« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

がまんさま

Gaman 焦燥してはいけない。

なるようになるのだから。

がまん、がまん。

ありがたいやら
ありがたくないやら

でも

がまん、がまん。

|

そのうち読む本

新年まであと少しですね。皆様いかがお過ごしですか。

話は変わって、新年に目標を立てるのは卑しい。立てるんなら別に新年でなくてもいいだろう。それを新年だからといって立てるのは、新年を特別視しているようで嫌だ。まあ、全然矛盾は無いんだけど、僕はそんなことしたくない。

さらに話は変わって、目標を立てても達成できないことで落胆するのが嫌なのであまり目標を立てたくない。でもたまには立ててもバチはあたらないかもしれない。たまには。

そんなわけで、今から3年くらいかけて次のリストの本を読みます。既に読んだものもあるので全部ではないですが(日本語の文献のみ挙げておきます)。

「そのうち読む本」


アンダーソン、ベネディクト『増補 想像の共同体』白石さやほか訳、NTT出版、1997.

大澤真幸『ナショナリズムの由来』講談社、2007.

ヴィローリ、マウリツィオ『パトリオティズムとナショナリズム』日本経済評論社、2007.

カッシーラー、エルンスト『啓蒙主義の哲学(上)』中野好之訳、ちくま学芸文庫、2003.

同『啓蒙主義の哲学(下)』中野好之訳、ちくま学芸文庫、2003.

ゲルナー、アーネスト『民族とナショナリズム』加藤節監訳、岩波書店、2000.

スミス、アントニー・D『ナショナリズムの生命力』高柳先男訳、晶文社、1998.

同『ネイションとエスニシティ』巣山靖司ほか訳、名古屋大学出版会、1999.

同『選ばれた民』一条都子訳、青木書店、2007.

田中克彦『ことばと国家』岩波新書、1981.

同「言語と民族は切り離し得るという、言語帝国主義を支える言語理論」三浦信孝ほか編『言語帝国主義とは何か』藤原書店、2000. 39-51.

ネグリ、アントニオ、マイケル・ハート『<帝国>』水嶋一憲ほか訳、以文社、2003.

同『マルチチュード(上)』幾島幸子訳、日本放送出版協会、2005.

同『マルチチュード(下)』幾島幸子訳、日本放送出版協会、2005.

酒井直樹ほか編『ナショナリティの脱構築』柏書房、1996.

ホブズボーム、E.J.『ナショナリズムの歴史と現在』浜林正夫ほか訳、大月書店、2001.

メネンデス・ピダル、[ラモン]ほか『スペインの理念』橋本一郎ほか訳、新泉社、1991.

ルナン、Eほか『国民とは何か』鵜飼哲ほか訳、インスクリプト、1997.

 

|

今年印象に残った本など

年の瀬が押しせまっています。皆様いかがお過ごしでしょうか。私は年賀状も書いておりません。随分前から体調が悪かったのですが、発熱して寝込み、布団に挟まってJovellanosの伝記を読んでいます。まあ、いい機会です。

今年もまた脈絡の無い読書をしていました。良い、悪いではなく印象に残った本などを挙げてみたいと思います。

佐々木丸美 『崖の館』

ペダントリィ×ガーリィ!かねてより少女マンガは教養小説だ、と考えている僕、この絢爛豪華たる衒学趣味と華やかに咲いては枯れる美しいモノローグに心奪われぬはずが無い。世の読書人に再発見して欲しい珠玉。

Orhan Pamuk, Nieve
ノーベル賞を享けたトルコのパムクの作品は、殆どスペイン語に訳されております。アホな振りしててもやることはちゃんとやるスペインちゃんです。邦訳で読まなかったのは偶然ですが、とにかく語りの技術の巧みに尽きる面白さで、物語の中心は失われた詩と友の謎の死、その生前の足跡をたどるもの。現代文学にありがちなオープンエンディングなのですが、「えー」とがっかりさせないだけのものがありました。その語りの巧みを伝えるには翻訳の筋が良くないと駄目なのでしょうね。鳴り物入りのパムク紹介が、日本でこれほど寂しい結末を迎えたことを残念に思うとともに、外大生に熱い期待を!

畠中恵 『しゃばけ』シリーズ
文庫では『おまけのこ』が最新ですが、単行本では続々と作品が出ていますね。推理小説としても、時代物としても、ほっこり胸が温まるようなストーリーテリング、可愛いイラストが魅力。老若男女誰にでも読める、そして何度でも読める(これが陳腐なミステリとの境界だと思う)作品。

惣領冬美 『チェーザレ』
『のだめ』も『もやしもん』も多少失速している中で、どんどんテンションがあがっていく漫画。大学生の頃の僕が出逢っていたらもう少しスペインとボルジア(ボルハ)家の関係を考えながら歴史を学べたであろう一冊。地中海世界、ヨーロッパを学ぶ人は絶対読んでいただきたい。秀麗な絵と緻密な下調べの勝利。学問とはそうでなければならない。

四方田犬彦 『先生とわたし』
評伝というジャンルはなかなか翻訳しづらい。評論でも伝記でもない。ただ、僕はそれをフィクションとして受容する芸術的価値のある伝記と考えたい。だから、「四方田は由良を美化しすぎ」と評した(らしい)翻訳家のSさんはセンス無いと思う。そんなだからM.タタールのあの名著で人名が訳せない。まあ、そんなことはどうでもよくて、日本の、とりわけ東京大学の師弟関係をひとつアーキタイプとして考えることは今最も重要なテーマで、「今『師弟論』が熱い」と喝破した友人の眼識に驚かされたところでもある。そこからハンナ・アーレントに行くのもいいが、出来ればここは立ち止まりたい。日本の大学制度と師弟関係は非常に重要な問題系だと思う。何はともあれ、四方田本、文章の美しさに涙した。高山宏『超人高山宏のつくり方』と併せて読みたい。

大江健三郎 「『おかしな二人組』三部作」(『取り替え子』 『憂い顔の童子』 『さようなら、私の本よ!』
これを三部作として読むこと自体にノンを突きつけながら読んでいった僕は、しかし巨人大江の術策から逃れることが出来なかった。誰がこの風車を打倒できるのか、関心がある。僕が一番最初に読んだ大江は「死者の奢り」。二番目に読んだのも「死者の奢り」。そしてこの三部作。先入観では難解、蓋を開けてみると読みやすく、面白く、インターテクストの錯綜が素晴らしい。もはや誰も気恥ずかしくて口に出来ないことを敢えて言わせていただこう。「大江健三郎の作品は、そのすべてが読まれなければいけない」。僕も長い旅に足を踏み出したところです。

長嶋有の一連の作品
その大江が自分の生前のみその名を冠した賞をもうけるという。大江健三郎賞。審査員は大江健三郎。その第一回受賞者が長嶋有さん。彼の文章の味わいは彼の文章でしか伝わらないのだが、好きか嫌いかは別として、とりあえずその文章が繰り出される視線と脱力感に身を浸して欲しい。僕はこの人の作品を方々で宣伝しているけれど、まだまだし足りない。それくらい価値のある作家です。授賞式での対談も非常に良かった。

|

Carl Hiaasen, Basket Case

この歳(29歳)になって、最近本の買い方に変化が見られるとすれば、あまり自分の関心の無い分野の本でも書評を見て購入することが増えました。前は自分の直感みたいなもので買っていたのだけれど、他人様の領域ではやはり違うルールが働いているようで。

それとは別に、電車の中で自分の前の人が読んでた本を買ったという経験も少なからずあります。ある時、僕の前でカール・ハイアセンを読んでいる人がいて、帰宅後即購入。Carl Hiaasenなんて、オランダっぽい名前。

新聞記者出身の、いかにもアメリカの作家っぽい感じで、文章に品は無いが、スタイルにキレがあるような。石田衣良が絶賛していると帯にあって、多少読む気が殺がれましたが、『ロックンロール・ウィドー』を読む。翻訳にけちをつける気はさらさらありませんが、なんとなく気になった箇所を少しだけ:

89ページ「ホアンは顎をこすりながら」
・・・おそらく原文はrubだったのだろうけれど、顎は撫でるものではないかな。

98ページ「ストラトキャスターの赤いギター」
・・・ストラトキャスターは会社名でなく商品名だから「赤いストラトキャスター」の方が自然かなあ。でも知らない読者に親切に訳してくれたのかも。

277ページ「夜の夜中に」
・・・「夜に」じゃだめかな。この表現変だよね。

296ページ「験でもない」
・・・「縁起でもない」でしょうね。験は「験がいい」「験を担ぐ」においては「縁起」と同義だけれど、否定的なところで使うのは見たことが無い。少なくとも一般的ではない。

337ページ「やったきたとき」
・・・「やってきたとき」これは単純な誤植。

415ページ「うら若き独身の女がひとりで生きてるんだぜ」
・・・原文はliveでしょうね。「暮らしてる」のほうが良いかなあ。

441ページ「サトウキビ地帯の心臓部にあり」
・・・原文はheartでしょうね。真ん中、という意味ですね。心臓部じゃおかしい。明らかにおかしい。

484ページ「ラクエルっていう修道女」
・・・舞台がマイアミであることも考慮してラケルでしょうね。Raquelはスペイン語のレイチェル。

ページ数はすべてカール・ハイアセン『ロックンロール・ウィドー』田村義進訳、文春文庫、2004による。表紙がセンスないかなあ。

|

ラバー・ソウル

Rubber Soul

--

 僕は自転車のペダルをゆっくり漕いで、人通りの多い商店街をくねくねと歩行者にぶつからないように銀行へ向う。お客様駐輪場にルイ・ガノの白い自転車を止めてコリコリとダイヤルキーをかけて建物の中に入る。年末なので予想通り待合ロビーは人で一杯だ。せっかく平日に来た甲斐がない。
 先日ATMで「通帳の残りが少なくなりましたので、窓口へお越しください」というメッセージが出たので、新しい通帳を作ってもらいにきた。番号札を取ってマガジンラックから雑誌を取ってみるが、何一つ興味を引くものがない。病院でも、美容院でも、銀行でもどこでもそうだ。僕は雑誌を読まない。こういった場所で、雑誌を取る身振りだけが、意味のあるコードとして認識されている。
 20分くらいまって、423番のカードを持って窓口に行き、免許証と印鑑を渡して、新しい通帳を作ってもらう。古いものをどうするかと聞かれたので、記念に貰って帰る。表のページにあった印影をカバーしていたシールがはがされ、磁気テープに丸いパンチの穴が並んでいる。僕のアルバイトの給与はこの銀行に振り込まれる。それから引き出して別の銀行に移すのだけれど、心配性のためいつも10万円程度は残高がある。毎月決まった額が振り込まれ、引き出され、その繰り返しの記録が残っているだけだ。
 大切なものをリュックサックに入れて、僕はマフラーと手袋をして外へ出る。ルイ・ガノの自転車にまたがって、もと来た道を戻り、人にぶつからないようにゆっくりとペダルを漕いでいる。
 家に帰ると、アマゾンに注文した本が届いていて、マンションの宅配ボックスに入っている。それを小脇に抱えて玄関の鍵を開け、手を洗い、うがいをした。お湯を沸かしながら、僕は通帳を引き出しにしまうのだけれど、ふと古い通帳をパラパラとめくってみる。一番古い日付は7年前のもので、僕が大学生だった頃の授業料の引き落としがあったことを示している。大学の指定金融機関であったことも思い出す。それから、時折思い出したように微々たる普通預金利息がついていたりする。あまり生活の記録ともいえない。貰っても仕方が無かったかもしれない。 6ページ目で、僕は手数料まで払って1万円を引き出している。手数料は時間外で、よその銀行の端末を使ったせいで420円。3年前のクリスマスイヴだった。僕は大学4年生だ。
 お湯が沸いた。古い通帳を引き出しに戻す。インスタントのコーヒーをカップに入れて、僕はカフェオレにする。最近胃が痛い。寝つきも悪い。コーヒーをやめたほうがいいかもしれない。かといって、これが今日7杯目のコーヒーであることは変わりない。
 台所の鋏でアマゾンから届いたダンボールの小さな包みを開く。千秋が以前薦めていた本を、ようやく僕は手にする。それからビル・エヴァンスの『ポートレート・イン・ジャズ』。すでに二枚持っているのだけれど、デジタル・リマスターが出たのであらためて買いなおす。デジタル・リマスターの良いところはミックス・ダウンの音量が大きいことくらいで、ささやかな音質の違いなど僕にとってはどうでもいいのだけれど、それでも持っていないということが癪に障るのでとりあえず買っておく。思えばキング・クリムゾンの紙パッケージだってこの手にかかったのだ。
 僕は経験から学ばない。
 3年前のクリスマスイヴ、僕はなぜお金を引き出したのか。なかなか思い出せなかったのだけれど、BurtonのAnatomy of Melancholyを手にした時、連想が答えを導き出す。そうか、あの時だ。
 あの日は大学の授業が終わって千秋の店に行った。千秋は学生だったけれどジャズ喫茶を経営していて、そのレコードの整理を手伝いに行ったのだ。学生がジャズ喫茶をやるというのは、平和な団塊世代であれば理解可能だけれど、僕のように生まれて以来一度も景気のいい話に恵まれない世代に属するものにとっては、うらやましくも無く、ただ奇矯なエピソードに過ぎない。けれど、千秋はいっぱしの学生企業家らしくその経営にのめりこんでいた。
 話の発端はこうだ。千秋の両親は千秋が幼い頃に離婚している。千秋が殆ど記憶していないその父親は歯科医で、大きなマンションとポルシェ911を有した裕福な男で、彼から受け取る十分な慰謝料のせいで千秋とその母は不自由をしたこともないし、彼を恨んだことも特に無かった。この歯科医はある日高速道路を逆走してきたシルヴィアと正面衝突し、あっけ無い死を遂げ、特に再婚もしていなかったので、彼の資産の法定相続人はその唯一の血族である千秋ということになった。
 不動産や開業していた歯科医院についての始末は彼の知るところではなかったが、殆ど交流の無かった父親の遺品を整理しに彼のマンションへ行った千秋は、そこでマッキントッシュの真空管アンプとアナログのプレーヤー、2200枚のレコードのコレクションと対面する。大学のそばの雑居ビルの地下にこれらを移設して千秋はそこでコーヒーだけを出す喫茶店を開いた。マッキントッシュ・カフェの誕生だ。メニューは1000円のコーヒーのみ、ソファーとテーブルで約16席、まったくもって成功の見込みの無い学生の遊びは、都内の洒落たスポットを紹介する雑誌の特集で取り上げられ、なぜか話題の種となる。一過性のブームが過ぎ去ったあとでは、父の残したレコードコレクションの希少性がマニアの間で噂の的となり、また別の集客力を発揮する。千秋は大学卒業に必要な単位を既に修了していたので3年生の秋からマッキントッシュ・カフェのマスター業に専念した。
 3年前の冬といえば、既にマッキントッシュ・カフェが都内のジャズ愛好家ならびにオーディオ好きの間で不動の地位を築いていた頃で、そのクリスマスイヴに僕は店のレコードの整理を手伝うことになっていた。クリスマス・イヴこそ営業する方が賢明と思えるのだが、千秋は自分の好きな空間をロマンティックな恋人達の語らいの場とすることをひどく嫌がった。そんなわけで、12月24日という日にマッキントッシュ・カフェは「本日休業」の札を下げて店内のレコードを整理することになった。
 ビートルズの『ラバー・ソウル』をエンドレスでかけながら、僕と千秋は客が手にとってはためつすがめつし、終いにはめちゃくちゃな場所に戻してしまうレコードジャケットを整理していった。レコードの背は小さなスペースなので、CDのように一目見ただけでは分からない。ましてケースに入っている場合など、不明瞭この上ないし、紙は劣化する。僕たちは一枚一枚丁寧に抜き出しては順番を並べ替えていく。
 正しい秩序があるに越したことは無いけれど、別にそんなものは無くても構わない。ただ、気持ちがシャンとするから整理したいんだ、と千秋は言った。言い忘れていたけれど、新田千秋は男だ。なんだか百姓くさい名前だな、と自分では思っているらしい。父方の姓は田原だったからそっちの方が農の匂いがする。
 僕と千秋は背中合わせで「ミッシェル」を口ずさみながら3600枚(少しずつ枚数が増えていったのは、レコードを寄贈してくれるコレクターや地域の図書館などがあったせいだ。レコードを収納できるスペースが手狭になると千秋は客席を削って新しいラックを搬入した)のレコードを地道に整理していく。22時になって僕と千秋はこの仕事が一日ではとても片が付かないことを身に沁みて理解し、続きはまた気が向いたときにすることにした。もちろんその間に秩序は再び失われていく。埃まみれの軍手を外し、汗ばんだシャツを脱ぎ捨てて、ワイルド・ターキーの12年物を飲みながら、僕たちはチーズとクラッカーとペペロニを食べた。12月だなんて誰が信じられるだろう?「ラン・フォーユア・ライフ」が終わって、アームが戻りレコードが回転をやめる。丁寧にそれを取り上げた千秋は英国初回プレスのそのアルバムを僕にくれた。「今日の駄賃とクリスマス・プレゼントを兼ねて」1965年12月に発売されたこのアルバムはモノラルだった。現在僕は『ラバー・ソウル』を3枚持っている。
 僕はそれからシャツを着て、セーターを着て、コートを羽織り、マフラーを巻いて「じゃあ、おやすみ。メリー・クリスマス」といって外へ出る。千秋が「メリー・クリスマス」という。メリー・クリスマス。こんなに僕たちに不似合いな言葉があるだろうか。地上に上がる階段を登り、触れる外気の冷たさが酔いと労働の疲れに火照った体に心地いい。レコードを整理するのは案外重労働なのだ。地下鉄の入り口へ向かっていると携帯電話が鳴る。瀬崎こずえからだった。瀬崎は僕と同じゼミの遠山と付き合っていた。僕と瀬崎と遠山と三人で映画を見に行ったことが一度ある。遠山と別れたあとも二人は仲のいい友達らしい。その二人がそれぞれの友達を集めてパーティをしているからこないか、という誘いだった。なぜ遠山から電話が無かったのか分からなかったけれど、重労働を終えた僕にも楽しくクリスマス・イヴを過ごす権利はあるだろう。僕は今から行くよ、と答える。遠山が電話に出て「ケーキを買ってきてほしいんだ」という。ちゃっかりしてる。仲間が集まったものの、皆酒の心配ばかりをして、肝心のケーキが無かったということなのだ。途中で買っていくよ、と答えて僕は電話を切り、家とは反対の方向へ走る地下鉄に乗って池袋へ向う。遠山の家は知らないが、駅前のスポーツショップに着いたら迎えをよこすという。
 15分ほどして池袋に着いた僕は途方に暮れる。こんな時間にケーキを売っている店がどこにあるというんだ。クリスマス・ケーキは予約販売さえしているというのに、今日この日もあと数時間で終わろうというときにどこでケーキを買えというのか。少なくとも池袋でそんな店があるかどうか、僕は知らなかった。そして僕は事もあろうに銀座へ行けばよいというご神託を受けた。要するに物を知らなかっただけなのだが、僕は山手線で有楽町まで行き、銀座でケーキを売っている店を探した。当然そんな店はいくつも無かったが、12000円の7号のケーキを今は名前も思い出したくない店で買った。少なくとも買おうとした。けれど僕の財布には7000円くらいしかなくて、ケーキを袋に入れてくれる間に僕は近くの銀行の夜間ATMでお金を引き出した。無事にケーキを買ったあと、再びJRの改札をくぐると、山手線は人身事故の影響でひどく込んでいた。僕は12000円のケーキが満員電車の中でぐちゃぐちゃとつぶされることは悲劇だと感じた。千秋と飲んだバーボンのせいもあるかもしれない。僕は駅員に忘れ物をしたといって改札を出て、そのままタクシーをつかまえた。遠山に電話をして住所を聞き、迎えを頼むことなく彼のアパートに到着した。
 あの時のケーキは、多分僕が生涯で最も忘れ得ないケーキだ。そしてその時の記録がこの通帳に残っている。見栄を張りたがる性格ゆえか、あるいは単なる若気の至りか、どちらともいえない。いずれにしても僕は経験から学ばないのだ。けれど今日のケーキは既に確保されている。あの時のことを僕以上に記憶している妻が、きちんと予約してあるのだ。僕は午前中に用意したカナッペやサラダを冷蔵庫から取り出し、食器やグラスをテーブルに並べながら、こずえが帰ってくるのを待っている。
 スピーカーからステレオ録音の「ノルウェイの森」が流れ始める。

|

meraviglia/meraviglia

Campo_otonal今日も論文チェックのお仕事。地味な仕事が似合う。

そういえば、今年はもう学校へ行くことはないのかな?

ストイックにクリスマス・イヴに学校で勉強しても楽しいかもしれない。

学校はこんな感じで、気がつけば2年半もここに置いてもらっています。僕などまったくこのアカデミックな空気に程遠いので今なお自分をエトランゼと感じておりますが。

Fauna_secreta 二人の高邁にして愚昧なカタルーニャ人が考え出したトンデモ企画『秘密の動物誌』、博物館業界を大興奮させて遥か彼岸のヴンダーを一気に身近なものにしてくれましたが、遂にポケットサイズに。ちくま学芸文庫に先月お目見え。監修大アラマタ、菅啓次郎訳。「こんな動物いるはずがない」、という君。写真という動かぬ証拠があるではないか。

うむ。つまらない冗談と鼻で笑う前に、とりあえず一読あれ。見るメラヴィリア、これが信じられないなら文学なんてどこにもない。その薄っぺらなコモン・センスに強烈な一撃を。

澁澤も偏愛したであろう一大奇書、圧倒的なヴィジュアル・イメージに惑溺す。

|

ゆるふわ。

華々しく29歳のデビュを飾り、明けて今日はつましく他人様の論文のチェック作業をさせていただいている私。地味だなあ。フランス語も適当な発音で、しかし情感たっぷりに読んでいると、なんだか楽しいなあ。というか、チェックするのは僕の読める言語で書いてある論文にしてほしいなあ。

あ、日本語しかない。

我が家では12月はケーキを食べる月です。兄の誕生日、僕の誕生日、クリスマスすくなくとも三度は食べる。そして皆手作り。母がせっせとつくるのです。昨日も早起きして作ってくれましたっけ。

Cuchen さて、これはなんでしょう。これもケーキなのですが、「クリームは余り固くたてない方が美味しい」という方針に基づき、作ったケーキ。ゆるふわすぎて、クリームが溶け出し、苺も斜面を滑落し、まあ冗談みたいになっています。こんなの『よつばと!』7巻にあったっけ。

せっかく29歳になったのに、激しく風邪をひいていますが、12月は遊びに出かける機会が多い。しんどくてもいけるとこまで行ってみる。

そして帰り道、冷たいガラスの向こうに飛び去る景色を見ながらタクシーで帰ると、12月だなあ、としみじみ思うのです。

|

逆日付カウンターの設置

こんにちは。29歳の富田広樹です。朝起きたら年輪が増えていました。

10歳になったとき結構長生きしたなあ、と思っていましたけれど、29歳ですか。TEMPUS FUGITですね。

今日から逆日付カウンターを設置することになりました。設置先は僕の意識の中です。だから見えません。あしからず。

人生50年というのは、平均寿命も延びた今日あまり当てはまらないかもしれないのですが、50歳を越えて後、気力、体力、記憶力が衰えるのではないか、と考えると知的にいい仕事ができるのはやはり50歳くらいまでではないかなあ、と思う。だから、50歳までに自分が責任を持って「自分の仕事」と呼べるものについてはやり遂げておきたい。

そんなわけで逆日付カウンターのご案内です。

とにかくうるう年等は無視して、21年×365日とすると、僕に残された時間は7665日。

時間に直すと183960時間。

食事の回数は概ね22995回。

結構限られてます。食事も毎回愉しまないとね。

一週間に一冊本を読んだとしても1092冊ですか。少ないね。読むものも厳選したいです。

うるう年は随時一日加算するということで。せいぜい4-5日ですから。

それでは皆様、あと7665日よろしくお願い申し上げます。

|

プレゼント(ありがとう)

毎年忙しい時期に誕生日を迎えるせいで祝っていただけないことが多い、私の誕生日。ええねん、とふてくされていることが多いのですが、今年はどうしたわけか多くの人に。

ありがとうございました!

Agenda クオ・ヴァディスの「食べ歩き帖」。表紙にAgenda de la Tableとありますが、訪れたレストランの連絡先、メニュやサービス等をコメントする欄があります。折りしもミシュラン・ガイドが出たこともありますし、また素敵なお店を探しにお出かけしようかな、と。

文房具を英語でステーショナリィと言いますが、stationaryは「不動の、固定された」という意味の形容詞でもあります。

例えば、

The sun is stationary.

は「太陽は止まっている(地球はその周りを廻っている。)」ということ。形として「残る」プレゼントに相応しい含意ですね。ちなみにQuo Vadisは「どこ行くの?」という意味です。

ありがとう!

それから、こちらは恋人にいただきました。Reloj

これが何か分かるでしょうか。分からないかもしれませんね。

正解は時計です。

木製の小箱の中に方位磁石と糸がついておりまして、方角を北に合わせて意図の影を見ると時間が分かるのです。

太陽の高さは緯度によって異なるので、箱の上面には複数の穴が開いていて、「自分の現在地」の緯度に糸を通します。ラテン語でAmicis, qualibet horaと書いてあります。「友よ、どこにいようとも、君に時を(告げよう)」というような意味かしら。

フラフラと彷徨を続ける私にうってつけのプレゼント。なんとスペイン製!道理でスペイン語が多いわけね(地名がスペイン語だった)。

ありがとうございます!

他にも絵本を下さった方、チョコレートを下さった方、皆様に感謝。

|

フェリシダーヂ!!自分。

(イントネーションに注意して読んでね)

突然ですが、明日は僕の誕生日です。すんません、突然で。

世はなんだかめでたい雰囲気でいっぱいやないですか。

修士論文出した人とか、クリスマスの買い物する人とか、結婚する人とか、餅つく人とか。

僕はいうたら、

夏に買うてきた本の整理もついとらんし、部屋も掃除せなあかんし、明日提出する書類かいとったら一日終わってもうて。えらい不公平やん。

でも、11月くらいから自分への誕生日プレゼント何にしよかなー、って考えとったんやけど、どれも何か、ピッタリチョイスやないわけです。

でも、思いつかんときはトコトン思いつかないもんなんで。

Ayers_rock_sparkling とりあえず、明日起きたら29歳やねんなー。

びっくりするわ、ほんまに。

今日はお祈りしながら寝ます。

みんな、ちょっとずつええことありますように。

では、また明日ー。

BUONA NOTTE!

|

我泰山に向かい、目を挙ぐ。

MONTEVIDEO

--
ウルグアイから手紙がきた。こんな感じだ。

「悲しい奴は悲しい考え方をするように出来てて、それを変えろって、おまえそういう考え方するからいつまでたっても駄目なんやって、なんでも悪い方へ考えんのん、あかんて、とか言うのは無神経だし、無責任だし、そもそも人に御託並べる前にお前が子宮に置き忘れてきたデリカシーを胎内回帰して取り戻してきて欲しい、とか思うけれど、僕は優しいからそういうことは言わない。

象に鼻短くしろとか、
ヤドカリに生活態度あらためろとか、
僕に陽気になれとか、
そんなんだ。

そこに不在の悪意を嗅ぎつけて考え込んでるような人間は、それはどうしようもないけれど、そこに不在のものを見るのは一つには才能だから、せいぜい力一杯苦しんで置け。あとで泣きたくても、今日のようには泣けない。あとで泣いても、今日のようには泣けない。

だから僕は君に手紙を書きます。

じゃあな。

ペペ・サリーナス」

念のため言っておくと、手紙は日本語で書かれていた。ついでに言っておくと、僕はペペ・サリーナスという人物を知らない。さらに言っておくと、第一段落と、第二段落と、第三段落はそれぞれ明らかに違う筆跡で書かれており、それ以降は日本語が明らかに母語でない人間が、まるで定規を使って書いたような字で、この部分がペペ・サリーナスっぽい気がするのだが、確信はない。

第一段落は男っぽい字、第二段落はこの人習字やってたんだろうな、という読みやすいけど、個性がない字、最後のは結構殴り書きっぽい。

封筒に書かれている僕の住所、ならびに名前はアルファベットで書かれていて、ペペ・サリーナスっぽい。ペペ・サリーナスは後に自分の住所を書いていて、それがウルグアイって書いてあるから、ペペ・サリーナスはウルグアイ人っぽい。なんか、それっぽい。

南米に行った事はないので、南米に友達もなく、ペペという名前の人間も知らない。だから、自信を持って僕の名前が記された、ウルグアイからの手紙をどうしたものか、分からない。

昔郵便というのは受取人払いで、受け取りたくない場合は貰った人が支払いを拒むことが出来たので、郵便局は大赤字だったらしい。それは封筒の中にいろんな形に切り取った厚紙を入れておいて、例えば三角形なら「元気です」みたいな符牒を先に取り決めしておけば、受け取らなくても、その手紙のメッセージを理解できるということだ。今では切手を買って、料金を先払いさせることで郵便局は成立しているし、どう考えてもそのほうがビジネスとして堅実だと思う。

もし後払いだったら、僕は間違いなくペペ・サリーナスの手紙を受け取ることを拒否していたと思うのだが、案外これが、内容が気になってしまって、航空郵便だからちょっと高い送料を支払って、ドキドキしながら開封したかもしれない。じゃあ、どれくらいの確率で受け取り拒否をしていたかというと、4割拒否で、残りはお金を払って読んでいると思う。でも、10回ペペ・サリーナスから手紙がくるというのもおかしいし、こういうときは確率を考えても意味がないケースだから、そういうことを徒労と呼ぶ。

僕はその手紙を様ざまに精査し、ためつすがめつし、挙句匂いまでかいだところ、なんだか揚げ物油のようなにおいがして、その紙はどっかの食堂かなんかで、ちっこいコロッケとかを入れるような硫酸紙の袋の切れ端だと勝手に結論を出す。確かめようがないから、そういうことにしとくしかない。

ウルグアイは本当はウルグアイ東方共和国というらしくて、首都はモンテビデオという。モンテビデオは「我、山ヲ見ル」というラテン語に由来する地名なので、きっとその首都のそばに山でもあるのかもしれない。日本で言えば「富士見が丘」とかそういう地名みたいなものかもしれない。

その「富士見が丘」は駅のひとつ手前のバス停で、次が終点なので、ここからバスに乗る必要はないと思うのだが、僕が会社に遅刻しそうになって、バスの中で気もせいていて、もうすべてのバス停をスルーしてくれ、と祈っているときに限って時々おじいちゃんが乗ってくる。このおじいちゃんはいつも同じ服装なのだが、それは全くもってむさくるしくない。非常に洗練された着こなしをしている。ダンディといってよいだろう。このおじいちゃんが乗ってくると僕は必ず会社に遅刻するのだけれど、最近別の場所でこのおじいちゃんを見た。

先月の土曜日に会社の作業スペースのレイアウト変更の工事があって、僕は責任者ということで、会社に行って、工事が終わるのを待っていた。休日に出勤したので、どこか別の平日に休みを取らなくてはいけなくて、でも仕事が忙しかったので、なかなか休めなくて、そろそろ一ヶ月くらい経ちそうになったときに、とにかく消化して、と課長に言われて、家に仕事を持ち帰りつつ意味なく休暇をとった。

で、午前中はけっこう頑張って仕事したんだけど、なんだか無性にココアが飲みたくなって、でも喫茶店で出てくる、本当は牛乳パックに入ってる森永とかスジャーターの出来合いのココアじゃなくて、粉からウィスクでしゃかしゃかかき混ぜつつミルクパンでゆっくり作るココアを飲みたくて、東急ストアまで買いに行った。

そしたら嗜好飲料のコーナーでそのおじいちゃんがうずくまっていて、大丈夫ですか、と声をかけると「だ、だ、大丈夫じゃい」とかいって、あっちいけ、というしぐさをされて、でもおなかを抱えているので急病とかだったら嫌だな、と思って店員に声をかけて、具合が悪いんですか、じゃあこちらでお休みください、みたいに店の事務室のようなところに通されて、救急車呼びましょうか、と背の低い店員がすごく嬉しそうな声で聞いてきて、僕は関係ないのに連れだと思われてその部屋まで一緒に来て、そしたらおじいちゃんの入念に手入れされたジャケットの中からコーヒー豆が出てきて、背の低い店員も目を丸くして、とりあえず電話を掛ける先が警察になって、おじいちゃんは万引きの常習犯であることがばれて、僕は無関係であることが分かって、開放されたけれど、気分が晴れなかった。

で、「ココア買いにきたんだっけ」と気を取り直して、さっきの場所へ行くと、コーヒーの棚に「ウルグアイのフェア・トレード・コーヒー」というのが売っていて、結構高いんだけど、有機栽培です、という感じのパッケージで、後に生産者の写真が載っていて、そいつの名前がペペ・サリーナスだった。

僕はどひゃー、ってなってそのドン・タコスみたいな意味の分からない帽子を被って、日焼けした中年のおっさんの写真をまじまじと見ていたら、背景にシマウマが映っていて、南米にシマウマはいないだろうと思って、写真はどうやら合成っぽい。

ますますペペ・サリーナスの正体がわからないまま、そのコーヒーは買わずに、ヴァン・ホーテンのココアの一番小さい缶をとって、牛乳と一緒に買って帰ってきた。

家に帰ると留守番電話にタカハシのメッセージが入ってて、「タカハシです。えっと、電話ください」というしょうもない声を聴いて、タカハシは結構話が長いからこっちから電話するのはやめといて、手を洗ってココアを作りはじめる。

ココアをしゃかしゃかかき混ぜながら小さな小さなミルクパンに浮かんでは消える無数の気泡を見ていたとき、学生時代に付き合っていた女の子が、警察に就職したことを思い出して、ぐふふと笑ってしまう。そしたら電話が鳴って、タカハシかな、とおもったら会社のヨシダ君で、ヨシダ君が

「あの、先輩、すいません、あの、えっと、ちょっと、パソコンの中のデータで、えっと、一回消えちゃった奴を元に戻せたりしないっすかね、えっと、課長のパソコンなんすけど、その、課長が昨日まではそこにあったのに、なんか今日見たらないっつってて、でも検索してもないっす・・・」

多分ヨシダ君は悪気はないんだけど、言葉使いに教養とセンスがない上に、せっかく休日の僕にそんな電話を掛けてくる限りにおいてはデリカシーを欠いていて、でも僕は優しいから「ゴミ箱に入れてから消したんだったら、復活できる可能性があるから、なんか頑張ってみて」とささやかなヒントを挙げる。ヨシダ君は「そうっすよね、なんか、突然消えたりしないっすよね」といいながら、僕に謝って、電話を切る。でも、僕はヨシダ君ごときのスキルではファイルを復活できないと思っている。

ただ、この場合僕が遠隔操作でヨシダ君に指示を与えながら件のファイルを復活できることに意味はない。ヨシダ君の善意と、僕の善意の双方がどちらも良い形で力をはっきり出来ないような予感がしている。というのは、電話で喋りながらヨシダ君がパソコンを操作している姿を周りで眺める同僚達は、きっとヨシダ君にいい印象を持たないと思うからだ。

僕がどんなに頑張っても、ヨシダ君がどんなに頑張っても、結果に見合うだけの評価は得られないし、むしろヨシダ君がオフィスの中でオロオロすればサハシさんやクロサワ君が助けてくれる可能性が大なので、僕に電話を掛けたところがNGなのだ。お互いが頑張っても最適の答えに行き着かないことがあるのを僕は知っている。だからこそ、善人であふれるこの地上が煉獄なのではないか。えへん。

ココアを飲み終わって、早めにカップを洗い、今度はインスタントコーヒーを飲んだ。それからまた少し仕事をして、僕は3時ごろから買い物と映画にでも行こうと考える。

僕にとってペペ・サリーナスの手紙は何の意味もなく配達され、受容され、消費された手紙だが、僕はとりあえず2時半には仕事を終えてひげを剃り、着替えて外へ出ることが分かっている。

誰であれ、何であれ、とりあえず目の前にあるものを打ち倒してでなければ進歩できない。だから山を見て「モンテビデオー!」なのであって、そこからストーリーが始まるのだろう。ひとまずはそうなのだろう。

|

vertical

        縦
薬     書
を     き
飲    の
ん   ブ
で    ロ
け     グ
ふ    な
は   い
も  の
う   は
寝    な
る   ん
   で
     か
       な
          ?

|

早朝の電話

Funeral

--

Oblivious_trees

 早朝かかってくる電話はどことなく不吉だ。どうでもいい用事なら朝かかってくることはないだろう。どうしても今伝えなくてはならないからこそ、朝かかってくる。僕が忙しくても、僕が眠っていても、僕が既に家を出ていたとしても、僕の都合などお構いなしにかかってくる電話なのだから。電話がなる瞬間よりさらに一瞬前、空気は緊張する。僕たちは電話が鳴る前に、電話が鳴ることを予想している。
 僕は微かな空気の緊張と、裏切られることのない電話の音を背中に聴いて、水道の蛇口をひねる。濡れた手をタオルで乾かして、なるべくゆっくりと電話の方へ向う。取り乱してしまうことが僕の恐怖を煽り立てることのないように。
 プラスティックの軽い感触の受話器を耳に当て、もしもしという。間違い電話であっても、きっと僕は腹を立てなかっただろう。
 電話の向こうで人が亡くなったというニュースを知らせられる。高校の同窓生の死が電話線を経由して僕の耳に届く。電話の主は名前を名乗ったはずだが、そして彼女もまた僕の同窓生であるはずだが、その顔を思い出すことは出来ない。受話器を置いて僕には何一つ出来ることはないことに気がつく。世界は僕と無関係に回っているから、僕の都合などお構いなしに同窓生の死に接することになったのだから。
 とりあえず仕事に行く。僕は翌日の葬儀にだけ参列することにした。この時点で僕に出来ることは翌日まで引き伸ばされた何かであって、僕はそれまでの時間を平常どおりにやりすごすしかない。電車に乗って、学校へ行って、仕事をして、帰って来るぐらいしか。
 夜の7時過ぎ、マンションに戻った僕は、早朝の電話に自分が案外動揺したことを示す証拠に出会う。トースターの中にはパンがそのまま残っていて、電話があったとき僕は朝食を用意していたことを思い出した。今朝は朝食を摂らなかったのだろう。亡くなった同窓生は、同級だったけれど、特に親しい間柄ではなかった。3年生のとき同じクラスになったことがあるだけで、あまりきちんと言葉を交わしたことはない。それでも一人の人間の死が僕に動揺を与えたことを、焼き網の上のパンが雄弁に物語っている。
 葬儀で再会しただれかれに、僕はその元級友の死が就寝中の脳出血であったことを知らされる。母親は布団の中で安らかな微笑を見せる彼の死に顔を発見した。苦しまずに死んだのなら、そのほうが良いと思った。僕たちは死そのものよりも、死にまつわる苦痛により大きな恐怖を抱いている。薄情なようだけれど、死が忍び足で穏やかに訪れたことだけは、良かったと思った。
 僕たちは砂の上をゆっくりと歩いている。砂の上に足跡は残るが、少しずつ風がその深さを埋めていく。夜が訪れる頃には、僕たちはどこから来て、どこへ行くのかということをあらためて問う理由さえ見失われる。それでも、僕たちが遠くに星を見つけるならば、まだそこには歩いていく理由と指針があるのだろう。語られる言葉、交わされる思い出話の後で、僕たちは空虚な人格の記憶を紡ぐための牌でしかないことを自覚せざるを得ない。誰かが僕のことを記憶してくれるならば、それは僕の完全な死ではないのだ。僕は僕の死まで、元級友の生を記憶し続けられる自信はないけれど。
 すこしずつ人影がまばらになるころ、僕たちの短い葬列は低く空を滑るジェット機の音に耳を澄ます。

|

レストラン二話

(その1)
Omomuki 過日趣のあるレストランで食事。自宅の最寄り駅そばにあり、近いせいで行くことがないのですが、普段帰宅途中に見るとよく行列が出来ている。店構えも普通で、メニューも普通なのになんでかな、と思う。意を決して入ってみると、やっぱり普通なのですが、妙に落ち着く雰囲気を出しています。全然おしゃれじゃなくて、食事もそんなにだったのだけれど、居心地がいいのです。

そういう理由で人気の店もあるのですね。

(その2)
僕の通っている大学には学内にレストランがあります。学食じゃなくて。ランチメニューのあるお得なフレンチという触れ込み(僕に言わせればフレンチでもない料理だと思うけれど)で、学内だけでなく学外からいろんな人が食べにきています。

昼食時に行っても入れないことがあって困る反面、地域に開かれていていいのかな、とは思うのだけれど・・・先日近所の高校生がやってきまして、注文をとりに行ったウエイターの態度が端からそれを小馬鹿にしてるような感じ。場違いなお子様相手という対応。

お店が人を選ぶということがあるのは僕も認めよう。でも、すくなくとも大学の敷地内に店を構えて、外部からのお客さんのお陰でにぎわってる店でそういうことはするべきじゃないと思う。ウェイターの風上にもおけないな、とウェイター経験がある僕は思う。そこまでの店じゃないし、そこまでのウェイターじゃないよ、君も。

僕はもう行かない。

高校生諸君も、ウェイターになめられないかっこいい大人になってね。

|

冬のキャンパス

Escena_otonal

冬の大学のキャンパス。そう、銀杏の葉が落ちるのは、12月なのです。教室へ向いながら、蒼鉛の空を眺めて足を止めることがよくあります。マフラーを風になびかせながら、サクサクと落ち葉を踏んで、また歩き出す。

本を読むとか、資料を調べる中で自分なりの考えを形成していく、ということも非常に大切なことですが、最近人との対話が様ざまな形で自分に新しいヒントを与えてくれていることに気がついています。

授業の後などにコーヒーなど飲みながら友達と話していて、思いがけない発見をすることが多分にあるのです。その瞬間の偶発的な要因により、一人で考えていても決して思いつかないようなアイディアが生まれてくることもあるのです。

そういうときに、大学へ戻ったことを心から嬉しく思う。もうすぐ29歳になってしまう僕は、本当にそう思う。

|

冬の朝

冬の朝
顔を洗って
二度寝する

|

師走ですもの

On_the_sofa ソファの上がお気に入り。

天気がよければ日の当たるところ。

座布団の上に載ったり、椅子の上に飛び上がったり。

Close_up みんながいるときは、みんなの顔が見える場所へ。

To_leave朝夕はご近所さんのパトロール。

近頃は寒いので赤いコートを着て出勤。

はっぴぃも結構忙しいのです。

Rest師走ですもの。

|

戻れない店

A place to remember, not to return

--
大学を卒業した頃のこと。このまま大学院に行って、八百屋のおっさんに「ヨ、天才、末は博士か大臣か」とかあほなこと言われて、愚かな隣人達に「あそこの下の子はダイガクインいきはったから、ダイガクイン」とか言われて、だんだん自分でも賢いような錯覚して、涎たらしながら教壇に立つような大人になったらいやだな、と思ったので大学を出てから何もせずに犬の散歩ばかりしていた。

大学は関西にあったのだけれど、実家は別の場所にあった。実家に帰ると、実家は引っ越していたので、僕にとってはふるさとでもなんでもない街で、少し安心した。父親はアホなので「だらだらしてないでアルバイトでもしろ」といったが、アホのいうことを真に受けても仕方ないので無視して、とりあえずだらだらしてみた。だらだらするのにに疲れて、そのまま大学院を受験すればいいのだが、それではストレートで進学しなかった意味がないと思って、社会人経験などないのに中途採用枠で大手外資の製薬会社に履歴書を送ったら、2次試験まで行った。次で採用というときに、曲がりなりにも新卒であることがばれて落ちた。でも、結構自信になった。

それからいくつかの会社の中途採用枠に応募して、二つ内定を取って、「世に言う就職氷河期もそろそろ終わりだな」と肌で感じていたのが8月ごろで、そういうありがたいところは全部断って、おそらく天下りの受け皿っぽい財団法人で仕事をすることになった。そういえば、もうひとつオマケがあって、仕事を始めた後、こちらも2度の試験に合格していた教員採用の最終選考があった。有給をとって受験したけれど、「生徒がタバコを吸っていたらどういう指導をしますか」と聞かれ、「一緒になって吸います」と答えたら、その場ですごく怒られた。理不尽だと思ったけれど、落ちて少し安心した。

得意そうに語る馬鹿が多いのだけれど、会社の業務内容と、会社の中で自分のやっていることが直結する人は、多分小さな会社に勤めている人だ。僕はそうじゃなかったんで、財団の表向きの業務と関係ないことをしてお金を貰うことになった。僕のタイプの速さはこの時期に培われ、多分グダグダ「論文が書けない」とか言ってる大学院生の比ではない。拘束時間が民間より短かったので、家に帰って犬の散歩をして、ご飯を食べて、夜は駅前のコーヒーハウスで受験勉強のつもりで英語の本を読んでいた。今思えば貧困な発想だった。

お金を貰うのは大変なことだという経験もさることながら(それなりに大変だった。というのは、手の抜き方が分からなかった)、自分の中にある善意の芽みたいな物が結構自分にとって命取りになるということを学んだ。お金を貰ってどうするかというと、大学院の学費にしようと思っていて、国立にしか行かないつもりだったので、2年で100万と入学金とかで色々含めて、150万円貯めたら辞めようと決めていた。博士課程のことは後で考えるつもりだった。とにかく月10万円ずつ積み立てたら1年と3ヶ月で達成されるのだが、少し余裕を見て1年半働いて辞めた。

仕事を辞める少し前に職場のそばに妙に美味しい食事処が出来た。僕は普段外食しないのだけれど、そこは妙に美味しくて、たまには一人でお酒を飲みにもいった。店内は狭く、古めかしい音楽がかかっていて、僕がドアをくぐるころはまだお客さんなんていないことが多かった。客層は若い人が多かったけれど、たまに年配の客もいた。狭いので大騒ぎする客がなかったのがありがたかった。職場に近いのでいずれ誰かに知られてしまうなあ、嫌だなあと思っていたが、別にお店は僕のためにあるんじゃないから、秘密にしても意味はない。僕が仕事を辞めて大学にもどってからは、一度も訪ねたことがない。前の職場の人にばったり会うのが不愉快だからだ。そうしたらこの度その職場が移転した。これで心置きなくその店へ行くこともできるのでは、と思ったけれど、やっぱり僕は行きそうにない。

|

美しい金曜日の日記

Maple_and_ginkyo12月7日晴れ。

寒い、寒いといいながら、日中は暖かくて過ごしやすい日が続いています。僕は朝本を読んで、昼食の前にはっぴぃと散歩に出かけました。風も空の青さも心地よい。今日は美しい金曜日でした。

去年の今頃は殆ど学校へも行かず、論文の作業をしていましたが、その時もはっぴぃが散歩に連れ出してくれたのでした。

午後から学校へ行きますと、少し気温が低くなっているようでした。マフラーをしてきて正解でした。今日は東大駒場に坂本龍一さんがいらっしゃっていて、対談をされていたので足を運びました。

内容はともかく、普段ないほど学生が集まっていました。いい音楽に触れると自分でも音楽を奏でたくなるという気持ちがあります。けれど、今日の対談を聞いて僕は「早く家に帰って本を読まなくては」という気持ちになりました。それが残念。それでも坂本龍一さんは、僕にとってフェイヴァリットといえるアーティストです。

お口直しに、最近気に入って聴いているアルバムをご紹介いたしましょう。

大江光『大江光、ふたたび』
大江健三郎さんの『取り替え子』という作品の表紙にあしらわれているのはこのCDのジャケットとなった光さんの肖像です。

ピアノ、フルート、ヴァイオリンという編成で演奏される、時にはバロック的な、そしてまた自由奔放な、みずみずしい響きに僕は驚きを禁じえないのでした。先日ヒロシマに関するTVドキュメントを作っていた頃の大江さんの覚書兼エッセイを読んでおりました。末尾に光さんの作曲された「広島のレクイエム」の楽譜が採録されていたので、弾いてみると大変素敵な曲でした。そこから関心を持って聞き始めたのですが、大変soothingです。最近音楽からとみに遠ざかっている僕に新しい光を与えてくれた一枚です。来週火曜日に大江健三郎さんの「おかしな二人組」三部作について、授業で発表をしなくてはいけません。アイディアがなく、今から心を痛めているのですが、光さんの音楽が僕の苦労を慰めてくれることでしょう。

Tomoyo_h

原田知世『music & me』
こちらは原田知世さんの音楽生活25周年を記念して発売された新作。原田知世さんは僕がとても好きな女性です。その声に深く癒され、その容姿に深く癒され、つまらないことで落胆する暇もありません。Naomi & Goroの伊藤ゴローさんがプロデュースしています。当然ながらボッサ系の音作りになっていますが、原田知世さんの声の美しさがより際立っていて、うっとり。

個人的にとても嬉しいのはThe Beatlesの"I will"という曲がカヴァーされていること。いわゆるホワイトアルバム(真っ白な二枚組み)に収録されているポールの曲ですが、僕がとても好きな曲なので。

ゴローさんのギターで聴く「シンシア」も大変素晴らしい。あまり誰も指摘しないことですが、僕は原田知世さん本人の書く詩がすごく良いと思う。

原田さん自身書いていることですが、彼女が40歳を迎えるということがとても驚きです。いつまでも少女のような可憐さを失わないでほしいです。

|

新しい手帖

Diary 新しい手帖。めがねのケースと並べて置いて見ると、あら鮮やか!

ここ3年Delfonicsの手帳を使っていたのですが、僕の好きなレイアウトのものが発売されなくなってしまいまして(リフィルのみ取り扱い)、このたび手帖の変更と相成りました。

黄色いビニールレザーのもので、以前だったら絶対使わなかっただろうカラーなのですが、「自分らしくなくていいかも」と思って購入。

高橋書店のT's Beauという手帳で、商品に「手帳は高橋」と書いてあり、「ふむ、そうか」と妙に納得してしまった。お値段もお手ごろで、レイアウトが僕の好きなタイプに近いので、今年はこれを使用します。11月半ばから使用していますが、なかなか良好です。電車の路線図がカラーなのが嬉しい。

どんな一年が待っているのでしょう。

|

針金の城

どうにも息苦しい
狭い狭い廊下
冷たい冷たい廊下
左からも右からもすきま風
歩いても 歩いても
どこへたどり着くともない

どうにも息苦しい
長い長い螺旋階段
固い固い螺旋階段
上見ても下見ても漆黒の闇
上っても下っても
どこへたどり着くともない

コツコツコツと足音が響いているような気がするが
コツコツコツと耳に届くのは時計の針の音ばかり

では歩みをとめるのが賢明かというと
どうやらそうは思えない
では足を速めるのが利巧かというと
どうやらそうは思えない

コツコツコツと足音が響いている
針金の城は今日も育っている

|

音楽機械との共演無事終了

今日は東大駒場の博物館でMartin RichesさんのFlute Playing Machineと一緒に演奏をしてきました。

ワークショップ参加メンバーの作品の発表だったのですが、想像以上に客足が伸び、200名近いオーディエンス、立ち見も沢山。そこまで大した作品を作っていない僕はびっくり。

昨日リハのためにギターを持っていって演奏したのですが、その途中でフィルムが切断してしまうというハプニングがありました。でも、補修して無事演奏できたので良かったです。

これからとても忙しい季節ですね。

僕もあなたも無事乗り切れますように。

ウィスキーを飲んでおやすみです。

With_me おまけ。

こちらは先日オーストラリアへ行く前にパッキングをしようとスーツケースを開いたところ。はっぴぃは日本でお留守番でしたが、一緒に行きたかったのだなあ。

オーストラリアはちょうど総選挙がありました。新聞などでロック歌手環境大臣になる、というニュースがあるようですが、ピート・ギャレットは元々ものすごく政治的に活動的な方だったので(MIDNIGHT OILという最高にかっこいいバンドをやっていました。僕は大好きです)、タレント議員が大臣になったのとはわけが違うんだけどなあ。そんな記事書く前にMIDNIGHT OILを一度聴いてよね。

|

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »