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2007年11月

日本へ

今年は夏にスペインへ行く機会があり、これで当分外国へ行くことはないのではと考えていましたが、甘かった。一週間ほどオーストラリアへ行ってきました。

Ayers_rock オーストラリアは南半球にある国で、日本とは季節が逆になります。国土は縦にも横にも長いので、どこに行くかで気候は随分違うと思いますが、僕は今回ケアンズというとってもリゾート気分の強いところに行って、暖かい気候を満喫し、のんびりと過ごさせていただきました。人生でもこれほどリゾート気分を味わったことはないような気がします。

分かっていたことだけれど、帰ってきたら日本は寒い。でも、人々の服装はおしゃれで、木の葉は色づき、冬は冬で美しい。そろそろ師走の忙しい季節なのですね。冬が好き。

この冬をゆっくりと堪能したいと思います。

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オーストラリアへ

寒い。風邪をひきそうです。

そんなわけで、本日より一週間オーストラリアに亡命させていただきます。

兄の結婚式があるので、10年ぶりにオーストラリアへ。

すまぬ、ぼくだけぬくいところへ行って。

みなさんもお風邪など召しませぬよう。

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ささやかに宣伝を。

Fluteplayingmachinereversables112月1日18時より駒場博物館で音楽機械製作者マーティン・リッチズさんのワークショップ参加者による公開プレゼンテーションがあります。

僕もFlute Playing Machine(←)とギターのための合奏曲を書いたので、当日演奏することになると思います。プラスティックフィルムに譜面を書き写していったのですが、6メートルくらい書いて、1分半という演奏時間。何事も忍耐だなあ、と思う。

お近くにいらっしゃったら、是非。

当日はその後も別のコンサートがあるみたいです。

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サングラスのこととか

Gafas メガネの人というイメージが固着している。

それはいいんだけど、メガネの人だって夏場などは暑いことだよなあ、と。

とかく、眩しい。

そのようなわけで、スペイン行く前に作ったサングラスがあります。普段かけているメガネと同じフレームで作りました。

夏以降も案外活躍。

晴れの日、まぶしくて辛かったのが、かなり快適。紫外線をとにかくカット。夏よりも冬の眩しさのほうが凶暴な気がしていたのだけれど、今年は迎え撃てそうな気がしている。ストレスがかなり軽減されているので、精神衛生上相当有効。

さらに、空の青がくっきりときれいに見える。

トラパーが見えそう。

おまけ:

現在東京大学駒場キャンパスにある博物館で面白展示がやっています。

おそらく音楽の可能性を広げるものではなく、数学的な組み合わせ(音楽も、文学も)の無限を感じさせる限りにおいて意味がある。製作者の機械愛好(Mechanophilia)に波長が合う人はきっと楽しいと感じるはず。

都合が許せば、是非。

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アダージヲ

Adagio
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なんだかな、っていうくらい忙しいのだけれど、行き帰りと生き返りの電車の中で高校生とか漫画読んでて『君の時間僕に頂戴』といいたくなるくらいなのに、時間は等しく万人に訪れているもんだから、それはしかたない。郵便局に行って用事を済ませた後で、踏み切りを渡って学校の構内に入ったところで、イヤホンから流れてくる音楽が『エリーゼのために』に変わってそしたら赤茶色の木の葉をさらさらさらと吹き流す風が吹いてきて、そうかこの曲は秋の曲かも知れんなあ、と結構重大な発見をしたのに、隣を「今、お電話大丈夫ですか?もしもし、あ、大丈夫ですか?」とかいいながら小柄なおっさんがスピスピ歩いていって、気分台無しになって、学校の教務で例によって失礼な態度を取られて(大学の教務課を民間に委託して欲しい)、でもこいつらはここの大学の出身じゃないし、だからこうやって学生に意地悪してささやかな優越感に浸っているのだろうと思うと溜飲が下がって、授業に出る。銀杏の葉っぱが風に宙返りする。

ルードヴィッヒは途中から耳が聞こえなくなって、自暴自棄になったりしたときもあるだろうけれど、最後に書いたシンフォニーには人間肯定の柔らかさを見せているところから、「あー、もう俺の人生サイアクやったわ」と思って死んだわけではないのだろうと考えると、少し気がラクになる。本人がギターを弾いたかどうか、寡聞にして知らないのだけれど、彼の書いたアダージオが僕の持っている曲集に入っていて、繊細で精緻な感じはしないのだけれど、シンプルで率直だ。それで気に入って弾いていたら、父親が部屋に入って来て「髪を切りに行かんとな」と言った。僕に言ったのか、自分のことなのか分からないけれど、そうだね、と相槌をうって、またギターを弾いていたら、いつの間にか昼ごはんも食べ終わっていて照れた。

何で忙しいかということを説明していなかった。忙しいことに理由などない。でも、言いたいのはそういうことではなくて、何の用事で忙しいかということであって、忙しさの根本的な理由(この世のすべては幕間劇なのだ)を答えるつもりは毛頭ない。週があけると大学で僕が出席している授業でいっせいに僕に発表のターンが廻ってくる。そもそも発表なんて事前に準備しておけばなんてこともないし、人前で話をするのも苦痛ではない。オーディエンスが悪かろうが、なんだろうが決まった時間をザキャっと使い切って後は気楽にクリスマスショッピングとか行きたい。で、忙しい。

真剣に取り組んでいるときほど遊び心がなくなってつまらないことを話してしまう。逆に「端からこんなの眼中にないけん」というくらいの心持で行ったほうが発表なんて上手くいくもんなのだが、そういうことに客観性を持つことと行き詰っている現状はリンクしない。二つはねじれの関係にあるからだ。

ベートーヴェンのアダージオはニ短調なので、ルートがDというかレの音だ。けれど、最初になる音がAでその次にDが来て、前者に対して後者が4度の関係にあって、4度の関係にある場合は調性が長調なのか短調なのか判別できないので、次の音を待つしかない。そして、ああ、最初のAはルートではなかったんだ、と聞き手は気がついて、ポチっと照れるしかない。騙されても笑うしかない。だって、音楽に騙されたって警察に行く人間はいないだろ?

ギターなんて弾いてる場合じゃないよなあ、とか思ってるのにどうしても机に向かう気がしないし、パソコンなんか開いた日には多分ろくなことしない。気がついたら2時間、3時間たってることも。無駄な時間を過ごすより、ギターが上手くなった方が良い。

ZARAを日本でザラと呼んで、銀座のZARAを銀ザラ、新宿のZARAを新ザラというらしいのだが、あれはスペイン本国ではサラと呼ぶべきものなので、銀サラ、新サラと呼んでほしい。どっちも漢字では皿でオーケーだし。日本法人そのものがザラ・ジャパンなんて名乗っているから、どうしようもない。でも僕はサラと呼ぶ。サラはスペインで買うよりも外国の方が断然高くて、日本の客はお買い得と思っているかもしれないが、勘違いだ。なんとなく茶色いイメージがあって、さもなくば圧倒的に悪趣味な極彩色だったりするのだが、人気がある。まあ、好みはそれぞれだからいいとしても、あの店員のガラの悪さは何とかならないか。

調性記号の出現の順番は次のようになる。
F-C-G-D-A-E-B
シャープの場合は左から   らか右は合場のトッラフ

つまりフラットの場合は右から

何でこういうことになるのかはわからないけれど、そういうことになる。そういうことになっている。しかれども、これはルールが先に生まれたのではなくて、既存の楽曲を調べたらどうもこういうことになっているケースが多かった、ということだ。ただし、明らかにこうした調性に反している音楽もあれば、例外的に独自のスケールを持っている楽曲もあるし、これが適応できる範囲など、たかが知れている。

左から見れば、それぞれのインターバルは5度になっていることが分かる。調性は、シャープがゼロのときはCだし、シャープが一つのときはGになっている。以下同じ。シャープのときは右へ、フラットのときは左へ行く。こういうことは、誰かが決めたんじゃなくて、そこにあるものを分解したらそうなっていた、ということだ。それでも初めて気がついた人は驚いただろう。

いつの間にか夕方になっている。今日も部屋の掃除をすることは出来なかった。夕食が済んで、みんなが風呂に入って、家族が寝静まってから僕は少しだけ本を読む。静かに、ゆっくりと、レコードを裏返すように。

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回りながら音を奏でる

Record_player 新しい本棚にCDを、そしてレコードを。

レコードって重いのよ。

僕は幼少にレコードをあまり聴いたことがなくて、カセットテープとCDの方が馴染み深い。青春時代をレコードで過ごした人達は保存に苦労しただろうなあ、と思う。

レコードは重くて、結構しっかりした棚じゃないと不安になる。

暑さにも弱い(曲がる)。

湿気にも弱い(カビる)。

日本ではめっぽう弱い。

僕がアナログ・レコードを聴ける環境を整えたのは数年前で、クラシックのアルバムを中心に聞き始めると、大変心地よいことが分かった。もちろん、レコードで聴くテクノもメタルも趣があって大変よろしい。

音が、とかそういうマニアックなことではなくて、黒い円盤がクルクル回りながら音を奏でているという、ただそれだけのことに、うっとり。

なんという風情かしら。

めんどくさいところもありますが、これからもレコードをこつこつ買い足していくのだろう。

Yotsuba人生は一度きりなのだから、

好きなことして生きなくてはつまらない。

でも、好きなことだけして生きられないのであれば、

めんどくさいこともあるさね。

だけど、人生ってのは

めんどくさいから面白いんだ。

僕の好きな漫画『よつばと!』にもそう書いてあったっけ。

(6巻186ページ参照)

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壁一面に

壁一面書棚だったらいいな・・・。

僕は18世紀スペイン文学に関する資料に関して、多分日本で一番持ってる人間だと思うのだけれど、それにしても資料へのアクセスが悪いなーと思いながらここ3年くらいやる気なしでした。

学部時代、下宿の壁に長ーい板を打ち付けたらあら不思議、これが書棚として最高でした。その後味をしめて三本も打ち付けちゃったので、部屋が現代アートみたいになっていた。

でも、その後実家に戻りまして、あの本どこやったかなー、と思うことが多くありました。そしてこの度部屋の壁一面に書棚を設えてみる。

Estanterias
これはとりあえず全部組み立てたところ。右端はCDとレコードの棚にするつもりなんだけど、500枚ちょっとあるので、移動も大変。そうしてるうちに聞いてみたくなるアルバムも多いし。

はっきりいって、引越し以来の大仕事でした。ものすごくエネルギーがいるのです。書棚の組み立てもそうですが、とても一人では出来ない。本の移動、掃除、置き換え(よく使うものを取りやすい棚に)などを考えると、一月くらいかけてじっくり取り組みたいものです。

でも、こうして書棚のスペースを確保したことで、本を買うたびに『置く場所ないんだよなあ』と心で感じていた罪悪感を軽減させることが出来ますので、僕の散財に拍車がかかろうというもの。きゃは。

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『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』

『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』という映画の試写会に行きました。


当初タイトルのハンガリー1956の部分は映画が作られたのが1956年ということなのかな、と思っていました。でも、古い映画の試写会というのも変ですね。勘違いしていました。


僕は知らなかったのですが、ハンガリーは1956年にハンガリー動乱という事件を経験しています。ソ連の影響下に置かれて共産主義国とされていたハンガリーですが、反ソ感情と愛国心の高まりから、民衆が決起し、ソ連駐留軍を一旦は国外へ追放することに成功するのですが、その後圧倒的な軍事力でもって再び進行してきたソ連軍に鎮圧されます。


冒頭、水球の試合。ハンガリーナショナルチームとソ連のチームが対戦しています。試合の会場がモスクワということもあり、卑怯な反則行為があったとしてもゲームはソ連に有利に運び、ハンガリーの選手は敗北を喫することになります。

当時のハンガリーでは、町中に密告者が満ち満ちて、人々は息を潜めるようにして生活しています。報道の自由はなく、東と西の対立が深まる中、社会主義を高め、資本主義を貶める報道がなされる中、大学生を中心に政治的なデモが組織されます。

水球のハンガリーナショナルチームの花形カルチは、政治活動に関わる友人イミに会いに訪れた大学で、同じく積極的に活動を行う女性ヴィキに出会い、彼女に惹かれます。しかし、政府や秘密警察に目をつけられては、オリンピック(1956年、メルボルン大会)への出場という少年時代からの夢を果たすことが出来なくなるため、政治活動家との接触には消極的になります。

ですが、ヴィキと行動を共にするうちに、カルチの中に現行の政治体制への疑問が芽生え、彼はナショナルチームを辞めてヴィキとともに革命への道を歩み始めます。

遂に民衆は武器を取り、同じくソ連への反感を抱いていた人々(市民、警察、軍隊)からの協力を受けて、敵の戦車に立ち向かいます。一致団結してことに当たる彼らが払う犠牲は甚大でしたが、見事ソ連軍をハンガリーから駆逐し、祖国は自主独立を果たすことになります。

革命が終わりを迎え、幸せな生活への期待に胸を膨らませるカルチとヴィキ。彼女は逃走のために一度はチームを離れたカルチにオリンピックに出てほしいといい、カルチのチームへの復帰は自由な雰囲気とチームメイトたちの友愛の中で叶うこととなります。

新しくパスポートを手にして、バスに乗りオリンピック開催地メルボルンへ向けて旅立つ一行ですが、ある夜彼らが車窓に見出したのはすさまじい数のソ連の戦車・・・。ソ連の撤退は一時的なものであり、体制を立て直してソ連はハンガリーへ再び兵を進め、今度は街と人々を完膚なきまでに粉砕しようとしているのです。カルチが祖国に残してきたヴィキは再び武器を取って仲間達とともに立ち上がりますが・・・

破壊される街路、死傷する市民、銃撃、爆発、なにもかもがかつてないスケールで表現され、これ以上ないインパクトで迫ってくる戦争映画です。僕は戦争映画というものをあまり見たことがありません。この作品によって戦争をこれほどまざまざと見せつけられて、心が動揺しないはずがありません。大きな劇場で、大音量で体感していただきたい。

イデオロギーのために死んではいけない。
主義主張のために殺してはいけない。

映画の最後に、「平和は何にも勝る最高の贈り物」という言葉がありました。ハンガリーの作家の言葉から引用されています。

作品は2006年に公開されています。1956年の動乱から50周年を迎えたという記念の意味もあって、ハンガリーが総力を挙げて作った作品だと思います。そのような気負いがあるとつまらない作品が出来上がることが多いのだけれど、この作品は見事なできばえです。

今この地上に争いを有する私たちすべてが見るべき作品。11月半ばより公開予定。


ネイションの問題を考えている僕にとっては、

「イデオロギーも人を殺す

ナショナルな感情も人を殺す

愛国心も抑制を離れれば暴力に変わる

だから、僕達はいかなる意味においても理性を大きく逸脱した過ちを犯さぬ努力を心に強く保たなくてはならない」

と考えさせられた映画です。

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おかしな二人組、雨に打たれる

そんなに大雨ではなかったのですが、どんより灰色の空と時々雨。

私とドイツ人の友人は一日観光の強行軍。

東京駅で落ち合った後、浜離宮へ。徳川家の領地だったのでしょうか。初めて行きました。浜松町は劇団四季の公演に足を運んだり、羽田から飛行機に乗ったりするのできたことがありましたが、浜離宮には初めて。

日本庭園ですが、そこここに野生を感じる素敵な場所。お友達がここを薦めていた訳がわかりました。友達と観光する段になって初めてそういう場所を訪れるという体験、案外よくありますよね。もちろん、よく知っている場所も行きたいのだけれど。

二人で雨の銀座(銀座は僕が日本で一番愛する街ですから)を一つの傘で歩き、食事をして、僕の好きなキューブリックっぽいカフェ(なんだか『2001年宇宙の旅』を思わせるのよね。)に行きました。皇居を見る予定で竹橋まで足を伸ばしましたが、4時で閉まっていたので残念ながら入れませんでした。北の丸公園を散策し、日本ナショナリズムのある種のシンボル、靖国神社へもギリギリセーフで参拝。こちらも僕は初めて行きました。

その後渋谷(典型的なごみごみした日本)にも行きました。とっても驚いていました。僕も毎日驚いています。何とかして欲しい。たのむよ、都知事。

僕が今いる大学にも行きまして、グアテマラのロドリーゴ・レイ・ローサ(Rodrigo Rey Rosa)さんという、日本でも翻訳紹介されている作家の講演を聞きました。それから二人で食事をして、日本酒を飲んで、どんどんさよならの時間が近づいてくる。

これは三回目のさよなら。

最初はバリャドリード(スペイン)で。

二回目はザーブルッケン(ドイツ)で。

三回目がここ、東京で。

最後のさよならじゃないよね、とどちらも同じことを片言のスペイン語で口にする。

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ゲルマンの
をんな友達 訪ね、去ぬ
時は霜月
風ぬるき夜に

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