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2007年3月

気になることば

プルーストの作品には随所に気になることばがふくまれているなあ。

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それにまた、様々な事件が、人生において、また人生の明暗に満ちた状況において、恋愛にからまって起こるが、そうしたすべての場合に対処する一番いい方法は、何も理解しようと試みないことである、なぜなら、そうした事件は、無情過酷なものでも、意外なものでも、すべて合理的な法則というよりはむしろ魔法に支配されているように見えるからである。
(『失われた時を求めて』第二篇第一部、井上究一郎訳)Flow

偶然は偶然であるから起こりうるし、説明のつかないものは説明のつかないままに放置しておくしかない、というのは、すでに起こったことについてその起こる可能性を推測するようにそれは意味がない上に、何一つ有益なところがないばかりか、理知的な精神を苛むからである。ということなのでしょうね。

辛いときは辛い、苦しいときは苦しいで仕方ないけれど、これは面識のない神様が与えた試練なのだなあ、と思って耐えるしかないし乗り越えるしかないです。

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お仕事の終わり、お仕事の始まり

1年ほど前からお仕事をさせていただいていた職場を今日卒業しました。

この1年は論文を書いていた1年でもあるし、いろんないいことと悪いことがあった1年でした。終わってみたら、頑張ったなーと自分で思う仕事でした。

それも今日までだったので、

お仕事の終わり。職場の窓から、最後に眺めた桜の色。

今日お仕事を辞められた方もたくさんあることと思います。本当にお疲れ様でした。あなたが嬉しかったことも、あなたが悔しかったことも、どうぞ深い場所で記憶して、新しい場所へ向かってくださいね。

僕もそうしたいです。

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それから、昨日の夜くらいから大学の院生の組織の方でちょっとしたイヴェントを開催しようと画策しています。

時間も、人手もないけれど、いろんな人に支えられて出来るような気がしてきました。めんどくさい、他の誰かがやってくれないかな、とも思うけれど、やることにしたの。そう決めたのです。

だから、

お仕事の始まり。背中を押してくれる人がいる気がするから。

Tres_tigres4月号の『本が好き』は三匹のトラが表紙にあしらわれていますね。創刊から10号を迎えました。おめでとうございます!スペイン語で三匹の寂しいトラ(Tres tristes tigres)がなんとか、って早口言葉があったような・・・。


 

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おやつ

Meriendasノートパソコンの上におやつを置いてどうするのか。

マクヴィティは甘さ控えめ。ほのかに御芋の香り。

右はバナナの風味のエンゼルパイ。まあ、普通です。

スペイン語ではmerienda。

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ただ願わくば

Vacant今日乗った電車は無人でした。この車両は、ということですけれど。

貸切みたいで嬉しかった。

お昼過ぎには帰ってきました。

世界はさくら色で、ワンの散歩の折にそのやわらかな色彩に酔う。

今年の春は去年の春とも違って、その前の春とも違う。

2007年の僕達は2007年をハイテクだと思っているけれど、3007年の人から見たらローテクな野蛮人かもしれない。

ガスパール・メルチョール・ホベリャーノスという18世紀のスペインの知識人がいます。彼は詩も書いたし、演劇も書いた。小説も書いたし、日記や書簡も随分残っている。複数の大学で学位を受け、法律の専門家として法務大臣のような地位にも上りついた人なのだけれど、18世紀という時代は何かについての調査をするときにこういう人に仕事を依頼しています。いまだと諮問会議を置いて、専門家の意見を聞いて、というところですが、この啓蒙の時代には良く出来る人にたのむといいものが仕上がってくる、ということがよく分かっていた。

彼はいろんな報告書を書いているのだけれど、今『大衆の娯楽について(Espectáculos y diversiones públicas)』というものを読んでいます。その中で、槍試合のことが載っている。騎士が人々の前でそれぞれの武勇を競い合う競技会。ホベリャーノスは在りし日のそれが「今日」の我々が想像するよりももっと異なるものであっただろうというようなことを書いている。でも、ホベリャーノスからさらに200年下った僕には、さらに異なるものしか想像ができない。

ふと思い出したことがある。僕の好きな作家にハビエル・マリアスという人がいて、彼が96年に出した『僕が人間だったころ(Cuando fui mortal)』という短編集の表題作に「子供達同様に、これらの男女は世界は自分の誕生と共に始まったと思っており(al igual que los niños, esos hombres y mujeres creen que el mundo comenzó con su nacimiento, [...])」という一節がある。

どちらも、要するに「今」。もちろん、ホベリャーノスのそれは政治的、学術的な報告書であり、マリアスのそれは創作の中での一文なのだけれど。2年前に桜を見た僕は、今の僕がこのようであったとは創造しなかったし、僕は3年後の僕がどのようであるかを想像することはできない。

ただ願わくば、どの瞬間も、「今」が一番だと思いたい。

尾羽打ち枯らした僕が数えた日々も、眠りに逃げることばかり望んだ僕も、僕であったと、そんな当たり前のことを。いいことも、悪いこともやはり過去は過去だ。

ただ願わくば、どの瞬間も、「今」が一番だと思いたい。

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島根に行ってみた。

三月の初め、だれに頼まれたのでもないのに島根県に行きました。生まれて初めて行った場所で、かつ僕の中では国内で最も西への旅でした。書いておかないと忘れるので書いておきます。

飛行機に乗るのは好きなのだけれど、最近空をとぶのはとても怖いと思う。なぜ飛行機が飛んでいるのか、分からない。ジェットと揚力によっているのは分かるが、揚力のよって来るところが分からない。そんなに人間に都合よくていいのか、と思う。飛んでいる間のゴーという音も僕にはうるさい。

【1日目】
出雲空港は開港40年を迎えていた。S01_1 こじんまり、こざっぱりした空港で、むしろこれくらいの方が心地よい。飛行機が降りる手前から巨大な湖が広がっていたのだけれど、それが宍道湖。空港の近辺には家が結構あって、なかなか面白い。空港から松江市内へ出るバスは、飛行機が到着するごとに発車するようで、バスの運転手さんに乗りますか、と尋ねられたけれど、考えあぐねているうちに発車してしまう。これで次のバスは1時間後。

出発前に旅行ガイドなどを見る暇もなく、ただ島根といえば古事記だな、と『古事記』を読んで予習していた。しかし、島根といえば古事記だな、というのも短絡的に過ぎる。古事記は聖書と似たところが多く、また世界の神話は相互に共通性を多く持つそうだ。上、中、下とあり、最初のものは創世神話と呼べる。出雲の名はスサノオの八岐大蛇退治などに見られるが、別に出雲が常に話の中心にあるわけでもなく、ただちょこっと出てくる。だから島根旅行の予習として『古事記』を読んでもあまり役にはたたない。

僕は神社が好きなので、出雲大社を見たいというのが一つにはあるし、偶々兄がそこにいる。それでやってきたといえば、理由にはなるかもしれない。

S02_1 空港を出ると随分天気がよくて、空も青い。出雲はその名の通り雲が湧き起こる地で、スサノオも

八雲立つ 出雲八重垣
 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を

という意味の分からない歌を読んでいるが、まあ妻を得て嬉しかったのだろう。とにかく曇っている印象があった。随分珍しいときに来たようだ。

S03_1 空港は湖のほとりにある。宍道湖は巨大な湖で、中海と呼ばれるもう一つの湖を間において海水が流れ込んでいる。だから、少し潮の香りがする。S05

兄の車で拾ってもらい、松江市内へ移動して、小泉八雲の家の側にある八雲庵という蕎麦屋で昼食を摂った。座敷では鯉の泳ぐ庭園を愉しむことができ、よい所だった。S06 島根では蕎麦は重ねた器に少しずつ納められており、これにつゆと薬味をかけて食べる。一つ目の器が空くと、そのつゆの残りを下の蕎麦にかけて食べる。関西で蕎麦のおいしいところは少ないけれど、島根は江戸時代に信州から蕎麦職人を連れてきたそうで、おいしいそばを食べられる。菓子どころとしても知られているのは、茶人として知られた江戸時代の藩主松平治郷によるところが大きい。

松江城は今なお立派に残されているが、僕は神社が好きなので城山稲荷(とても立派)へ足を延ばしつつ城山公園の中を散策した。S07 椿の花が足元に散り、しんとした空気の中で平穏に時間は流れた。

S08 夕刻より宍道湖をずっと眺めていた。空港とはちょうど反対側に位置する。湖というには大きすぎるほど大きい。風は少しずつ冷たくなっていくが、去りがたかった。だれがどんな写真をとってもいい写真になってしまう。ずるい。

【2日目】
昼ごろよりのろのろと玉造温泉へ行く。温泉は好きでありながら、ほとんど行く機会を持たない僕なので、できれば島根にいる間多くの温泉に行きたいと思う。S10 食事の後で、足立美術館へ行く。横山大観のコレクションと日本庭園で有名な美術館で、海外からの評価も高い。破格の入館料をとるので、日本一高い美術館としても知られているが、損をしたと思わせないだけのことがあるとか。大観の絵については、僕などには全く面白くもなく、さして感動も受けずにいたが、庭園は素晴らしいと思った。日本庭園はなんて人工的なんだろう。刈られた芝、箒目の美しさなど、作りこまれた美がある。とはいえ、成金趣味が鼻につくのだが。

【3日目】
S11ついに雨降り。

午前中島根大学へ遊びに行ってみる。なかなかゆったりとしていて、心地よさそうなキャンパスでした。こういうところがいいなあ。

地理にとにかく弱い。行ったことがない場所は存在しないに近いし県名もほとんどいえない。だが、頑張ってみよう。島根の左に山口県、下に広島、右に鳥取。漫画家の水木しげる氏は鳥取の出身であるが、彼の生まれた境港は島根に随分近い。島根を見ながら「あそこには何かいる」と思ったそうだが、まあ、いいか。S12

彼の記念館が境港市に出来ている。妖怪博物館のようなものだが、妖怪は捕まえられないので展示されていない。雨だったが、多くの人出があり、水木しげるロードと称された商店街も賑わっていた。

【4日目】
朝早くから出雲大社へ行く。S14 うん。大きい。すごい。社もいっぱいあるので、丹念に一つ一つお参り。平穏に過ごせますように。さざれ石も見ました。S13 これかー。

日御碕灯台へ行く。S16 白亜の灯台。水銀の海に巨大なライトを浮かべて、それをぐるぐると回転させるという体に良くなさそうな機構が今でも健在。昔はベアリングなどなかったのだ。とにかく白い。S17 天気も良い。貝などを採っているのか、小さな船がふわり、ふわり。釣り人もいる。

途中風力発電の巨大な風車などを見ながら西へ。石見銀山で有名な日本の銀は相当ヨーロッパに流れてしまっているのだが、資源に恵まれた昔はすごくバブリィだったのでしょうね。さて、銀をどうやって運ぶかというと、やはり船が良い。疲れないし風があれば勝手に進む。しかし、温泉津(ゆのつ)という場所で温泉が出たので、船乗りも人足も風呂が浴びれた方がよいし、こちらから銀を運び出すことにしたそうだ。ここでも温泉に行く。ここの温泉はおいしい。おいしいというのは飲んだからいえるのだが、薄味のコンソメスープのようだ。海が近いせいだ。

帰りにもう一つ温泉に入る。こちらは飲まなかった。普段から飲むわけではないのだ。

【5日目】
随分天気に恵まれた島根滞在であったが、帰るこの日はすこし雨が降っていた。昼前の飛行機で羽田へ向かう。島根空港で待ち時間が随分あったので、また宍道湖を見にてくてくと堤防の上を歩いていく。風が強い。

時間が来て、飛行機は飛び、宍道湖に翼の影を映す。

 


振り返って、島根はいいところです。
・人が丁寧・・・買い物をすると袋にまで入れてくれる。そして袋の上をセロテープで止める。
・食べ物がおいしい・・・蟹も島根牛もおいしかったです。
・温泉多し・・・日本はどこでも温泉がいっぱいあるのでしょうが、島根も。おいしい温泉もある。

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赤い靴

例によって、マニアックな靴を買ってしまった。月星化成という名前で分かる人はあるだろうか?現在はムーンスターと名前を変えている日本の靴メーカーで、学校の上履きやら業務用の靴やらのゴム底の靴を作らせたら最強のメーカーである。明治6年に九州久留米で創業。

餅は餅屋という言葉が好きな僕は、ブランドの名前だけで派生製品を作るブランドが嫌いで、職人気質のメーカー(メーカーはメーカー、ブランドはブランド。僕の中でメーカーが上)が好きなのだけれど、職人気質のところがデザインで劣っていることは大いにあるわけで、まあ、そこは困る。外国のブランドを冠した靴で日本製と書かれているものの多くはリーガルなどに発注している。ムーンスターに関して言えば、コンヴァース、ニューバランスとのライセンス契約をしている。他にもスニーカー、ビジネスシューズの生産で重要な位置を占めるメーカーである。

ロングノーズ・ブームの沈静化を見ながら、ゴム底の革靴がほしいな、と思っていた。靴底が革のものがもてはやされたのには、どうも高級感ばかりが先立って、湿気の多い日本ではそぐわないのではないかと思っていた。経験からして、オフィスユーズの場合など、カーペット敷きを歩くときにどうしても変な負担が膝にかかるようにも思っていた。

まあ、いいや。Redboots

赤い靴なのです。ただそれが言いたかった。異人さんにも、ひいじいさんにもさらわれないようにしなくては。

基本的にデニムにあわせます。

売ってるお店も数もかなり限られているのですが、値段もお手ごろで、色味もきれいです(このモデルは手染め)。身長のある方におすすめ。雑誌に載っている10万円超の靴に見とれているよりは、身近にかっこいいものを見出せる方が幸せだと思う。


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パラディウムの靴をどこで買えるのかという質問を受けました。僕の知っているところでは「靴のマギー」という埼玉のお店で取り扱っており、通信販売も受け付けています。とても良心的なお店で、信頼できます。それから、パラディウムとパラブーツを混同している方があるけれど、違うものです。パラブーツはデパートで買える。

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雨降り土曜日

春には春の花を。
春には春の歌を。
そんなことを思っていた。4月からのことを思っていた。心が弱っている今は、3月のうちは、何も頑張らないことにした。そろそろ終わる春休みだが、それまでは自分を断固として甘やかすことに決めた。

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武道館などのある北の丸公園を通ると、桜の花がちらほらと咲いていました。僕の家のヴェランダにはフリージアの花が咲いている。春はすべてのものに平等にくるのだと、ある人が言った。

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『BLOOD+』見終わりました。長い旅でした。おやすみなさい。よい夜を。

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月と鰻

 先日久しぶりに会った友人と食事を一緒にしようと思ったが、くぐる店くぐる店満席と断られたのには閉口した。誰かとの思い出を浮かべてどうしたわけか、歩きながら話をしているところが多いのは、こういう事情にもよるのかもしれないが、まるで寄る辺のない民のようにとにかく歩き回ることが多いのは、もうそういうものなのだと諦めている。足がくたびれて早く休みたいという気持ちは強かったが、空腹は決して不愉快な状態ではない。空腹は最良のシェフである、という通俗な物言いによるのではなく、単に腹をすかせた状態が好ましい。そんなことを言えるのは飢餓を知らないからだということは承知している。
 決まりきったようにとる食事へのわずらわしさは太宰も書いていたことだけれど、朝昼晩三度の食事をきちっと三等分した時間割において摂らないことが、まず幼少の頃の疑問であった。八時間ごとに食事を取るほうが理に適っていると思ったのである。
 仮に朝食を9時、昼食を12時、夕食を18時に摂るとすると、そのインターバルは3時間、6時間、15時間となる。睡眠を間に挟む夕食と朝食の間は多少長いにしても、要するに均整が取れていないことを子供心に憂いていたのだ。
 普段は外食をする機会をほとんど持たない。また、外食をして美味であると感じることはそれほど多くない。どうして評判の店であまり美味くない食事を食うことになるのかはなはだ疑問である。これは、母親が料理上手である人が抱える共通の疑問なのかもしれない。幸福な不幸といえる。
 けれども、まずいものを食ってまずいと口にするようなことはしない。食い物にけちをつけるのは品性の低い事だと思っている。食べるからには何がしかの命の犠牲をもって食事が供されるわけだから、それに文句を言うような人間はどうしようもないと思う。ベジタリアンであっても植物の命を奪うことには変りはないし、食べることは殺すことと繋がっているとなるべく常に意識したい。
 それもあるいは変っていくかもしれない。農業、畜産業、漁業いずれにしてもエネルギーのロスが大きいものは次第に下火になって行くかもしれない。宗教的な理由によらず牛を食べることは禁止されるかもしれない。基礎的な栄養素については科学的に合成したものによって(サプリメントの流行とは全く関係なく)摂取することが奨励されるかもしれない。食べる喜びは次第に縮小されるかもしれないが、その時にはまた新しい楽しみを見出せるだろう。
 空腹の状態が好きだといえばおかしいと思われるかもしれないが、自分が生きているということをこんなにも感じさせてくれるものはないのでそう思う。現在は一日二食の生活スタイルなのだが、程よい空腹感を憶えているときは楽しい。どんなに深刻な悩みを抱え、食が細くなっても、空腹感を憶えるときにはますます強く生きているな、と思うし、食べるものを探したりするときは笑って照れるしかない。
 一方で食欲を掻き立てるものというのは、空腹状態であろうとなかろうとある。それが本の中にある。小説などで食事の様子や食べ物の描写などが現れるとついつい想像する。これは食べ物に限ったことではなくて、登場人物が顔をしかめているときには、読んでいる自分もとりあえず顔をしかめてみる。左手をさすっていれば、とりあえず左手をさすってみる。なるほど、このような感じか、と理解したうえで次の行へと進む。
 見たことのないものや食べたことのないものでも、想像するのは楽しいし、本からはそれがどれほどおいしいものなのか分からないが、きっとおいしいものなのだろうと思って読んでいる。子供の時分に読んだ本の中で、「お父さんが子供のころはおにぎりに味噌を入れて」という一文を読んで、母にそれを所望した。得々としてそれを口にし、なるほどこのようなものであったか、と思いながら先へ進んだ。
 文字は食い物ではないので、このような情報から食欲が亢進するのは大変不思議だが、実際に生きている僕がインクのしみに過ぎない文字の羅列によって実際に食欲を書きたてられる理由はよく分からない。冒険小説や、ロマンス、あるいはポルノグラフィにいたるまで、どうして人があるものによってその反応を示すのか、表象の仕組みを完全に解き明かした人はまだいない。再現性と表象は異なる問題なのだが、経験と追体験、あるいは記憶と回想の仕組みはどうも分からないまま人を生かしている。
Quevedo 歩き回った末に友人と僕は一軒の鰻屋に入ったのだが、そこでささやかに酒を飲み、ささやかに食事をして、駅のホームで握手をして別れた。カバンの中にはケベードの書があり、コートのポケットには友人から贈られたブックマーカー(栞)があった。上弦の月を見ながら、電車を待ち、駅の数を数えながらゆっくりと帰っていった。

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卒業!

今日は学位記授与式でした。

もうそんなに卒業式を迎えることもないのでしょうが、なかなか愉しかったです。式の後の懇談会も、友達とのおしゃべりも。

帰りが遅くなって、ガーベラの花束は買えませんでした。

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dia a dia

僕は日記をつけているのだけれど、それは三年日記です。1年前の今日、2年前の今日何をしていたかが分かるようになっています。それがこの3月21日を以って完成いたしました。

Diarios_1 というわけで、新しいものを。

左がこれまでのもの。右がこれからのもの。

artemisという文房具メーカーが作っているもの。

これから3年間、どんな毎日が待っているんだろう。

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あたふた

今日は進学に関する書類を提出する最終期限でした。今日までに出さないと進学できません、という。

この手続き期間は短いので、よその学校からいらっしゃる方や仕事をされている方は大変だろうなあ。僕も会社を休んで手続きに行った記憶がある。一瞬のことなんだけど。

で、僕は今朝方書類に貼る写真がなくてあたふた。三脚立てて、デジカメで写真を撮ってプリント。便利な時代になりました。って、いいのかな?新しいデジカメで初セルフポートレートでした。

Yogurt一人と一匹の生活も明日まで。一人暮らしの頃に戻ったようで愉しかったです。

乳製品(プリン、ヨーグルト)では、僕はOHAYO乳業の製品がものすごく好き。最近食べたこのヨーグルトも素晴らしかったです。原材料が「生乳、砂糖」という潔さ。素敵。滑らかさにうっとりさせられる。 つくり手の頑張りを想像してゆっくりと味わいたいひと品。OHAYO乳業はそのほかにも名品が多いです。牛乳に対する愛がちがうね、愛が。

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たべたべ

今週はワンと二人暮らし。

いつもはお弁当なのですが、今日はパンを買ってお仕事へ。

で、そのパンが豆腐クリームパンみたいな不思議なネーミング。生地に豆腐を、クリームに豆乳を練りこんでいるそうです。しかも、しかも、胡麻豆腐バージョンもある。

で、買ってみました。袋を開けると四角いクリームパン、上に胡麻がふってある。

厚揚げのようだ。

写真つきでお送りできないのが残念です。で、食べるとクリームが黒いのよ。灰色というか、クリームパンとは合わない色。胡麻の色なんですね。食べて大丈夫か、という色なのですが、すごくおいしかったです。

Pascoのパンだったのですが、ホームページに紹介がない。なーぜ?おいしいのに。

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昨日髪を切りました。

自由が丘は日本で一番美容院が密集している場所なのだそうです。はじめて行く美容院というのはとても不安なのですが、すごくリラックスできる空間でした。散髪そのものじゃなくて、非常に癒されました。

言われるまで気づいていなかったけど、肩がすごく凝っていたそうです。

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ふた、ふた

落ち込むこともあるけれど、
やさしい人はいるし、
井戸にはフタがされているので
なんとか、生かされている。

ただ
自分のそばで力をなくしている人がいたら
とりあえず生きてるだけで良いんですよ、と
伝えてあげたいと思う。

誰かがこういうことを相談したら、
自分ならこう答えるんじゃないか、という
その答えを。

どうしたわけか最近
僕は 自分に
ささやくことになっている。

--Pozo
スペイン語で「井戸」をポソというのだけれど、なんとなく力が入らない単語。

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無理しない。

そろそろ年度があらたまりますね。

これから博士課程に進学しますし、どうせ今からカタギにはなれそうもないので、これからは『無理しない。』ことを心がけます。

いやなことしない。
我慢しない。
似合わない事しない。

つまり、

好きなことしかしない。
自分の中に溜め込まない。
好きな人としか付き合わない。

などで、

自分をいとおしむということ。

なんて難しいの!Komainu_1

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collapsible headphones

Headphonesヘッドフォン、折りたたんだところ。凛として美しい。お値段もお手ごろ。

唯一の欠点は首に掛けたとき髪の毛がはさまるところ。

ドイツにいる友人オススメの『Blood +』を見始める。創っているのは『ゴーストハント』Production I. G.なのね。しかも企画は・・・。面白ければ良いのです。4月からの『精霊の守り人』もきっと面白いのでしょうね。

今読んでいるエリザベス・コストヴァ『ヒストリアン』もドラキュラもの。好きよ、こういうの。

オノ・ナツメさんの『さらい屋五葉』読み始めました。独特な雰囲気の絵、最近ハマッています。

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波が変る。

朝日を浴びると、「しみじみ幸せな気分になる」そうです。しみじみ、というところがミソ。

最近は二つボタンのスーツが増えてきましたね。流行とは不思議なもので、だんだん三つボタンを着ている人が堅苦しく見えてくるはずです。

去年の夏ごろ、缶コーヒーのCMなどで二つボタンが増えているな、と感じていましたが、そろそろ本格的に皆様クローゼットの中をおあらためくださいませ。

私は当分スーツを着ることはないので、どこ吹く風。

Lopera今日はホワイトデーなので、今年もDALLOYAUでケーキを。

自由が丘、とても好きな街です。

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Du côté de chez Swann, 1913

『古事記』を読んでいて、「返し矢、あたるべし」という表現に出会う。返さなければ、矢を受けたまま立ち枯れて終わりなのかもしれない。三島由紀夫なら聖ステパノに自分を重ねて酔いしれるのかもしれない。そんなこと、ないか。

昨日までの陽気が嘘のように冷え込んで、見事に風邪を。同時に、僕が仕事をさせていただいている場所でちょっと困ったことになっていて、仕方なくふらふらする頭で出かけて。夕刻にはすっかり具合も悪くなっていたけれど、とりあえず空はまだ青かったです。

完全主義志向の人は、ネガティブな面の自己開示に消極的だと。僕はなるべく言語化することで問題の所在を明らかにしたいとつとめるのですが、自己防衛本能が 勝って。それを言ったらまずいでしょう、と。自分の中で矛盾や苦痛を引き起こす感情を抑制しようとしているのに、かつてあった出来事を反芻しては、自 分をいじめ抜いているような気もする。感情や記憶について、僕が思うことには、1.『以後』は『以前』にもどらないし、2.記憶はうすれてしまうということなので、矢は返さないし、忘れるまでは深く記憶するしかないということです。どれほど言葉を飾っても、すべては僕以前に忘却されてしまうような気がするから。

Camelia昼の残滓がカラカラと心の底に落ちていくようで目覚める。カサブランカの葉の落ちる音で目を覚ました夏があった。大丈夫、まだ憶えている。

体が重い明け方、布団にはさまって僕はようやく、『スワンの家のほうへ』を読み終えました。

『失われた時を求めて(A la recherche du temps perdu)』はマルセル・プルースト(Marcel Proust, 1871-1922)の最大の小説であり、1913年から1927年にかけて刊行されました。全体は7篇からなるのですが、作家の生前に刊行されたのは第四篇(『ソドムとゴモラ(sodome et Gomorrhe)』)まで。

『スワンの家のほうへ』はその第一篇。かつて『失われたとき』『見出されたとき』という二部構成で書き上げられた際の第一部にあたり、これだけでも十分な質量の本です。おそらく、この一巻だけを読んだ人も多くあるでしょう。この一巻はそれ自体一応小説として成立しているので、これを一つの作品としてみることは全く可能ですね。

回想と印象の連鎖する小説であり、ほんとうに五感で楽しめる本ですが、息の長い読書行為が出来ない人はあまり楽しめないかもしれない。読むという行為に身を預けられたら、大丈夫なんだけど。学部生の頃に二度紐解いていますが、どうしても最後までいけませんでした。生活のあれこれの些事が、読書行為から僕を切り離して行ったので。今度こそ最後まで行けるといいな、と願いつつ、ゆるゆると読んでいきます。

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サクラサク・・・。

Sakurasaku 今年は暖冬で、梅やこぶしの花がこの世の春を謳歌しております。まだ桜の花は咲いていないでしょうけれど。いかがお過ごしですか。

ご報告:
大学院博士課程への進学(入学)が決まりました。

昨年11月ごろから泣く泣く論文を書き、28歳の誕生日に表紙を付け忘れて提出したもの。今年2月はじめの口述試験を経て、進学させていただけることに。応援してくださった皆様のお蔭です。

もう一つご報告:

この日記は今日でちょうど一年目を迎えます。いつも遊びに来ていただき、ありがとうございます。第一回目(3月6日)はこんな写真で始まったのですね。花の写真がいっぱいの時期もあれば、論文のことを報告してたりして、振り返ると漫画とアニメの話も多いなあ。

それから、3月1日より3月5日(今日)まで島根県に旅行に行っておりました。合格発表を見に行くのが怖くて、現実逃避をしていました。というわけではなく、単に骨休めです。島根は天気が悪いことが多いのですが、晴天に恵まれ楽しめました。美しい景色、温泉、おいしい食べ物。またご報告しますね。今日お昼ごろ飛行機で帰りましたが、羽田になかなか降りられなくて空をぐるぐる飛んでいました。

 

素敵な春がめぐり来ますように。

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