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黒夢のこと

最近、バスの中で黒夢を聞いていることが多い。

黒夢は94年にメジャー・デビューして、99年頃に活動が終わったバンド。当初はビジュアルバンドだったけれど、その後はパンク色が濃くなって、でも僕は黒夢の本質はポップだと思う。

シングルを見ると全部クリーンヒットを放っています。チャート1位とかはないんだけれど、あの音楽性でこれはすごいことです。日本の音楽産業にカツン、カツンとヒットを打ち込んでくるのだけれど、シングルごとに「これでファンがいっぱい離れるのでは」というラインで。キャッチーなメロディーの勝利だと思います。アルバムが出るたびに、その前のアルバムまでのファンがかっこ悪く見えちゃうというような感じでした。最初から最後までずっと黒夢を追っていた人は大変だったと思う。

黒夢がメジャーに出たとき僕は中学生で、彼らの活動が事実上終わったときは大学生でした。だから、なんとなくその軌跡をよく知っている気がします。3人でデビューして、そのあと二人になってしまったのだけれど、結局ヴォーカルの清春の負担がものすごく大きいな、と思っていました。歌い方に特徴があるけれど、とても喉に負担のかかる歌唱をしている。

二つに区分できるその楽曲は、①あの清春節と②売れそうにないアングラな曲調(「カマキリ」とか「チャンドラー」とか)。両方を一つのステージでやるのは大変なことだと思っていました。ライブアクトとして黒夢が人気だったのはひとえに清春の演出の緻密さによるものだったし。

だから、黒夢が好きか嫌いかは別として清春はすごいなあ、といつも思っていました。今ふり返って聴いてみて、清春の頑張りが刺さる。英語の間違いとか、変な日本語とかそういうのもあるけれど、それにしても言葉のセンスが不思議。清春はデビューした頃に「辞書を読む」と話していたことがあり、そうやって好きな言葉を拾っていったのだろうと思う。

メロディのポップさも群を抜いていた。ビジュアルバンドが脱皮していくのはいいけど、曲が駄目なのにルックスだけ普通のおじさんになっちゃうと救いようがない。清春の曲(シングルですね)のポップさはちょっとすごい。「G」のダサくて哀愁漂う感じとも「L」の滑らかで伸びやかな感じとも違う。二人になってからの清春の気負いは、いいメロディを探す不屈の努力として現れたのだと思う。

だからメンバーとの不和とか、清春のワンマンとかそういうことがあったとしても、黒夢は清春のものであったし、清春が黒夢だったのだと思う。清春にとっては飄々としているようで巨大な責任感の重責に耐えた5年だったと思います。

黒夢がもうないことをなんとも思わないし、また再結成してほしいとも思わないけれど、清春にはもっとラクしてほしいとふと思ったのでした。こうやって、一人で背負い込んで、それでも戦ってしまう人に対するリスペクトを禁じえない私です。

Kuroame 関係ないけど、これは最近気に入った黒飴。中に黒砂糖が入っています。美味しいけど舌がヒリヒリするので沢山食べるのは危険です。沖縄県じゃなくて、三重県の松屋製菓さんのものです。おいしいです。

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