたしが夢みるわたし」『ユリイカ』2015年3月臨時増刊号。 215-27ページ。

Tomita, Hiroki. "Don Quijote y sus andanzas en la narrativa japonesa: recepción y reconstrucción." Martínez Mata, Emilio y María Fernández Ferreiro (Eds.). Comentarios a Cervantes. Actas selectas del VIII Congreso Internacional de la Asociación de Cervantistas . Madrid: Fundación María Cristina Masaveu Peterson, 2015. 835-843.

発表:

富田 広樹「「光の世紀」の闇に輝く光は
-- José de CadalsoのNoches Lúgubresにおける光の機能 --」
(東京スペイン語文学研究会、2005年10月)

富田 広樹「18世紀スペインの愛国心(パトリオティズム)、ナショナリズム、コスモポリティズム José de CadalsoのCartas marruecasを中心に」
(東京スペイン語文学研究会、2007年5月)

富田 広樹「象徴体系としての祖国―18世紀スペイン悲劇における愛国的主題について-」
(東京スペイン語文学研究会、2010年1月)

富田 広樹「カンディド・マリア・トリゲロスEl Vitingのテクストをめぐって」
(東京スペイン語文学研究会、2013年11月)

Tomita, Hiroki. "La propia agonía: el soliloquio en El delincuente honrado."
(Jovellanos 1811-2011 Congreso Internacional, Gijón 4-6 de mayo de 2011)

Tomita, Hiroki. "Don Quijote y sus andanzas en la narrativa japones: recepción y reconstrucción." VIII CINDAC. Oviedo, 11-15 de junio de 2012.

Tomita, Hiroki. "Formación del sentido de nación en La muerte de Munuza, una tragedia de Gaspar Melchor de Jovellanos." V Congreso Internacional de la Sociedad Española de Estudios del Siglo XVIII. Cádiz, 24-26 de octubre de 2012.

翻訳(お遊びです):
ホセ・デ・カダルソ『ソラーヤ、あるいはチェルケス人たち』、2008.
José de Cadalso. Solaya o los circasianos (1771?)の全訳。

その他:

翻訳協力:アルベルト・マングェル「翻訳とは読むこと(逆も真なり)」『ル・モンド・ディプロマティーク』日本語・電子版、2009年5月。
http://www.diplo.jp/articles09/0905-3.html
・・・『図書館』の翻訳もあるマングェルのエッセイに引かれるカダルソの『モロッコ人の手紙』(Cartas marruecas)訳文の提供と背景知識について助言させていただきました。

富田 広樹「薔薇と岩」『エクスクレイヴ』、第1号(2010)、pp. 4-13.
・・・『ドン・キホーテ』をスペイン語で読める人間が、大江健三郎さんの『憂い顔の童子』を読むとどうなるか、というエッセイです。

書評:「モンス・デジデリオ画集」『エクスクレイヴ』、第2号(2010)、p. 23.

虹の架け橋―日英スペイン対訳現代詩人アンソロジー 』北溟社、2010.
・・・日本語、英語、スペイン語で対訳になっている(ちょっと読みづらいけど)アンソロジー。幾つかの作品のスペイン語訳をさせていただきました。

富田 広樹「手紙」『エクスクレイヴ』、第3号(2011)、pp. 16-17.
・・・古書店で見つけた本に挟まれていた一通の手紙をめぐるエッセイです。

富田 広樹「IFES XVIIIの図書室」『エクスクレイヴ』、第4号(2011)、pp. 29-30.
・・・スペインはオビエド大学にあるフェイホー18世紀研究所(IFES XVIII)の思い出を綴ったエッセイです。

横浜の大学でスペイン語の授業もしています。教えるより教わることが多いです。

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