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翻訳:ホセ・デ・カダルソ 『ソラーヤ、あるいはチェルケス人達』

この夏、ホセ・デ・カダルソという作家の戯曲を繰り返し読んでいました。

カダルソは生涯に三編の悲劇を書いたようなのですが、今日僕達が知ることの出来るのは二つの作品だけです。一つは実際の舞台で上演されましたが、もう一つは検閲によって上演を許可されませんでした。後者が『ソラーヤ、あるいはチェルケス人達』という作品です。

この作品は長らく散逸したものとされてきたのですが、30年ほど前にある研究者の方が大学図書館の整理されていない資料の中から発掘されました。作家没後200年を前に(カダルソは1782年没。)幸運な発見でした。

とはいえ、以後積極的に研究の対象とされてきたかというと、そうでもなかったといえます。これは『ソラーヤ』発見以前から、カダルソの戯曲作家としての評価が低かったためです。けれど、その低い評価を与えたのは18世紀末から19世紀初頭の人たちであって、その世代には1770年代の啓蒙思想を代表する作家への反感がありました。なので、これだけを以って正当な評価は出来ないというのが僕の意見です。だれかがつまらない作品だといって、それを鵜呑みにしてはいけないと感じていました。それが、この夏に『ソラーヤ』を読んでいた理由です。

誰も知らない作品を読んで、論文を書いても、どうしても議論に我田引水めいたところが生じ、自分としても説明責任を果たすことが出来ずにいると思います。また、個人的に僕が18世紀研究をする上で、多くのものをカダルソに関わる研究から得ているので、いずれカダルソのすべての作品は、僕の手で日本語にしたいと思っていました。まずはその第一歩として、ここに『ソラーヤ、あるいはチェルケス人達』の翻訳をあげておきたいと思います。

詳細な紹介は出来ませんが、発見された原稿は本人の自筆原稿ではなく、二人の筆耕によるものです。そのため、幕によって場割りがされているものとされていないものがあり、どこまでカダルソのオリジナルに忠実かということは、たった一つのテクストでは知ることが出来ません。それでも、ト書の少なさなどというカダルソらしさを考慮すると、かなりカダルソに親しい人が、カダルソの自筆原稿を友人間で回し読みしたものを写させたとも考えられます。

演劇としては五幕ものの悲劇、全編韻文で綴られています。当時の典型的な新古典演劇といってよいでしょう。けれども、舞台が遠く離れた異国、恐らく今日でも殆どの人が知らないであろうチェルケスという国で起こる物語。異国趣味、オリエンタリズムと説明することも出来るでしょうが、かなり特異であることを僕は積極的に認めたい。

稚拙な訳文ではありますが、お時間のあるときにご高覧いただければ幸いです。ご意見、誤字脱字誤訳等のご指摘をいただければ、ありがたいです。間違いについては自分では気づかないことが多いので、ご教示いただいたものを反映させていただきます。

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『ソラーヤ』第一幕

『ソラーヤ』第二幕

『ソラーヤ』第三幕

『ソラーヤ』第四幕

『ソラーヤ』第五幕

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