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2010年2月

ロンドンで橋を渡ってきた。

僕の秘密の趣味に「橋を渡る」というのがあるのだけれど、ロンドンはテムズを渡る橋がいくつも架けられていたので行ってきた。同じような趣味の方がいるかどうか、わからないけれどいくつかおすそわけします。

Tower_bridge

ごぞんじタワーブリッジ。ロビンマスク所縁のアレ。遠くから歩いて近づいていったのだけれど、なかなか大きなものでした。よく作ったよ、これを。

Millenium_bridge_1

Millenium_bridge_2
ミレニアムブリッジ。ミレニアムプロジェクトの一環として作られた、ってそのプロジェクト自体しらないけれど、新しい橋。奥に見えるのはTate Modern美術館。橋を見る喜びは、下の作りを見るところにある。よくこれで支えてるなあ、と思うけれど材質強度に問題がなければどんな形のものでもいけるようだ。たぶん人が渡る部分は結構軽い。開通当初人があまり沢山渡ると揺れるので閉鎖されたという。さもありなん。

4_bridges

ほらね、ワイヤーを張っただけのフェンス。これはミレニアムブリッジから東側を見ている。今歩いているもののほかに三つの橋が写っている。なんて贅沢!

West_minster_bridge

マザーグースで名高いロンドン橋は飛ばして、ウェストミンスターブリッジ。これはかなり贅沢な作りの橋。ゆとりあるアーチが美しい。対岸にビッグベンとウェストミンスターアビー。

Lambeth_bridge

その下にかかっているのがラムベスブリッジ。気品がある。テートブリテンに行くときに渡る。でも僕はもう一本別の橋を渡ってから行くことにする。

Vauxhall_bridge

ヴォザールブリッジ。ラムベスを渡っているとこれが見えるのでどうしても渡りたくなった。この写真でお伝えできるかどうか分からないけれど、雨がすごかった。

The_serpentine

最後にこれはサーペンタイン池に架かる橋。

いやあ、橋って良いものですね。

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とにかくスマイル。

そういえば、スペインに来る前にイギリスに寄ったんだっけ・・・。地下鉄もだけど、バスがとにかく便利なロンドン。毎日乗っていました。

さてイギリスのバスには監視カメラが付されたものがあるらしい。僕も一度そういうものに乗った。そしたらこんな掲示がありました。

Smile

細かいことはとにかく、大体こんな感じのことを言っている:

この新しいバスにはあなたが安全で楽しい旅をできるように監視カメラが付いています。器物損壊や落書きの犯人をこれまでに60人以上も追い詰めています。あなたは今このバスに設置されたカメラに写っています。だから座ってスマイルしてください!

カメラに写っているからスマイル!というところがいいなあ。悪いことしてなければ監視カメラに写っていても問題ないでしょ?という感じが嫌味だけれど、とにかく町中にカメラがある。

一方、スペイン。かつてマドリーの地下鉄とか結構剣呑な雰囲気でしたが、監視カメラがいっぱい着いて「安心感」が増した気がする。少なくとも10年前とは全然違う。こうやっていろいろなことが変わっていくんだろうなあ。

なので、いやなことがあっても幻滅せず、いいことがあったらそれを愛しむ様に生きるのが賢明なんだと、とりあえず思う。

とにかくスマイル。

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El Escorialに行ってみる。

今週のマドリーは天気が悪そう。

土曜日まで快活に仕事をしたので日曜日はどこかへ小旅行に行こうと思っていた。ただ朝から雨という生憎の天候、気温も低い。傘が必要だというのも残念。

そうはいっても時間は限られているし、思い切って外出。

トレドやアランフエスも良いけれど、以前から行きたいと思っていたのに行ったことがない場所がいいと思った。トレド、アランフエスには青空がとても似合う。けれど今回行くエル・エスコリアルは実は建物メインなので、天候はあまり関係がない、と思ったのだ。ちなみにアランフエスは大雨、エル・エスコリアルは雪だという。

El_escorial

詳細は省略して、こんな建物です。奥行きはもっとすごいのだけれど、お見せ出来ない。

フェリペ二世という王様がつくった離宮ですが、今は美術館と修道院が合体している。このそっけないデザインと、圧倒的なサイズ。インドア派の僕ははっきりいって大好き。ヴェルサイユを越える感動が味わえた。迷路のような内部を巡って、たっぷり半日遊べる。おすすめ。

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スペインにきた。

Hoja

スペインにいます。

18世紀の戯曲で未見のものなどを入手するのです。

今回、ロンドンからマドリードに入ったのだけれど、この落ち着く感じはちょっとすごい。ロンドンはたいへん良いところで、すべての国、文化的背景、言語の人々が入り混じり、自身を外国人だと感じることなく生活できるような錯覚さえ覚えたけれど、スペインはそうではない。ただ、「ああ帰ってきたなあ」と思うのはこれまでの経験もあるし、耳に聞く、目に見る、嗅覚に覚える印象がほかでもなくスペインのものだから(そうそう、ロンドンは屋内禁煙でたいへん過ごしやすかった)。

しばらくは本屋さんと図書館をうろうろしています。

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『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』とスペイン

梶浦由記さんの音楽を最近良く耳にする。気がつくと、ああ彼女だったか、ということがある。『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』のOP曲「光の旋律 」が中でも秀逸。歌詞も美しい。『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』は舞台設定にかなり大胆にスペインを取り入れていて、まったくの仮想世界ではない。作品は好き嫌いあるだろうけれど、散見するスペインフレーバーをそれぞれ確認しても面白いと思う。

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『涼宮ハルヒの消失』を見てきた。

涼宮ハルヒの消失』を見てきた。

長い作品。2時間42分。これは、長い。同名の原作があり、登場人物の中でも大変人気のある長門有希にフォーカスが当たる作品なので、ファンは嬉しいはず。長門らしくない長門を堪能できる。劇場には「長門は俺の嫁」という声にならない思いが渦巻いていた、と思う。

きれいな映像。サティの音楽。時間の入れ子構造。

原作もすごく良く出来ているのだけれど、映画にするにあたって沢山のディテールが補われる必要がある。それがひとつひとつ素敵だなあ、と思える出来でした。おすすめ。

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ふしぎなこと

平凡社から『月刊百科』という、じつに平凡社らしい名前のPR誌が出ている。この中に、鶴ヶ谷真一さんの「てのひらの肖像」という素敵なエッセイが連載されている。第11回は「色を聴き声を見る」と題して、聴覚と視覚、とりわけ色彩感覚の間の連関、共感覚とよばれる現象を取り扱っている。冒頭宮城道雄さん、そしていきなりホルヘ・ルイス・ボルヘス、そしてウラジミール・ナボコフへと話がつながっていき、この人の書の宇宙はこんなにも軽やかなのだと思う。宮城道雄さんが六冊もの随筆を残されていることを、恥ずかしながら僕は知らなかった。けれど、日常生活の感覚として聴覚で視覚を補ってあまりあるという話は以前どこかで読んだ気がして、おそらく内田百閒の随筆の中に彼が登場したのであったと思う。宮城道雄さんに関する記述は今見つけることは出来ないけれど、ページをめくっていると百閒の書き物には「目くら」という言葉が案外多く出てくるようだ。いつもどこかユーモラスであるいは不気味な存在感を湛えて出てくるのだが、百閒は自分で筝を習いに行ったこともあって、自分は「目くら」さんたちとのつき合いに慣れている、というようなことも書いている。視覚障害者に対して親切にしよう、すすんで手を貸そう、とかそういった狭い了見ではなくて人間対人間で対峙するということは、おそらく教育では理解できず、肌の感覚としてしか分からないだろう。そうしたことを思った。ナボコフに関して言えば、音と色彩というよりも文字としてのそれがあり、かつ英語であるかフランス語であるか、それによってもまた違うらしい。そしてキリル文字には別の色彩があるのだろう。そういうことを知って『ロリータ』の冒頭を考えると、あれはもっと感覚を総動員して読むべき箇所なのかもしれない。自分には共感覚というものはないのだけれど、別の変な能力があって言葉から旋律が自動的に生まれる。これをなかなかうまく説明できないのだけれど、文字列を見ると音楽が鳴る。ただこれが共感覚ではないというのは、見るたびに確実に同じ音楽が鳴るわけではないのだ。もちろんそういうこともあって、それはきっと固有の旋律なりリズムがあるのだろうけれど、大半は自分の体調や気分に左右される。あまり長い言葉では駄目で、日本語の方がよいけれど、漢字が入っているほうが良い。あまり普通の語彙ではうまく行かない。要するに、視覚情報を一瞬でなにか別のものに置き換えるアルゴリズムがあり、それがたまたま音になって出力される。たぶんそういう人はほかにもあると思うけれど、ふしぎなことである。

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二月

渋谷を歩いていて朝青龍引退の号外を配っていた。なんとも言えない気分になる。すべてを朝青龍のせいにして決着、でいいのかしら。

今日は提出する書類があって大学の中を歩いていた。空からペシャっと何かが降ってきて書類が汚れる。なんと、鳥の糞でした。長い長いT大の歴史の中で、鳥の糞が付いた書類を出したのは僕くらいのもんだろうなあ。うふふふふ。

気分を害するというのは、気が逸れることと非常に似ていて、イライラしながら何かをするということは出来ない。文句を言って変わることならいいけれど、事態が変わらないのならじっと耐えてよりよいものを見出すほうが意義深い。

関係ないけどホイジンガ『中世の秋 』が滅法面白いです。

残雪を見て如月の梢かな

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最近とみに映画を見ない。

最近とみに映画を見ない、のだけれど『涼宮ハルヒの消失』、『劇場版 東のエデン』は必ず見ようと思っている。ああ、もう、なんとでも言ってくれ。

ラブリーボーン』、原作者のアリス・シーボルトは僕の尊敬する18世紀研究者ラッセル・P・シーボルトの娘さん。ああ、やっぱり見に行こうかしらね。

文学作品でもそうだけれど、映画でも知ってて当然という作品を案外自分が知らないことが多い。それでも映画を見なくなった理由の検討がひとつは付いていて、確実にその時間を拘束されるということが怖いのだ。もちろん無駄にしている時間はたくさんあるのだし、仕事をしていたり本を読んでいたりして費やす時間はもっと多いのだけれど、「キチンと」限られた時間が失われることへの恐怖があって、それは逆にダラダラ時間をすごす原因にもなっている。さらに悪いじゃないか。

でもそこはやはり考えようで、今年はなるべく多くの作品を見たいと思います。

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雪と校正

寒いなと思っていたけれど、ふと見ると雪。

近頃、自分が以前書いた原稿をチェックする機会が続く。いろいろなことが思われ、思い出されて、ペン先が鳴く。

明日は一面銀世界だろう。皆様も暖かくしてお過ごしください。

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