« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

おかしな二人組、浅草へ

告白しよう。浅草に行ったことがない。

先週くらいからいろんな人に外国人と観光するオススメの場所を聞いていたのだけれど、みんな浅草はという。判で押した様に。個性ってものがない。でも、きっといいんだろうなあ。

雨だったら屋根があるほうがいいと思ったけれど、今日は結構お天気だったので浅草に行くことにしました。

地下鉄の駅を出てすこし歩いて、雷門!

あのね、正直インプレッシブでした。「これが、あの」、と。

お菓子屋さんを覗いたり、紙問屋さんをのぞいたり、おせんべやさんでお話したりして、仲見世をゆっくりと歩き、参拝してまいりました。

それからゆっくりお茶を飲んで、食事をして。

6年も会ってないというのが嘘みたいに楽しいけれど、会ってなかったからこそこんなにも話したいことが(ささいなことさえ)溢れて来るんだと。

僕ね、バルセロナに友達を訪ねた折に面倒くさいなあ、とか思われると悲しいのでそんなに気を使わないで欲しいと思っていたのだけれど、それは間違っていたのだと分かったよ。

僕は分かりにくく、付き合いにくい人間であるけれど(それを自分で認めるのにやぶさかではないけれど)、その僕の数少ない友達なんだから、その人には全幅の信頼を置いていいのだ、と思ったよ。

|

ようこそ、日本へ!

実は現在平行して書いているバリャドリード滞在の日記に出てくるのですが、6年前に僕が出逢ったドイツ人の素敵な女の子が日本へ来ました。

大学(修士課程)を終えて、オーストラリアの友人を訪ねた帰りとのこと。僕がスペインにいる間に日本へ行くよという連絡は受けていました。なんだか、6年前をいろんな形でなぞっているようで、おかしかった。本当は空港まで迎えに行きたかったのですが、いろんな都合で東京駅へ迎えに行きました。成田エクスプレス到着ホームをはじっこから歩いていったら、ぴょこんといました。

変わってないことがすごく嬉しかったし、会いに来てくれたことがすごく嬉しいし。スペインであって、次はドイツであって、今度は日本で会えるなんて!!!

そんなわけで数日いっしょに遊び歩きますとも!

授業なんてそっちのけですとも!

(ちなみに二人の会話はスペイン語です。おかしな二人組だろうなあ・・・)

|

チェスの試合

人生五十年とすれば
僕に残された日かずは
たかだか七千とすこし


そのことを、数字として書き記すことで
僕には自分のために時間を費やす必要が明らかだ


書棚にならんだ本を
分類毎に読み進めるような愚を
決して犯してはならない!
そして、何よりも大切なことだが
品性の劣るものと席を同じくしてはならない


自らのために費やす時間であれば
無駄なものなど 何ひとつとしてない


より完成された
より簡潔な
より理解可能な
洗練への志向をこそ
最優先の目標とし、
これより先、
一秒も無駄にしてはいけない

それでも、チェスの試合には充分すぎる

|

私は娼婦

最近なかなかしっかり音楽を聴く時間が取れない。朝起きて、夜寝るまでが、一瞬。

Radiolina Manu Chaoの新作アルバム。La Radiolinaというタイトル。意味さえ分からん。僕がスペインに行くと彼の新作がいつもラディオでかかっているなあ。今回もバスの中で流れた曲が「あ、絶対Manu Chaoだ」と。

"Me llaman calle(私は娼婦)"という曲。歌詞がすっと理解されて驚いた。Manu Chaoが特に好きなわけではないが、印象に残ったのでつい買ってしまう。

街娼の歌なんだけど、彼独特の信用ならない声で

私は娼婦
未来のない娼婦
私は娼婦
出口のない娼婦

と来た。街娼のことをCalle(通り)というの。だから「未来のない通り、出口のない通り」という表現にもなっているのね。

Manu Chaoの音楽をスペインの音楽と位置づけるのは狭量だけれど(その枠に挟まらないところが彼の魅力なのだけれど)、この歌を聴くときにやっぱりスペインの街娼を思い浮かべて聴いてほしい。

|

サンティアゴへの道

お友達にお誘いいただいて、飯田橋ギンレイで『サン・ジャックへの道』『ボルベール』の二本立てを見に行きました。

『サン・ジャックへの道』はフランスの心温まるコメディ・タッチの映画。仲の悪い兄弟の母親が死んで、その遺産の相続条件に兄弟そろってサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペインにある聖地)へ徒歩で巡礼するようにという遺言が残されている。

兄は大会社社長。
妹は高校の教師。
弟はアル中の失業者。

この三人のほかに
字の読めないアラブ人
その友達
そのクラスメートの女の子
その友達の女の子
重い病気を患っている女性

そして、ガイド。

道中は兄弟げんかなり、恋の鞘当てなり、ドタバタとすすんでいくのですが、旅を続けていく中で、この9人の間にある種の友情が芽生えてきます。とにかく、歩く、歩く、歩く映画。スタンリィ・キューブリックの『バリー・リンドン』と同じ?歩くということは非常に文学的なテーマ。『ドン・キホーテ』は自らを遍歴の騎士であると思い込んで旅に出ますが、「遍歴の騎士」とはスペイン語でCaballero andante(歩く騎士)です。

ルートはフランスからスペインへ、兄弟の遺産相続の条件はその国境あたりまで一緒に旅をすることにあったのですが、次第に関係を回復していった彼らは、最後(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)まで巡礼を続けることにするのです。

途中スペイン人の神父が人種差別をして、アラブ人の二人と黒人のガイドにはベッドを提供できない、というシーンがありましたね。あそこで話している台詞には字幕がついていなかったので、ここで補っておきましょう。

全員のベッドはありません。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ(顔を見て数えながら)、六つしかない。

(フランス語でまくし立てられて)フランス語はわかりません。

(同じくフランス語で非難されて)なんとおっしゃいましたか?

すごく嫌な感じでしたね。でも人種差別はとても深く私達の意識の中に刷り込まれている。常にそれを意識するようにしなければ。

大変良い映画だったんだけど、タイトルは『サンティアゴへの道』でもよかったんじゃないの?と思う。

|

『自虐の詩』

『嫌われ松子の一生』で素晴らしい演技を見せてくれた美の女神中谷美紀様が、またも不幸っぺぇ女を熱演。とっても素敵。『自虐の詩』という映画。お友達にお誘いいただき、試写会へ。封切前に見るのは素敵です。

前半は大体が現在進行形の不幸。ちゃぶ台をひっくり返すしか能がない男とのとんでもない同棲生活を送る幸江。アルバイト先の中華料理屋で店長に言い寄られ、雨の日も風の日も熱心に労働し、恋する男は言葉少なく、まあ、そんな。コメディタッチのシーンがおおいですが、テンポがよくて疲れません。

幸江は同棲相手の子供を身ごもりますが、彼は優しい言葉一つかけずに「出て行け」という。けれど、これは男の冷淡ではなく、二人の愛情のすれ違いの結果なのです。幸江は配達中に歩道橋から落ちて重態に。ここから、気仙沼で過ごし、その後東京へ出てきた幸江の過去の回想になります。前半とはまったく異なる後半の進みゆき。

こんな貧乏まだあるのか、まさか、しかし、もしかすると。幸江の少女時代がまたすごい。こちらは中谷美紀様ではありませんが、素晴らしい出来です。

なんだか、「笑って、泣ける映画」といってしまうと、つまらなそうなんだけど、前半が笑える部分、後半が泣ける部分としっかり色分けされていて、そう呼ぶしかないのです。

ホームページもとってもかわいらしいのでぜひ遊びに行ってくださいませ。

|

IKEAに行けば

突然ですが、書棚が足りません。

スペインに行く前から、そもそも大学院に入る前から、いや大阪を出払ったあたりから気づいていました。

ニトリで本棚を見て、一応IKEAも覗いてみようと思う。一度行ってみたい。

新横浜からバスが出ているので、それに乗っていく。僕は車持ってない。ミニカーじゃ本棚は運べない。

本が現在平積みで、足の踏み場もなくて、探すのも一苦労。その他、別の部屋においてあるものなどもあって、持ってるはずなのに見つからない本が多い。見つけ出す元気もない。それを解消するには壁一面に本棚を設えるしかないな、と思いました。背の高い書棚を何本か入れて解決しよう。希望に燃えて、IKEAのバスに乗っている。車内では「IKEAでのお買い物方法」を説明するDVDがエンドレスで流れている。行き帰り、50回は見たと思う。

IKEAはとってもおおきな、テーマパークみたいなところでした。子供を連れてきたら喜ぶだろうな、という感じ。ショールームがいっぱいあって、それをすべてIKEA商品で構成している。貴方のうちのトータル・コーディネートはIKEAにおまかせあれ、というオーラ。安いものもあるけれど、高いものも沢山あります。勘違いして買い物すると大変なことに。

僕の買う書棚は安くて、大きくて、頑丈そうなもの。ニトリのものより安いならここで買うつもり。

お目当ての書棚を見た後も、広い空間をぐるぐる回りながら、出口どこー?とさまよって、ショッピングのフルコースは倉庫でお客自らが商品の梱包をカートに載せて運ぶというシステムになっており、「え、これ普通の人は持ち上げることする出来ないですよね?」という重さの梱包を、明らかにモノを載せるには不都合な傾斜のついたカートに載せる。僕の場合37キロの書棚がみっつ、28キロの書棚がひとつ。汗までかいて買い物終了。

女の子とか、お年を召した人はどうするのかしら?倉庫にキン肉マンを配備してほしい。少なくとも今回IKEAの黄色いシャツを着た人は手伝ってくれなかった。好感度だだっ下がり。ニトリの店員はとっても親切なのに。せめて、テリーマンでも、お願いします。

とりあえず到着までに本を一時避難させて、それからです。完成したらお見せします。


Shoehorn それから、靴べらを買いました。ヘビ(白鳥)をイメージした可愛くて、薄くて、長い靴べら。今週のベストバイだと思う。靴べらは英語で"shoehorn"といいます。面白いね。

|

リ・リーディング・ジ・エヴァンゲリヲン

前売り券はスペイン行きの前から持っていたのですが、ようやく見てきました。『エヴァンゲリヲン 新劇場版:序』。公開から一月近くたっているのに、案外お客さんがいて驚きました。

オタクっぽい人よりも、カップルが多くてびっくり。「え、彼女とエヴァンゲるの?(関西弁:え、彼女とエヴァンゲリヲンのか?)」と。

『エヴァンゲリオン』は様々な派生作品を伴って10年以上輝きを放っている作品。そっか、あの時高校生だった人もいい大人だね。

僕はその時タスマニアに住んでいたので、全然知りませんでしたがオタクが社会的に許容されたり、アニメを文化や文学の領域にまで強く引き上げた呼び水であったという理解。

それがこの度「新劇場版」として再登場。エヴァンゲリヲンの表記になって、明らかに違うものとして再表象されようとしている。

一方には「TVシリーズも何回も見たし、ストーリーもよく知っている。」というマニアが、作品の中で何が継承され、何が改変されているか、ということに着目して干渉する方法。これは文学だとリ・リーディングに近い。間違い探しの様でもあるし。エヴァンゲリヲンを自分が最も正しく解釈できるという、強い自信を持ってスクリーンの前に座っている。

はっきりいって、文学は嫉妬した方がいい。こんな熱心な読者に支えられている作品、現在ありますか?

他方には「今回初めてみる」という人。事前に「予習」する人もいるかもしれないけれど、僕としては何の予備知識もなく作品にであう人たちの声が聞きたい。

僕はその中間みたいな場所で見ていた感じです。敵役である「使徒」の形状がTVシリーズより洗練されている気がする。あと、第二の使徒(だっけ?)リリスの形状が以前より気持ち悪い気がする。かっこいい。

これもリボルテック必要ですかな?

これまでロボばっかりだったリボルテックに美少女フィギュア・シリーズが出来るそう。フロイラインというそうです。うーん、なんか今までの硬派な感じが好きだったんだけどなあ、とちょっと残念。でも、すごく売れそうだね。

|

まずはご褒美を

Yotubafigure リボルテック『よつば』が届き、まだ箱から出せずにいます。眺めて愉しんでいるところ。パッケージが単行本を模していて、良い感じ。

同時に購入したAna Vidovicというクロアチアの女性ギタリストの演奏が素晴らしく、度肝を抜かれる。Ana_vidovic日本のギタリストのテクニック云々よりも、より単純に音楽としての表現力がある。音符の連続じゃなくて、一つの歌になっている気がする。1998年にフランシスコ・タルレガ・コンクール最優秀賞。1980年生まれのかわいらしい女性で、使っている楽器の余韻が素晴らしい。きっと手はそんなに大きくない気がするのだけれど、そんなこと関係ないのだと思わせる。

はっぴぃの検査と薬を貰いに病院へ。どこが悪いのか分からないけれど、白血球の値が少し高いとのこと。なんでかなー。

|

虎の威を借る「団塊の世代」

学生運動の終息と踵を接して日本のアカデミックホットサマーが訪れた。団塊の世代の大物知識人たちはここで飛躍した。今の時代の大学生、大学院生よりも積極的に知的栄養を吸収して、それぞれが現代の大学教育、研究の礎石を担っている。

まあ、そうかも。

ただ、団塊の世代の人の話を聞くのが苦痛という場合もあって、
・俺の若い頃は・・・という話
・お前達もっと勉強しろ・・・という批判
・俺の友達には・・・という自慢

などなど、団塊の世代お決まりのテーマで、既視感の強い語りと語り口に嫌悪感と嘔吐。

団塊の世代は数が多いので実際のところ玉石混交、すごい奴がいる分すごくない奴がびっくりするくらいいる。この、すごくない奴がうっとうしい。

 あるアメリカ史の『大物』と呼ばれている研究者がPhilosophyを愛の学問だと訳したとき僕はずっこけた。いや、いや、いや。ラテン語の知識で読めばそうかもしれないけど、ギリシャ語ですからね。「我、知ヲ愛ス」でしょ。こういうひとはアスパラガスの原義を知らないんだろうな。ギリシャ語、大事よ。

 以前言及したフェイホーのTeatro Critico Universalを『批判的演劇』と誤訳した方がいる。6000円もする本で、碩学ドミンゲス・オルティスの翻訳でそんなことをしてはいけない。シアターの語源もギリシア語のテアトロンでしょ。「演じる」んじゃなくて、「見る」ことに力点が置かれている劇場の性格を一切無視して超訳しないで!いっときますけど、フェイホーは戯曲書いてないからね。多岐にわたる主題を扱う(Universal)、批評の(Critic)、劇場(Theatre)という意味です。『世相批判』と訳してた奴もいたっけ。どうしてこのかっこいいタイトルを訳せないのか。多分読んだことないんだろう。『批評の劇場』じゃ駄目か?

 知的形成の場にはもっと顔を出せ、という声があり顔を出すと、脂ぎったおじさんたちのつまらない酒の席だったり。人の悪口いってる暇あったら勉強してよね。
 学問的矜持でも権威に押されているわけでもなく、自分の時間が貴重なので一々相手にしませんが(誤訳をこっそり指摘してあげても逆恨みする人、結構多いし)。

団塊の世代で優れた人材は「団塊の世代」という風に自分を呼ばないことを僕は知っている。それぞれがソロ・プレイヤーとして戦ってきたその軌跡だけが輝いている。「団塊の世代」を標榜する団塊の世代は、虎の威を借る狸だ。狐というほどのスマートさはなし。

便宜的に、その世代の優れた研究者は

・東京ではない『地方』から出てきて、、
・学校のレベルでは満足できずに一人でこつこつ勉強したり遊んだりして、
・今の時点で著訳書が50点を超えている

人ということにしよう。けっこうこのクライテリアで外れる人が多いと思うけれど、団塊の世代の一人ひとりに敬意を払う必要もなければ、義理もない。新しい世代が勉強しない、と批判する奴に限って、研究者としても教育者としてもつまらない奴だったりする。そんなつまらない話する暇があったら勉強してよ。少なくとも、僕はその話を聴いているより一人で本読んでるほうがいい。そうおもってる若手研究者が沢山いるだろうことを僕は皮膚感覚として理解している。厚顔無恥の連中はそれが分かっていないらしい。

言いたい様に言わせておこう。あと5年もすればすっかり代変わり。若いソロ・プレイヤーたちには、看板なしに歩いていける地平が既に拓けている。

|

リボルテック よつば

Yotsuba ほしいな、と思いつつ部屋の片付け(壁一面書棚にする計画)が完了してからにしようと思っていた。だから持ってないんだけど、買った人たちはこんな風にして遊んでるんですね。

うらやましい!

ぼくもそのうち買うぞー!!

と書いていたらほしくなったので、Amazonでポチッと買ってしまいました。明日は『よつばと!』7巻を買いに行きます。

|

ただいま、おかえり

Come_and_go約一月滞在したスペインから今日帰ってきました。いろんなものを見て、いろんな人と会って、いろんなことを考えました。いくつかの写真と一緒に、日を追って振り返っていくつもりです。今回の旅に際し、様々な人の支援や励ましをいただきました。家族や友人だけではなく、旅先で出会った親切な人たちにも心から感謝申し上げます。

出発までは、「遊びです、バカンスです、現実逃避です」と吹聴していましたが、実際は3つほど目的を持って出た旅です。そして、目的を達成して帰ってくることが出来ました。この日記では、学術的な仔細をつまびらかにすることはないかもしれませんが、折に触れて書き記していくこともあると思います。

自分にとって研究の関心や興味はすべて個人的な生活体験や生活感覚に根ざしている、ということをはっきりと意識した旅でした。僕が生きることと、僕が疑問を持つことは車の両輪のように僕を望まぬ旅路へ運んでいきます。気がついたら想像だにしなかった場所にたどり着いていた、という経験がきっと皆さんにもあると思います。

旅は自分にとって何かを付け足していく作業ではなくて、何かを削ぎ落としていく作業だと思っています。知識や見聞を広めることは付け足すことのように見えますが、感性は常に自分の中にあるものだから、それを見出すために自らの皮膚を剥ぎ取る作業であるように思えるのです。旅というものをそのように理解したのは9年前で、その時の行き先もまたスペインでした。

ただ今日は、「ただいま」といって「おかえり」という声を聴いた、それだけのことを記しておきたかった。

|

Adiós, Spain / Adiós, Pain.

予定調和的に電車は遅れ、マドリードに到着。にゃーん。

大丈夫。遅れることは予想していたので、僕にしてみればちょうど良い時間にチャマルティンの駅に着きました。

そこからタクシーで空港に向かいました。結構タクシー代が高かったので、本当は電車やバスが良いのですが、もう疲れていたので。

お昼にマドリードを出て、ロンドン(MAD1230-HTR1405)。

ロンドンから成田(HTR1545-NRT1110)。

詩人達が銀色の翼と呼んだ機体は、真っ白。

電車の遅れを想定していた僕は、まさか飛行機が遅れるなんてこと、予想もしていなかったのです。ちゃんちゃん。

6年ぶりのスペインに、さようなら。

以前来たときよりも、親近感をおぼえたけれど、
以前来たときよりも、人種差別が強まった気がする。

(9.11以降の世界は、それ以前の世界とは全く異なるものだと、知識人たちはしたり顔で言うだろう。でも、単純に強化されたゼノフォビアの現出として、今ある世界を理解する演技を、僕はあざけりの中で選ぶだろう。それは目の前にあるものを無視しているからかもしれないけれど、絶望していない証左でもあるがゆえに。)

以前来たときよりも、多くのことを知った気がするけれど、
以前来たときよりも、より多く分からないことに出逢った。

(美しい場所を知ることが出来たのはとても嬉しかった。僕はBubiónとOviedoを心から愛しつづけるだろう。)

以前来たときよりも、僕は年をとっていて、
以前来たときよりも、僕は自分を見失っている。

(この心もとなさは加速度を増している。僕の生き物としての暗さは、より影を濃くしている。途方に暮れて、薄くまぶたを閉じることが多くなっている気がする。それでも成長しているといえるだろうか?)

Adiós, Spain / Adiós, Pain.

|

ヒホンへ

ヒホンは既に書いたようにホベリャーノスの出生地です。彼の生まれた家も保存されて、今では博物館となっています。

アビレスですこしがっかりした僕は、アストゥリアス最後の今日を過ごすヒホンが素敵な場所だといいな、と期待しています。

ヒホンはGijónと綴るのですが、アストゥリアス風に書くとXixónとなります。Xが二つも入っているなんて、珍しいですね。

今夜はオビエドからマドリードへ向かう夜行列車に乗ります。だから、オビエドでスーツケースをコインロッカー(電車の駅のものが故障しているので、バスターミナルのものを使用することになりました)に預けることにします。例によってバスでヒホンへ向かいますので、それは都合が良い。

道は途中までアビレスと同じ。途中から東西に分かれます。アビレスよりも規模の大きい、そしてヨーロッパらしい町並みの町でした。バスターミナルからすこし歩くと碁盤の目のようになった街路が遭って、ブティックや書店があって、素敵。そうした通りを抜けると、海が現れます。Xixon0
かなり曇っています。そして海霧がたっているので、視界がとても悪い。潮が満ちていて、砂浜に下りることは出来ません。

しっとりとアスファルトやベンチも濡れていますが、海の匂いのするプロムナードを沢山の人が散歩していました。

海に面してリゾート風の建物も多くあったので、夏の別荘をここに持っている人などもあるのかもしれません。

Casa_natal_de_jovellanos ヒホンは半島になっている場所があって、ホベリャーノスの生家もそこにあります。今では公園やヨットクラブのクラブハウスが立っている辺りを散策して、訪れるとお昼休みになったところでした。次に開くのは5時との事。

別に構わないです。この日僕の乗る列車は23時にオビエドを発車するので、出来るだけ永くヒホンで過ごしたいものです。

Pza_mayor_xixoniana ヒホンのプラサ・マヨールはこじんまりとしています。天気のこともあって、かなり暗い印象を与えますが、ホベリャーノスもここを通ったのでしょうか?正面に役場が見えますが、この建物自体は案外新しいものでした。

雨も降りだしそうだし、おなかもそろそろ空いてきたのでどこかで食事を取りたいな、と思う。

アストゥリアスといえば、シードルというりんごのお酒が有名。サイダーの語源ですね。レストランでもいいけれど、シドレリーア(シードル屋さん)でもいいなあ、と思う。あと、せっかくだから海鮮を味わいたいなあ。

マヨール広場の一角のお店に足を踏み入れてみます。店の前にある看板で三皿料理が出て、値段もお安いようなので。

入ってすぐシードルを、とお願いすると「ボトル一本あけることになるから、多分飲み切れないと思うよ」といわれてしまう。そっか、シャンパンと同じだものね。じゃあ、ビールでいいや。それを飲み終わったら食事を持ってきて、とお願いする。Xixon02

はい、これが一皿目。右奥に巨大なスープボウル。魚介のスープです。ドカドカと蟹とか魚とかエビとかが入っています。

これがテーブルに来た時、おたまで一杯掬ったらウェイターが提げるのかな、と思っていましたが、なかなか下げにこない。

結局僕一人でこれを全部食べました。味は最高に美味しかったです。4回おかわりをして、食べ終わらない。もう、これ以上何も食べられそうにないんですけど。

でも、入り口のj看板で三皿料理があると書いてあったけど、それは僕の勘違いで三つのうちから一つ選べ、ということなのかな?それだとこのボリュームの説明がつくなあ。そっかあ。
Xixon03
シードルはこんな感じでサーブします。頭上にボトルを掲げてグラスにドバーと注ぎます。この店の床が濡れてるのはそういうことか。

人々はすべて飲み干さずに、ちょっとすすって、すぐ中身を捨てていました。そうやって飲むんだー。

おなかもくちくなったし、そろそろ勘定でも、と思ったらそれは間違いだった。

Xixon04 やっぱり三皿料理が出るシステムのようで、二つ目がパエリア。あのね、この銀色の皿はパーティーのオードブルが出てくる大皿みたいな皿なのですよ。手前のスプーンはしゃもじくらいのサイズ。3人くらいで分けないと到底食べられない量です。

そしてまた不安になる。もしかして、四人前とかを頼んでて、法外な料金を請求されるのでは。そもそもさっきのスープでおなか一杯で、もうそんなに食べられそうもない。
お皿にすこしとって、でも大半は残してしまいました。ああ、太宰に叱られる(叱られません)。僕はいつだって、結構無理をしてでも食べ物を残さないように努めているのに。 ところで、このパエリアも大変美味しかったのですよ。グラナダのバスターミナルと勝負しても負けないなあ。

Xixon05三皿目は鶏のローストががっつり出てきました。
ああ、これもまた大きくて、おなか一杯です。なんとか頑張って、鶏は食べましたが、付け合せのポテトは殆ど手付かずで残してしまう。

もう、食べられません。そういえば、日本を出る前に大食による貧血(胃に沢山の血が廻ってしまって)で亡くなった方の話を読んだのでした。そんなことを思うと、血の気が引いて体温が低くなったような気がした。
ローストの加減も素晴らしく、味付けも大味でなく、素晴らしかったのですが。

Xixon06 デザートは自家製プリン。

プリンは上手に作るのが難しいけれど、大変よく出来ていると思います。

でも、写真だけ撮って手をつけることは出来ませんでした。

許せ、プリンよ。

このあとコーヒーも出ました。二皿目の途中から「ねえ、量がおかしくないか?」とウェイターに話しかけてみましたが、こんなもんだよ、という感じ。

周囲を見回すと、3人連れで来た人たちのテーブルがあって、そこには僕のテーブルに来たのより大量のパエリアがありました。でも、僕より数等大きい彼らも完食したわけではなかったなあ。ほどほどに食べて、先へすすむ、という感じ。

おなか一杯で動けないのだけれど、お店が込んできたのでカウンターでウェイターと話をしたりしているうちに、リキュールをサービスしてくれる。
Xixon07 ああ、この人は僕がもうこれ以上何も食べられないということを全く無視しているのではないだろうか?

これはね、アイリッシュ・クリームみたいな甘いミルク系のリキュールでした。美味しかったです。

値段がとんでもないのでは、という危惧も合ったのですが、そんなこともなく。この店はどうしてこんな値段でやっていけるのだろう?そして何よりどの料理も美味しかったのよね。Xixon08

お店の中も大変にぎわっていました。

お店の名前はEl Centenarioといいます。マヨール広場にあります。三階建ての建物の一階。

もしもヒホンへ足を運ばれる方があったら、是非是非オススメしたい店ですが、決して一人では来ないでください。動けなくなります。

僕は本当におなか一杯になって、すこしベンチに座って「ああ、どうしよう。もう歩きたくない」などと思っていました。でも、すこしするとおなかもこなれてきて、歩く元気も出てきました。

映画館のある場所を尋ねておいたので、今日はヒホンを去る前に映画館に行って、それからバスに乗ってオビエドへ向かうことにします。何もせずに時がたつのを待つのは苦痛だ。映画が何をやっているかを確認し、それから再び海へ向かいました。

Xixon09潮が引いて、砂浜が姿を見せていました。

失策。ああ、赤い革靴で来てしまった。異人さんにさらわれちゃう。

でも、浜辺を歩くのは素敵なので、ざくざく革靴で歩いていきます。良い子はまねしないでね(靴が傷むので)。

貝殻を拾ったり、「真一君のバカー」と叫んだり(それぞれ『よつばと!』、『のだめカンタービレ』を参照のこと)、乙女チックなこともしてみたいじゃない。

2,3キロほど浜辺が続いています。ウェットスーツでサーフィンをしている人もいたけれど、泳げる感じではなくて、浜辺を歩いている人が沢山いました。革靴はいてる馬鹿は僕だけでしたが。

海霧がすこしずつ晴れていく。

Xixon10 途中から靴が不憫になり、またあまりにも寄せる波音が心地よいので、はだしになって歩き出す。時には水に浸かり、時にはひたひたと砂に足を這わせながら、ゆっくりと向こうの端まで歩いていく。

足跡はすぐに消えていく。

海霧がすこしずつ晴れていく。

Xixon11そして、いつか青空が啓ける。

潮風に吹かれながら、両手に赤い靴を提げて、僕はゆっくりゆっくりと歩いていきました。

沢山の足跡が入り混じっては、砂に消えて、海霧も風にさらわれて、僕の頭の中で音楽だけが絶え間なく聞こえている。

ずっと小さな声で歌いながら、僕は歩いていたよ。

Xixon12 海を臨むところにある教会。着いたばかりのときは、曇天の下寂しい印象しか与えなかったけれど、僕が砂浜の端まで行って、そこから戻ってきた頃には、青空の背景に美しく映えていました。

いつだって、晴れたり、曇ったりなんだ。

そろそろ5時になろうとしているので、ホベリャーノスの家に行ってみます。

団体旅行のお客さんらしき人たちとすれ違う。スペインの人たちのリゾートなのでしょうかね、ここは。

ホベリャーノスの家は随分手が入れられていて、それでも大きな家だったのだろうということは分かります。彼にまつわるものよりも、現代芸術作品の展示ギャラリーみたいな使い方がされていて、肝心のホベリャーノスの資料は余りありませんでした。スタッフも特にホベリャーノスのことを知っているわけでもなく、ただそこにいるだけ、という様子で、とても寂しかった。僕は海へ戻りました。

お昼ごはんが想像以上のボリュームだったので全然おなかが減りません。浜辺を歩いたり、ベンチで本を読んで、映画館へ向かいました。

どことなく悲惨なキューバの映画を見て、バスに乗ってオビエドへ戻ります。さようなら、ヒホン。

オビエドのバスターミナルで、コインロッカーからスーツケースを取り出し、お隣の電車の駅へ。オビエドはいつも僕を優しく迎えてくれるように感じました。先入観の恐ろしさよ。

23時すこし前に電車がホームに滑り込んでくる。明日の朝にはマドリードについて、それから飛行機に乗って、ロンドンへ行って、成田へ帰る。

オビエドに来ることができてよかった、本当にそう思う。

僕は本で一杯のスーツケースを客車に持ち上げる。

|

オビエド最終日

前日に訪ねたアビレスですこし肩透かしを食った感がありますが、オビエドはとりあえず今日が最終日です。明日はヒホンに行こうと思っているので。

午前中からあいにくの雨。オビエドはよく雨が降るけれど、それでも珍しく強い勢いで雨が降りました。こういう日は部屋の中で本を読んでいるに限るのですが、最後だしなあ、と思って町中をすこし歩きます。Uniovi_central
これはオビエド大学の古い建物。書肆オハングレンは大学の脇。10月に学期が始まるのですが、その開校に際してスペイン国王フアン・カルロス一世が講話を授けられるということで、オビエドに王様がやってきました。

日本では年賀に皇居へ訪問しても遠く皇族の方を望むことしか出来ないのですが、僕はとても近い距離で王様を見ました。日本とスペインの違いですね。

既に何度か言及しましたが、スペインは一枚岩ではなくて、いくつかの王国が集まって出来ていったものです。そんなわけで、スペインを代表する一人の王という存在がスペイン内部のナショナリズムにとっては目の上のたんこぶだったりします。

そんなわけで、バルセロナやバレンシアで王族の写真を燃やすなどという低劣な事件が起こったりもしました。

それとは別に、民主主義に則った国を目指す人たちにとっては、特権的な王という立場(職業?)が許せないということもあるでしょうか。これは立憲君主制を採択するすべての国に共通する悩みだと思いますが、そういう理由から王族に批判的な方もあります。

アストゥリアス自体はスペイン形成の中心的役割を担ったカスティーリャを生み出した揺籃ともいえるものなのですが、そのこととの矛盾もまたナショナリズム、あるいはネイションという感覚のデリケートな側面を明らかにしているようで面白い。

Parking_jovellanos アストゥリアス出身の著名な人物といえば、18世紀スペイン文学に関する限りだと、ホベリャーノスとフェイホーでしょうか。

でも、これ見て。ホベリャーノス駐車場だって!

これはたまたまホベリャーノス通りにあるからなんだろうけれど、それにしてもひどいなあ、と思う。

このひどいネーミングの駐車場の前には、ちゃんとホベリャーノスに関係するものがあります。Jovellanos_memorium

ホベリャーノスという人は文学的には詩も劇も散文も書いたという人ですが、彼は法曹界の人間であり、政治家でした。そちらの方がより重要かもしれない。

アストゥリアスのヒホンという町に生まれて、いくつもの大学で学位を得た後、ばっちりキャリア組になって法務大臣のような職にもついていますから、バリバリのエリートです。

その彼が生きた時代は隣国フランスで革命が起きて、そもそも王政の基盤が揺らぎ、そう思っていたらナポレオンに侵攻されて、スペインがスペインではなくなってしまいそうな(その時にすでにスペインがあったかどうか、を考えてみるのも興味深いけれどね)時代。

壊れていく祖国をどうやって立て直せばよいか、ということに心を砕いて、けれど志半ばで倒れた人です。ホベリャーノスより一つ下の世代に、彼とよく似た境遇にあった詩人のメレンデス・バルデスがいますが、彼はスペインがフランスよりになってしまうことを良しとした人です。そうすると、この二人を隔てているものこそ、外からの攻撃に対して擁護されるべきスペインを抱懐した世代の違いがあるのかもしれません。もちろん、メレンデスが祖国愛を持っていないということではなくて、彼もよりよいスペインを望んでいたわけですが(亡命先で客死)。

この碑はホベリャーノスの死後カルロス四世がその功績を称えて建立したものです。手前の駐車場の人は分かってるのかな?

似たようなものがもう一つ。

Cafe_feijoo 18世紀前半のスペインで、博覧強記の超エッセイストが登場します。

ベネディクト会修道士であったフェイホー神父。そしてこのカフェ・フェイホー。なんというか、入ってはいけない気がしましたよ。この店の前にフェイホー広場という小さな小さな空間があるという、ただそれだけのことなのですが。

Feijoo_estatua これはもう少し歩いたところにある大学のある学部の前の広場。真ん中に立っているのがフェイホーの銅像。でも、それが心理学部。

「心理学はフェイホーと全然関係ないやんか!」と僕は強く心で叫んだのでした。

なんだか、ちょっとがっかりする内容が多かった。

雨に濡れながら大学寮に帰って、午後はマルセーを読んで過ごしました。

この日の夜はスーツケースのパッキングに余念がなかった。オビエドを離れることも寂しいですが、そろそろ日本に帰るというどこか浮き立つ気持ちも強くありました。

あまりよく眠れなかったな。

|

Avilesにいく

オビエドにずっといるのも退屈なので、すこし足を伸ばしてみたくなる。

車もないので山へ行くことはできず、海へ行くことになります。ヒホンとアビレスという場所しかないのですが、ヒホンは18世紀の超重要人物であるホベリャーノスの出生地であることもあり、是非行きたいと思っていました。出来れば最後にとって起きたいので、アビレスに先に行きます。

Gorda 町中で、一体何を記念しているモニュメントなのか分からないけれど、こんな最低な銅像がありました。

嫌がらせ以外の何物でもない。

きっとこういう人がいたのかもしれないけれ ど、銅像作るほどの価値があったのかまったく不明。

Cai_jovellanos これは通りの名前が書いてあるプレートなのですが、CAIという標記が併記されているのが分かります。CAIはアストゥリアス語でCALLE(通り)のことですね。

アストゥリアスにはカタルーニャ地方ほどの激烈な地域ナショナリズム(リージョナリズム)はないけれど、こういうところにきちんとアストゥリアス文化が存在している。そういえば、新聞の広告などを呼んでいて、「これ誤植?」と思ったらアストゥリアス語で書いてあったというものもありましたっけ。

アビレスは小さな、小さな町なので、のんびりする目的以外では特に目を引くところがありませんでした。オビエド大学のキャンパスでここにおかれているものもあるようなので、こんな辺鄙なところで勉強するのは大変なことだと思う。平穏すぎて刺激があまりない気がする。Parque_de_cesped
例によって、芝生があることに驚きを覚えてしまいます。

街の図書館や文化施設、博物館などが集合している辺りにこんな素敵な公園が。ジョギングしている人やベンチなどで本を読んでいる人もあり、とても良い雰囲気。でも、ちょっと僕の理想とは異なる公園。大きさじゃなくて、自然の力強さみたいなものが欲しい。

Renfe_aviles 僕はバスで行ったのだけれど、電車も走っています。こちらは国鉄の線路。

アストゥリアスには国鉄以外にFEVEという私鉄があって、僕はそれに乗りたかったのだけれど、今回は機会がありませんでした。Feve_aviles
国鉄と平行している小さな可愛い電車がFEVEです。

なにやら、自然の中を駆け抜けていく電車だそうで、それだけでも興味が惹かれます。

駅の建物もこじんまりとしているのですが、なかなか味わい深い。でも、そんなにアビレスで交通の需要があるのかな?まあ、輸送の需要はとても大きいはず。ん、何をまどろっこしいことを書いているかというと、何を隠そう、ここは製鉄の街なのです。

Hierro 世界最大の製鉄会社アーセロール・ミッタルの工場がリアス式海岸の対岸に広がっていて、巨大な工業地帯を形成しているのです。だからこんな変なオブジェが屹立しておりました。錆びてひどいことになっているけれど、とりあえず威容を誇っていました。

それ以外には、レジャー用のボードなのか、沢山の船が係留されていました。とにかく潤っている街なのでしょうね。

まあ、こんなしょうもない写真を撮るくらいですから、アビレスには早々に飽いて、午後早くオビエドへ帰りました。いまひとつ愛せない街でした。


オビエドに着いたときはホッとしたもの。


--

この晩から次々と日本語の言葉が頭の中で渦を巻き始める。

上からどんどん降ってくるよう。

僕はそれをノートに書き付けることしか出来なかった。

ああ、抑圧されていた言葉のラッシュなんだ。なにかの箍が外れたんだ。

言葉を書き付けたり、詩を書き付けたりするのはどうにも気恥ずかしいことなのだが、なにここまで恥の多い人生を送ってきたのだから、いまさら一つや二つそれを重ねたところで誰に叱られるでもないだろう。だから、この瞬間より僕は、僕に降り降りる言葉を出来るだけ正確に書き写すように努めることにする。

--


月と花と星

どれが一番好きかと聞かれたら

答えは断然―花だ


この比較自体に意味があるとは

          思われないけれど


月も星も僕が死ぬまでそこにあり続けるだろう

花はかならず僕よりも先に死ぬだろう


僕は生きている間

ずいぶん苦しんだ人間だ

だから死んでしまったあとは

どうかほっておいてほしい


月と花と星

どれが一番好きかと聞かれたら

答えは断然―花だ


--


そろそろ旅が終わるというのに

心の晴れないその様はなんだ

一人旅の寂しさか

離れすぎた祖国への思慕か

そのいずれでもないというのなら

おまえの言葉で正確に表現してみるがいい


うまく言えない、なんてのは

言訳にならない

能力の無い連中の常套句だ


さあ、

おまえの言葉で正確に表現してみるがいい


旅を続けている間は

曖昧にしていることが出来た

自分には居場所がないという事実を

正面から見据える事が出来そうにない


自分の無能力を棚に上げて

逃げ回るにも疲れ果てた

今日まで何事も成し遂げ得ずに

馬齢を重ねてきた自分の

衰えた肉体を引き摺って

海を越える元気がない


空を飛ぶまであと百時間もないぜ

海を越えるまであと何日もないぜ


--


旅は自身との果てなきモノローグだから

人生が旅に喩えられるのは由なきことではない


一日中雨が街を包んで

夜の灯が遠い雲に反射している

内省的になることが恐ろしくて

人は軽薄な振りをしている


雨に濡れた衣服が重い

雨に濡れた靴が重い

雨に濡れた体が重い


飛び降りるのに十分な高さ

テーブルの上に毒薬

もう何一つ背負うことなくいられるなら

痛みなど一瞬のことなのだと

何度も、何度でも思うけれど


けれど僕にはまだ為べき事がある

あと7000日と少し

この体と考える自由を僕に与えたまえ

あと7000日と少し

それ以上は望まない

|

MATAHARIS

スペインでは映画はお手軽な娯楽です。といいたいのだけれど、ユーロ導入以降やはりすこし高くなっていますね。それでも日本の絶望的な入場料に比べれば、気軽に色々な作品を見ることが出来て嬉しい。

残念なことですが、オビエドには町中に映画館がありません。そんなわけで、すこし離れたところにあるショッピングセンターのシネコンへ。

Mataharis_2 今回スペイン滞在中に見られたらいいな、と思っていたのはナイワ・ニムリ様主演のMATAHARISという作品。

サン・セバスティアン映画祭にも出品されたもので、前評判は案外良かったのですが、強いて言えばタイトルがダサいと思う。滞在中に劇場公開されて良かった。

3人の女私立探偵のお話。

イネスは労働問題に取り組む社員の動向をスパイするよう企業に雇われて、運動の中心人物であるマヌエルに接近するが、彼に恋をしてしまいます。大企業からの以来という大仕事を任されて当初は張り切っていましたが、次第に深いディレンマに・・・。

乳飲み子を抱え、乳母車を引きつつ調査を行うエバ(ナイワ・ニムリ)は、外に別の家庭を持つ男達を追跡していますが、なんと彼女の夫であるイニャキも・・・。

彼女達のボス的存在であるカルメンもまた、浮気調査などの仕事をしながら、愛がさめてしまったカップルを数多く見ていくのですが、いつしか自分と夫の間も冷たくなっていたことに気がつき・・・。

うん。特にたいした話ではありません。監督は『テイク・マイ・アイズ』というとてつもない作品を取った女性監督イシアル・ボリャインですが、今回は「ちょっと変わったナイワ・ニムリを見せたい」と思っていたそうで、結果ただそれだけの映画が出来上がってしまったという感じです。赤ん坊のオムツをベンチで替えながら、ターゲットを追跡するナイワ・ニムリの姿を見ることが出来ただけで僕は十分でしたが、たいした作品ではなかったかなあ。残念。

|

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »