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2009年1月

sky away the innocence

Skyaway

イノセンス、空へ。

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ラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナ『グレゲリア』(続きの続きの続きの続きの続き)

グレゲリアの続きを挙げておきます。

以前のものはこちらこちらこちらこちらこちら

翻訳については、翻訳権というものがあります。ここでは、それを侵害、無視して翻訳しているのではなく、「スペインにこんな面白いことを書く作家が いるよ」という紹介のために一部を引用していると考えてください。原文がスペイン語なので、参考までに僕の拙い訳が付いています。

El texto de base: Gómez de la Serna, Ramón. Greguerías . Ed. Rodolfo Cardona. Madrid: Cátedra, 1988.

Greguerías

 

Greguería=Metáfora + Humor.

 

グレゲリア=隠喩+ユーモア。

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Las únicas que saben de arquitectura comparada son las golondrinas.

建築の比較研究に通じているのはツバメたちだけである。

 

El búho es un espantapájaros que se come los pájaros.

フクロウは鳥を捕食する案山子。

 

El reloj que atrasa es un reloj ahorrativo.

遅れる時計は節約型である。

 

Poner notas a los libros es un atrevimiento, como lo sería el retocar los cuadros de una exposición.

本に書き込みをすることは、展覧会の絵に手直しを加えるような大それたことだ。

 

Lo mejor del cielo es que no puede inundarse de hormigas.

空の一番いいところ、アリでいっぱいにならないところ。

 

El arroyo trae al valle las murmuraciones de las montañas.

小川は谷に山々のささやきを運んでくる。

 

Lo irracional es así: el animal que se mira en un espejo cree que es un amigo o una amiga, nunca él mismo.

動物は鏡を覗いて仲間を見つけたと思うが、自分だとは考えもしない。理に合わないことである。

 

La mano del ladrón es un manojo de gauzúas con uñas.

泥棒の手は爪のあるバールの束。

 

El campesino que lleva un conejo colgando de la mano lo lleva con la elegancia con que un inglés lleva un paraguas.

傘を携えた英国紳士の優雅さでもって、猟師はウサギをぶら下げている。

 

Era uno de esos días en que el viento quiere hablar.

それは風が話をしたがっているようなある日のこと。

 

Los bancos públicos son los pentagramas de las iniciales del Amor.

公共のベンチは愛の神のイニシャルの五線譜。

 

Lo peor de la ambición es que no sabe bien lo que quiere.

最悪の野心とは何を欲するのかよく分かっていないそれ。

 

El camello tiene la nuez en la joroba.

ラクダは背中に喉仏がある。

 

El león en su jaula parece vivir de renta.

檻の中のライオンは年金で生活をしているようだ。

 

Había tanta gente esperando el tranvía, que parecía la inauguración del primer tren.

大勢の人が市電を待っていた。まるで開通式であるかのように。

 

Cuando el cocinero hace mucha espuma al batir, le crece el gorro.

たくさん泡を立てると、それにつれてコックの帽子が伸びていく。

 

El ballenero lanza la aguja enhebrada del arpón y cose la ballena al barco.

クジラ漁師は銛という針と糸で獲物を浜に縫い付ける。

 

La ardilla limpia con el plumero de su cola el sitio en que se siente.

リスは尻尾の羽ぼうきで腰を下ろす地面を掃除する。

 

La golondrina llega de tan lejos porque es flecha y arco al mismo tiempo.

ツバメがあんなにも遠くからやってくるのは弓であると同時に矢であるためである。

 

El sueño es un pequeño adelanto que nos hace la muerte para que nos sea más fácil pasar la vida.

夢とは、私たちがより楽に人生をやり過ごせるように、死が前払いをしてくれているもの。

 

El cráneo es la bóveda alta del corazón.

頭蓋骨は心臓の丸天井。

 

El cacahuete tiene algo atravesado en la garganta.

ピーナッツは喉に何かが詰まっているようだ。

 

Aparece lo práctico en la civilización cuando se inventa la herradura.

蹄鉄の発明と共に文明の実用性が生まれる。

 

En el otro mundo se debe respirar mejor. Respiraremos sin pulmones a plano aire.

あの世ではもっとよく呼吸できるに違いない。肺も無しにそのままの空気を。

 

El micrófono es ya don Micrófono, un personaje de americana y cuya aureola son las ondas reveladoras del ser milagroso.

マイクロフォンは今やドン・マイクロフォンという人物、上着をまとい、彼の頭に射す後光は奇跡を啓示する音波。

 

Los sillones de mimbre son los esqueletos de los sillones tapizados.

籐椅子はつづれ織ソファの骨組み。

 

La ópera es la verdad de la mentira, y el cine es la mentira de la verdad.

オペラは嘘による真実、映画は真実による嘘。

 

En el lavabo del vagón nos lavamos del negro crimen del viaje.

客車の洗面所で、旅先での悪事を洗い流す。

 

Las gallinas blancas están en paños menores.

メンドリは裸同然。

 

Los murciélagos nos pasan de parte a parte como balas perdidas.

コウモリは流れ弾のようにあちらこちらから襲い掛かってくる。

 

Los que se desperezan son como salvajes que disparan su flecha al aire.

伸びをする人は矢を放つ野蛮人のようだ。

 

Cuando más admiro la paternidad es cuando veo salir al niño con las mismas largas del padre.

父親譲りの大きな鼻が子供についているのを見るとき、父性の偉大さを痛感する。

 

Hay un momento en que el astrónomo debajo del gran telescopio se convierte en microbio del microscopio de la luna, que se asoma a observarle.

巨大な望遠鏡の下にいる天文学者が、月の顕微鏡で観察されている微生物に成り下がることがある。

 

Ese que lleva el paraguras abierto cuando ya no llueve parace un paracaidista caído del nido.

雨が止んでいるのに傘をさしている人は巣から落ちたスカイダイバーのよう。

 

La S es el anzuelo del abecedario.

Sはアルファベットの釣り針。

 

Lo único que comen las puertas son esas nueces que les damos a partir.

ドアの食料は挟んで殻を割るクルミだけ。(クルミの殻が割れないときに、ドアの蝶番の間に挟んで割ることから。)

 

Cuando el cisne sumerge en el agua cabeza y cuello, es como la mano de un brazo femenino que busca en el fondo del baño una sortija.

白鳥が水中に頭を沈めるさまは、女の腕がバスタブの底の指環を探しているように見える。

 

Bajo la sombra de ese árbol que hay en medio de la llanura están en cuclillas y de tertulia todas las ideas del paisaje.

平原の真ん中に立つあの樹の陰の中に、風景のすべての概念が集いうずくまっている。

 

Es difícil imaginar que una monda calavera sea una calavera de mujer.

むき出しのしゃれこうべを女のそれと考えるのは難しい。

 

Las cenizas de cigarro que quedan entre las páginas de los libros viejos son la mejor imagen de lo que qudó en ellos de la vida del que los leyó.

古い本のページに挟まった葉巻の灰は、それらの本を読んだ人の生が残した最良の面影。

 

Aquella noche era la luna como la coronilla del obispo de la noche.

その夜、月は夜の司祭の剃冠のようだった。

 

El ruido de los pies descalzos de una mujer sobre los baldosines da una fiebre sensual y cruel.

タイル張りの床を女が素足で歩く音は官能的で残酷な熱をもたらす。

 

La golondrina es una flecha mística en busca de un corazón.

ツバメは射止めるハートを探す神秘の矢。

 

El cepillo es un milpiés que se escapa siempre del sitio en que debía estar.

ブラシはいつもいるべき場所にいないワラジムシ。

 

Cómo dicen ¡adiós! y cómo están hechas para decir ¡adiós! las mangas largas de los pierrots.

ピエロの「さよなら」、「さよなら」を言うために仕立てられたピエロの袖の長さ。

 

El saltamontes es una espiga escapada que ha comenzado a dar brincos descomedidos.

バッタとは桁外れに跳び出した麦の穂。

 

El whisky es el árnica del estómago.

ウィスキーは特効性の胃薬。

 

Hay pensamientos pacificadores, como éste: «El sexo daría interés a un peñasco.»

次のもののように平和をもたらす思想がある。「セックスは屹立する岩に意義を与える。」

 

Cuando en la mesa solemne nos encontramos en el plato la tarjeta con nuestro nombre, pensamos que ya podían habernos hecho un ciento.

フォーマルな食卓で皿の中に自分の氏名が書かれたカードを見つけると、あと100枚くらい作ってくれたらいいのに、と思う。(名刺として使えるから)

 

Los papeles que se tiran arrugados en el fondo del cesto se desarrugan como con vida propia y submarina.

丸めて捨てられた紙はくずかごの底で、自ら意志を持つ深海の生物のように広がっていく。

 

El gesto de sacarse el pañuelo del faldón del frac es un gesto indecente e ignominioso.

燕尾服の裾からハンカチを取り出す動作は貧乏臭くてみっともない。

 

Mete tanto ruido una cucharilla al caer porque es el niño de los cubiertos el que se ha caído.

ティースプーンを落とすとけたたましい音がするのは、それが食器の家族の子供だから。

 

Hay cielos sucios en que parecen haberse limpiado los pinceles de todos los acuarelistas del mundo.

世界中の水彩画家が筆をすすいだかのように濁った空がある。

 

El mono parece proceder del coco peludo como si hubiese salido de su huevo.

サルは毛の生えたヤシの実の卵から生まれたようだ。

 

La jirafa es un caballo alargado por la curiosidad.

ジラフは好奇心で引き伸ばされた馬。

 

El más pequeño ferrocarril del mundo es la oruga.

世界最小の鉄道はイモムシである。

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真冬の過日

過日1.

過日、久しぶりにビリヤードをプレイした。なんと、最後にキューを持ったのは12年前のオーストラリア。

オーストラリアは僕が行く先行く先ビリヤードのテーブルがあって、やらずにはいられないのであった。高校の職員室にさえありましたっけ。

で12年ぶりのビリヤードは楽しかったです。老若男女、プレイできる層が広いのが素晴らしい。

過日2.

過日、アサリを料理する。

アサリ料理の初心者は砂出しの時点で「このまま飼っちゃいたい」と思うそうで、ご多聞にもれずそう思った。

100グラムの水に3グラムの塩を入れて(これはすこし多いくらいでもいい)、海水濃度に近くして、水面ひたひた、周囲は暗くして放っておく。

そうそう、殻を洗うときにアサリ同士をすり合わせるようにするのだけれど、このときに発生する音がなんとも言いがたい。これ、ものすごくいろんな周波数が混ざっている気がする。くすぐったい。たぶんアサリもそうだろう。

Vongole

ごちそうさまでした!

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おもいたって海を見にいく

Mar

おもいたって海を見にいく。

海も空もいつもそこにあるのだけど、

ひとは絶えず変わりゆくので

おなじ気持ちで眺めることは出来ないのです。

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さざなみと旋律

海のビタミン吸い込んで
さざなみに抱かれたいの?
君が新しいワンピースを着て
ヴェランダで僕を見てる
ピアノを海に投げ込んで
遠い世界にギフトを贈ろう

「今年初めての海を
あなたと見られてよかった」

(2002年)

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Small Good Thing

Sgt2

蔵書印というのは、「これは私の本ですよ」ということを示すために入れるもので、ハンコだったり、紙だったり。Ex Librisとは「○○さんの蔵書から」という意味のラテン語。

ヨーロッパの古い本など、秀逸なデザインのものに出会うこともあります。所有者が変わるとパスポートみたいに何個も押してあったり。

かくいう僕は買った日付と名前を入れるくらいなのだけれど、先だってある方より自分の名前のハンコを頂きまして、 その字体も可愛く、「おお、これは!」と思う。

そんなわけで最近は本を買うと捺してしまう。

Sgt3ハンコ自体の見た目も非常にキュート、印籠のようであります。

ハンコといえばこの上もなくオーダーメイドなもの、名前は僕の識別記号以上の何かであって、すべてを失ってもこれはなくならないと、ひとまずは僕が思っているもの。『忘念のザムド』、『GUNSLINGER GIRL』(1期第10話)でも名前を取り戻すということが非常に大事な意味を持っていたね(名前のこととは別に『GUNSLINGER GIRL』のこのエピソード、僕は大好き)。

こういうプレゼントを贈ることが出来る人はすごいなあ、と心から思う。誰かに何かを贈るということは、案外贈る側の満足ばかりが充足されている気がするのだけれど、こんなに気の利いたプレゼントを考えることができるその方は、きっと素敵な人生を送ってきたのだろうと思うのです。

日々ありがたく使わせていただいております。

おまけ:ワンワンワンワンワンワンの日。

Sgt1メッセージは宙に浮いたものであるのに、なぜこんな嬉しい気持ちになるのか。

これ、作り手と受け手の思惑が合致したとしか思えない。見つけたときの驚きといったら・・・。

とある調味料です。なかなかなくなりそうにありません。

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ポケットが虹でいっぱい

気が早いが、『劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』は2009年ゴールデンウィーク公開予定。

今からとても愉しみ。

ポケットが虹でいっぱい 」というのは"Pocketful of Rainbows"という歌の名前。エルヴィスがうたったものを、再結成YMOがカバーした折(『TECHNODON 』)この邦題がついた(訳詞:湯川れい子)。さらにテイ・トウワが後にリミックスを発表して、そこでTR-808という機材が使われている。こうしてゲッコーステイトのLFOターミナスtype R808(ヒルダ機)に繋がる。

そんなことはどうでもよくて、タイトル・ロゴが進化してるッ!!

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Good and Bad, Spain.

Good:

ウディ・アレンの『ヴィッキー、クリスティーナ、バルセロナ』がミュージカル・コメディ部門でゴールデン・グローブ賞受賞。

ペネロペも出ているので、きっと日本にも行くと思います。と思いきや既に話が決まっているようだ。邦題がいい。

オビエドで撮影されたシーンもあり。オビエドの人は割りと話題にしていましたが、実際見た人は僕の周囲に限れば少なかった。

もちろん、僕はちゃんと見てきました。でも、そんなに面白くなかった。音楽が素晴らしかった。

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Bad:

スペインのインスティテュート・セルバンテスという、スペイン文化を広めるための機関があって、そこがオンラインでスペイン語を学べるコースを立ち上げました。その名も『Hola, ¿qué tal?』といいます。

マルチメディア、インタラクティブ、横文字だけでおなかいっぱいの「スペイン語2.0」。風が吹けば桶屋が、ではないですがスペイン語、スペイン文化に興味を持つ人が増えれば、スペイン自体の観光収入も増える。スペインも豊かになる。いいことずくめのはず・・・と思ったんだけどこれ有料なんだね。

フリーにしちゃえばいいのに。

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『スペイン文学への誘い』

さきにマドリードに滞在した折、アストゥリアスでは望めないほど天気がよかった。

プラド通りを越えて、レティロ公園まで行って、散歩をした。スペインに関することをやっていながらマドリードを殆ど知らないという、大変恥ずかしい事情が僕にはある。もちろん好き嫌いはそれぞれだけれど、歴史的な経緯などを踏まえた上で重要なモニュメントや場所なども多くあるのに、知らぬ存ぜぬでは済まされないなあ、と最近思っている。

公園の中、池があって貸しボートがやっている。ついぞそんなものに乗ったことはないのに、陽光も心地よく水面から見る景色はどんなものかと思って、料金を払い一人ボートに乗った。キラキラと照り返す光と、眩しいばかりの青空、そしてなるほどヨーロッパの冬なのだが、道行く人々の厚着と笑顔。水面の緩やかな波に揺られ、ボートの中で寝転がったりする。

スペインの首都にも素晴らしいものはたくさんあるのだろう。僕はきっとそれを見過ごして生きてきてしまった。それをどうこうというつもりはないけれど。とりわけ18世紀にゆかりの深い場所へくると、ドキドキする。レティロ公園だってその一つ。アルカラ門はカダルソが修学旅行(グランド・ツーリズム)に出た場所であるし(マドリードの東、その他のヨーロッパへの玄関口)、凱旋門にはカルロス三世の名が刻まれている。

ボートから地面に戻り、革靴で固い土の地面を踏みしめながら南へ、アトーチャのほうへ下っていく。そろそろお昼という時間、古本屋さんの屋台が出ていたので冷やかし半分眺め歩く。片付け始めているお店もちらほらある。僕の所有している古い本を見つけて、でも僕の持っているものの方が状態がいいなあ、と思ったり。ふふふ。結局掘り出し物、というのはなかったのだけれどアソリン(Azorín)のLecturas españolasという本を買う。この中にカダルソに関する項があって、僕も初版で読んだのだが、これはその安価版。誤植も多いし造本も粗末なのだけれど、僕が買わなければ誰も買わない気がした。

このタイトル、直訳すると「スペイン(語で)の読書」、みたいになってしまうけれど、98年の世代と称される文化人であったアソリンが「自分達の祖国には優れた文学がある。でもそれを古典と呼びならわして埋もれさせるのではなく、もっと現代の人が読んでいくべきだ。そのたびに新しい命が作品に吹き込まれ、新しい顔を見せてくれるだろうから。」というような趣旨の本。実際に読んでみると、スペインに来たフランスの作家のことが扱われていたり、スペイン文学史では殆ど取り上げられない人が取り上げられていたりと、かなりユニークな内容がアソリン一流の簡潔な文章で綴られていて、扱われている作家や作品を読んでみたいと思わせる。だから、僕が題名を訳すとしたら『スペイン文学への誘い』となるかなあ。

カダルソ研究に関わる人にとってはアソリン、ゴメス・デ・ラ・セルナ、ラーラ、カダルソという縦の軸を意識することで、スペインの歴史の中で循環したあるムーブメントを感じることが出来るのだけれど、余りにも僕の専門の話なので、そのことはさておき。『スペイン文学への誘い』と僕が訳したいのは、これが文学史として十分面白いと思うから。

作家に特権的な地位を与えることはテクスト解釈では歓迎されませんが、読み手としての作家(文学者)というのは、切れ味鋭い省察を開陳することが多くあると思います。本書のような軽めのエッセイでもそこにはかなり優れた洞察が含まれている。

スペインの文学(史)を考える折に是非紐解きたい、愛らしい一冊です。

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あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

年賀状に書く「謹賀新年」とは「あけましておめでとうございます」の意味だそうです。

なので、すでに謹賀新年と書いてあるにもかかわらず、もう一度これを書くのは、厳密に言えば間違いなのだそうです。

まあ、そんなことを知るのは投函して後のことなので、受取人の方は「ああ、この人の頭がおめでたい」と思ってください。

抜けるような青空の下、犬も一緒に初詣に行きました。

今年もよろしくお願い申し上げます。

今年最初の一冊。

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寺田寅彦、『寺田寅彦随筆集 』、小宮豊隆編、岩波文庫。

芸術的感性と科学精神が、とよく言われますが、ものの観察の目が優しいというのがまず最初の印象です。ユーモアのにじむ文章も美しい。

BGMはnaomi & goroBON BON』で。

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