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2006年11月

師走前。。。

久々に天気の良かった今日。犬をどけて布団を少し干す。夕方から夕寝。

論文は、なんとか2章目だけでも終わらせたいです。え、明日までに20,000字?無理ー!

散歩。空が高く、雲が細くたなびく。秋晴れ。

でも、最近雨が多かったので、雨の日の歌を録音してみる

(※音が出ます。注意!)。

久しぶりに歌うと、不思議ね。

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朝からずっと 今日は雨
窓辺に光が 明滅している
君のこと思い出した 理由もないのに

悲しい歌を歌う予感がする
別にいわれはないけど
冷めたコーヒーは、もういいよ

精一杯の強がりで 涙を見せないようにした 君と
もう二度と会えなくなるって 今はまだ信じられなくて
時が全て変えていくなら 
言葉さえも奪ってほしいだけなんだ

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銀杏並木

久しぶりに大学へ行って、キャンパスの銀杏の葉の美しい様子に惚れ惚れ。1週間くらいは楽しめるのかな。

体調が悪いので、今日も論文はお休み。犬の看病つきで泥のように眠る。

数日前に机の上に張っておいた『やることリスト』が完遂されないままずっとそこにある。3章まで辿り着くのはいつなんだろう。

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ゼリー

多分今日本で一番ゼリーを食べている大学院生は僕だと思います。

具合が悪くなって、悪い夢を見て、熱を出し病院へ。薬を貰って、買い物をして帰る。

病人はやっぱりゼリーでしょ。うちはそうなんです。子供のときからプリンか、ゼリー。

いろんな会社のものを食べ比べています。柔らかいの、固いの。おいしいの、おもしろいの。

主流は果物(桃とか洋梨)が入っている奴だと思うのですが、さっき食べたのは何も入ってないのにツブツブしてた。先日はスプーンで掬えないくらい固いものを食べて、『ゼリー?』と首をひねっていました。

布団をたくさんかけて、その上に文鎮のように犬が乗っかって、僕の休日です。

論文は、一日休み。

明日の予習は明日の朝しよう。

おやすみなさい。

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抜糸完了!!

Caps特に意味はないのですが、ペットボトルのキャップの写真を。

ボトルとは別に、こちらをリサイクルする(素材が違う)こともあるそうです。

でも、キャップを外して捨てる習慣もないし、分けて捨てられる場所も少ないから、なかなか。

はっぴぃは抜糸が無事に済みました。あとは、糸を通していた穴が塞がるのを待つだけ。僕が本を読んでいる隣でごろごろ寝ています。本当によく寝る子。

今日から『パプリカ』公開ですね。映画の話。

今年は筒井康隆さんの作品がたくさん映画化されています。パプリカの悪夢的な感じ、どうやって画面に映し出すのか?

ああ、とても観たいです。

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序章の終焉・・・

書けるところから書いたほうがいいよ、というのはいろんな方のアドバイスですし、僕もそれは大事なことだと思う。でもね、書き出しに気合を入れてかかりたかったのよ。

そんなわけで、導入部分に時間をかけすぎて、気がつけば、参考文献も挙げすぎなんじゃないの?というくらい膨らんでいる私のドラフト・・・。あれ、もう24日じゃないですか。ちょっと、度を越してしまったので、ここからは力を抜いて本編に入っていきます!

途中こんな表を作りました。Patria だから時間がかかるのよ。


母の焼いたケーキと牛乳で夜のおやつ。そのうちに眠くなって、次章の準備が整わないまま金曜日を迎えてしまうのですね。


誘惑に負けて『ヘルタースケルター』を読み、『コードギアス-反逆のルルーシュ』も気になり、そうして朝日がやってくるのを待つのですね。

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勉強のお供に。

懐かしいこの感じ。

情報カードに必要な情報や、引用したい文章などを書き書きしながら、並べ替えたり、洗濯ばさみではさんで整理する作業。やり始めると楽しいんだよね。書き終わった後も本当は取っておくべきなのかもしれないのですが、僕は全部論文に反映しているはず!という希望を持って破棄します。

僕の書く論文は常に引用の満願飾なので、とんでもないルックスです。自分で書きながら、読む人は大変だよなあ、と思う。

すこしずつ書いています。Anaranjado

勉強のお供に、iTunesでストリーミング放送のラジオを聴いています。本を読むときと勉強するときは音楽なしのほうが好みなのですが、タイプしているときは音楽があるほうが早いんだよね。リズムがあるからでしょうね。

その他、Supercar "Highvision", Cornelius "Sensuous", INXSなども聴きつつ。

書くことが決まってしまえば、後はタイプするだけだから、ある意味思考をバイパスしているんだな、うん。

朝晩は寒くて、息も白いですね。お風邪など召しませぬよう。

来週は手帳を買いに行かないとだな。忘れそうだ。

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動かないスピードメーターの話

本当は21日から書き始めたかったのです。だって、21は僕のマジックナンバーだし。

そしたらね、学校から4時ごろ帰宅して寝ちゃったんだな。犬と一緒に。もちろん散歩は行ったけど。

そんなわけで、日付が変わってから書き始めました。えー。

それでね、僕のメインページのトップが今スピードメーター(ホンダ)なんですけど、それを進捗状況に連動させたいな、と思っていたのですが、もう、そんなアホなことして遊んでる暇もないので、進み具合のパーセンテージのみ更新していきます。

今回は60000字の字数制限がありますから、それを分母に書いた分量を割っていきますが、当然のことながら、文字数を消化すればよいというものではありません。そんな訳で、章立て(目次)の中で重要性の高いものが書き終わった場合はそれが反映されます。二回書き直す予定なので、今月中に60パーセント達成を一つの目標とします。

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27

27。3の3乗。

3×3×3。

私が22歳の頃付き合っていた人は、27歳だった。だから、もしかすると自分よりももっと難しくいろんなことを考えているんじゃないかな、と思った。なんとなく、もどかしくなることがあった。

私はあと一月で27歳をやめる。28歳になるから。

27歳になったとき、その人の気持ちが分かるかな、と思ったけれど、きっとよく分かっていない。でも、27歳はすごく楽しかったから、私と一緒に過ごしたその人も楽しかったことを祈る。

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夢のあとに

夢のあとに Apres un reve

 少女は指先からすこしずつ枯れていった。一人の人間の死を、こんなにも穏やかに彩るものは、一体何であるか、君はまだうまく言葉に出来ない。病院は死の香りがするので嫌いだ、とうすく目を閉ざして囁く。囁いたのは、一体誰だったのだろう。
 深い水の底で、金属もまたすこしずつ溶け出して、流れに身を沿わせる。愛するがゆえに体を重ねないという愛を知るのに君は少し若すぎる。
 研究室の窓越しに学生たちの笑い声が聞こえる。今は春。その手に取りこぼしたものを、君は振り返らないと決めたのではなかったか。

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朝から雨。

先週手術の済んだはっぴぃは『1週間から2週間したら抜糸と検査のため病院においでください』と言われていました。特に化膿止めの薬ももらうことなく、元気に過ごしています。ただ、ちゃんとくっついているのか不安が残るので、まだ抜糸はしていません。来週に取りたいです。

傷口を隠していたテープが取れて黒い糸で縫い合わせられていて、痛々しい。

僕も以前傷口を縫い合わせたときに、黒い糸が使われていたので驚きました。僕の場合は顔だったので、なおさら怖かったです。自分で鏡を見て倒れそうになった。

白とか肌色でやってくれたらいいのに、とその時は思ったのですが、ここを縫ったよ、と目立つ様にこの色にしているのでしょうね。何針縫ったか、というのも重要で、抜糸し忘れて細菌が繁殖してしまった、ということのない様にきちんと記録を取っている気がします。

雨を見ながらはっぴぃはソファーでふやけております。

人間ちゃんもふやけております。

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ところで、僕が深く愛した『交響詩篇エウレカセブン』の有料視聴サービスが拡大中。第1話をお試しで見れるところが多いですね。といっても、全50話だからすごくお金がかかると思いますが、プロモーション映像として流れているファーストシーズンのオープニングアニメーションが僕はとても好きです。

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あせる気持ち

Brown_pattern今月中に論文の第一稿を何とかしたい僕。

気になっているのは、これまで僕は日本語で論文を書いたことがありません。そのため、引用などを日本語にわざわざ訳す手間がなかったのですが、今回はそれが必要になってしまう。思いのほか時間がかかるのではないかな、と今から心配になっているのです。

外は、すこしずつ空気が澄んで、1年てあっという間だと思う。1年前の今日は、ブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』を読んでいたようだ。日記によると。

論文を書かなくちゃな、と思っている一方で、事前に出来るだけ下調べを済ませておきたいため、時間ぎりぎりまで実際の書く作業には入りたくありません。書いてる最中で調べ物のために中断されるのが嫌なのです。気持ちはあせっているけれど、明日の夜まで書き始めるつもりは一切ない。

試しに作ってみた、論文の目次(案):

『ホセ・デ・カダルソ、祖国をめぐるディレンマ』

1.Introducción
ある墓碑銘
祖国をめぐるディレンマ(問題提起)
十八世紀スペインにおける愛国心
国家の批評とは

2.カダルソにおける愛国心
Defensa de la Nación
Solaya o los circasianos
Don Sancho García
Cartas Marruecas
(軍の文書)
Epitafios

3.その向こう側に見えるもの
Cosmopolitismo
Desengaño
Soledad

4.Conclusión
同時代の愛国心
(批評理論の見地から)
愛国心と疎外感

こうやってみると、目次にもなっていないなあ・・・。まあ、書いてみないと分からないものなので。

また、『論文が書き終わったときのご褒美』リストも作成。軽く10万円は超える買い物計画表。こちらは公表しません。

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そろそろ銀杏も

良い色になってきました。

コートを着て歩くキャンパスは、なかなか素敵です。Green_pattern

最近は学校へ行ってもすぐに帰ってきます。家で、すこし(かなり)遊んで、そのあとご飯を食べて勉強をすることにしています。で、思ったのは学校に行かなくても意外と勉強できるな、ということ。今までは『家では遊んじゃうから』と思っていたけれど、そして、それは確かにそうだけど、切羽詰っていることもあり、ちゃんと勉強する自分を再発見。

帰り際懐かしい人にお会いする。論文を出したら、会ってゆっくり話したいものです。そのこともご褒美のひとつにして、頑張ろう。

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『論文題目届』

なんとか必要書類の提出を果たした私。

どういうタイトルの論文を書く予定ですよ、というのをお知らせするのがこの『論文題目届』という書類です。もちろん、タイトルだけじゃなくて、この時点までで指導教員の先生と執筆の方針などについて、十分に議論を重ねておく必要があります。実際に論文を提出した後、複数の先生がそれをお読みになり、論文についての審査、質疑応答を経て、学位が授与されます。ですから、先生との議論の中には、審査の先生方の質疑に答えられるだけの基盤(先行研究の把握は十分か、など)があるか、ということと、論証の筋道が立っているか、議論としての整合性があるか、それから研究そのものの価値(将来的な発展のさせ方なども視野に入れて)を判断されることになります。

紆余曲折を経て決まった論文のタイトルは・・・

『ホセ・デ・カダルソ、祖国をめぐるディレンマ』

十八世紀スペインのある作家の愛国心をめぐる逡巡を、彼のテクストから明らかにすることを目的としています。『啓蒙のキマイラ』という素敵なタイトルは、また、いずれ。

残り30日余り。なんとか頑張ります。

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空が高い。空が青い。

プラモデルの箱を眺めてにんまりのわたし。

コート、着て行きました。今日は少し暖かかったのですが、それでも風邪ひきの私にはちょうど良い。遠い空を背景に、そろそろ黄色くなった木の葉を眺める。

論文は切羽詰っていますが、人の書いたものを読んでいて、「お、すごい」という論文に出会うと嬉しくなるね。

Helter_skelter傑作の呼び声高い、岡崎京子さんの『ヘルタースケルター』を買ってきましたが、書き終わるまで読めないと思います。もう、この子は漫画ばっかり買って!勉強しなさい!!


明日先生とお話させていただくので、今から設計図を・・・。

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風邪、晴れの日、風の強い日

くしゃみ、洟、すごい。

すっかり風邪ひきの私。薬を飲んで、深く眠る。ちょっと、元気になった気がする。

風邪のときは、オレンジジュースを飲むと治るんだよね。

噂のニルヴァーシュ、届きました。当分は組み立てないで、眺めて愉しみます。

すごく手が長いんだよね。素敵!

皆様、風邪など召しませぬよう。

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おかえり。

夕方4時ごろ、病院にはっぴぃを迎えに行く。たった一日の入院ですが、なぜか少し小さく見えるはっぴぃ。エリザベスカラーをつけて、待っていました。

元気そう!

お腹を二箇所切っているので、痛いのでしょうが我慢しています。ついでに(麻酔している間に)歯石を取ってもらったようで、歯がきれいになっていた!

もう手術することがないといいな、と思う。

お祈りしてくださった皆さん、ありがとう。来週抜糸に行く予定です。

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明日、迎えに行くからね。

朝、強い雨が降り、時々雷の音がする。はっぴぃが前手術したときも、雨だった。9時半ごろ病院へ連れて行って、預ける。全身で、「帰りたいよ」って言ってる。

午後になって、病院から電話があり、手術は無事に終わりました、とのこと。良かった。早かった。

面会も出来るそうですが、今日つれて帰ってこれるわけじゃないので(様子を見るため今日は入院。明日具合がよければ帰れるそうです)余計にかわいそうに思い、会いに行きませんでした。

病院のケージの中で、痛いのを我慢しながら、小さくなっているんだろうか。もう逢えないかもしれない、と思っているのだろうか。麻酔が切れて、なんで怪我してるんだろう、と不思議に思っているだろう。

明日、迎えに行くからね。

はっぴぃのいない我が家は、我が家ではないように、静寂に支配された、つまらない空間でした。

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11月は「迷いの歌」を

昨日、論文のことで、先生に相談に伺いました。さらに、テーマに疑問が付され、もはや「僕はなにやってるんでしょう」と思う。

でも、こんなに親身に色々指導していただいたのは生まれて初めてなので、なんだか不思議な感動に溺れています。

結果としては、研究の対象を少し収縮させる方向に向いた気がします。そして、恣意性を排除するための画策も。いいのよ、迷えば。先に転んでおけば。簡単に達成される目標には、意味がない。

11月には、「迷いの歌」が良く似合います。そっか、毎年11月は頭を抱えてるんだっけ。そう思ったら、季節の風物詩よな、と余裕も。

ニルヴァーシュの在庫ありました!わーい。提出後の楽しみが増えましたね。

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すごい夢

昼寝してたら、とってもすごい夢を見ました。

僕の出身大学(学部)の指導教官の先生に、今度書く論文の構想を説明していて、その最中「薄っぺらい研究をするやつだなぁ」と一喝されるという!

本当に怖かった。

ちなみに、実際のこの先生はすごく温厚な方です。

毎晩この夢を見たらノイローゼになりますね。。。本当にしかられないように、準備調査にも力が入ります。今週からは過酷な読書マラソンで、メモを取りながら僕の研究している作家の書いた作品すべてに目を通します。今までに読んだことはあるのですが、短期記憶で論文を書く僕の場合、書く寸前で読み直しておかないと、上手く思い出せないのです。

苦しい一週間です。目が疲れる・・・。

 


そんなわけで、

買います!買いますよ!ニルヴァーシュ spec2!!!
Nirvashspec2

いろいろ、出かけたけど、なかなか見つからなかったので、ついに通販に手を出すことに相成りました。まだ連絡がないので、在庫があるかも分からないのですが。

来たとしても、年末まで組み立てられないけど、眺めて過ごすつもりです。ふふふ。

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今週末は

11月11日、ワンワンワンワンの日。

はっぴぃは乳腺腫瘍の摘出手術を受けます。

実は、昨年も同じくらいの時期に膀胱の結石を取りました。今年も手術をしなくてはいけないこと、大変かわいそうで、申し訳ないです。

乳腺腫瘍については、メスのワンの場合はどうしてもなってしまうケースがあり、またなりやすい体質の子もいるようです。今は6歳なので体力もあるとの判断から手術することにしました。寒い時期にするのは、化膿する可能性が低いからです。

とはいえ、どうして手術するのか、どういう危険があるのか、ワンには言葉で説明をしてあげることが出来ません。はっぴぃにしてみたら一方的に麻酔をされて、目を覚ますと体に傷が出来ていることになります。それは、理不尽な暴力だと思います。ごめんね。ほんとうにごめんね。

腫瘍は以前からしこりがあることを確認しており、手術の時期を見計らっていました。ストルバイト症候群という別の病気(尿のアルカリ性値が高いため食餌療法を行う)が落ち着きを見せ、寒くなってから、というのがお医者さんと私たちの希望でした。同時に、散髪をした状態で、体毛が短いときにやってあげたかったので、この時期になりました。

最近涼しくなったので、毛布を出すと、はっぴぃがちゃんとその上で眠っています。人間ちゃんの毛布だということには気が付いていません。『お前のものは俺のもの』というジャイアニズムを発揮しています。

もしよければ、週末のワンワンワンワンの日、はっぴぃのためにお祈りしてくださいね。Happy_1

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遊戯・計画・色彩

眠くて、といって9時前に溺れるように眠ってしまった。最後のほうで、夢を見ていたけれど、頭の中で必要のないことを整理しているような感覚の夢だった。

今年論文を提出する僕にとって、去年提出して博士課程に進んだ方たちが、『風邪はひかないように』といってくれるのがとても嬉しい今日この頃。社交辞令じゃない重みがある。

経験者は語る、じゃないけれど、書いているテーマ、内容はみなそれぞれに異なりながら、やはりそこにある苦しさみたいなものを共有しているせいでしょうね。とはいえ、この苦しさもひとつの楽しい。楽しいからやっているには違いない。苦痛を伴う遊び。

確かに、この時期に風邪をひくと、どうしようもないことになってしまうから、実に親身なアドヴァイスなのです。そのほか、提出にかかわる瑣末な事柄についても、色々と質問してしまうのですが、ちゃんと教えてくれて、大変ありがたい。

さて、執筆にかかる作業計画を紙に書き出して、「まあ、こんなものだろう」と思った僕。ついでにパソコンで作ってみて、色彩で彩ってみる。なんとなく、予定表がいとしく思えますね。予定通りに進むことを祈っています!Itineraria

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Reader's HIGH

論文を書く前には、あれこれと考えをまとめるために幼稚な落書きをする私。今回は、まだそこまで至っていませんが、広がりすぎた話をどれだけ収束させるか、ということに意識を集中したいと考えながら、週末を過ごしています。

論文に関しては、様々な情報を整理して、ストックする作業が必要になりますが、ad hoc的に書くことが多い私の場合、基本的に短期記憶に依存することになります。もちろん、付箋を使ったり、傍線を引いたりするのですが、「こういう内容のことが大体この辺に書いてあった気がする」という記憶で探すことが多いです。

どうしてそういう方法になったのか、というと、情報カードに文字を書くスピードが遅く、その管理にも限界を感じているため。手で書いた自分の文字がかなり判読しづらいため(筆記体は想像を超えています!)。短期記憶に依存した方が、検索が早いため。

欠点はあります。短期記憶ですから、1,2週間のうちに書き上げないといけません。一日に記憶できる量にある程度の限度があります。検索の失敗(使いたい箇所が見つからない)もままあります。

ただし、短期記憶に留めていたものを元に、それをテクスト化してしまえば、あとでそれを参照することは可能なので、プロトタイプだけが1,2週間のうちに出来上がれば問題がないのです。

こういう方式は、パソコンのお蔭で成立している気がします。記述速度が飛躍的に上がったことは、何よりもありがたい。

さて、天気もよさそうで、外に出ないのも不健康なので、ちょっとお出かけしてきます。この数日ものすごい速度で文献を読んでいるので、そろそろ頭が休息を欲しています。まだ読めそうなリーダーズ・ハイですが、先は長いので・・・。

今日はフルムーン!良い夜を!

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たわいもない話

秋口になると決まって風邪をひく。

以前病院へ行ったときに、こんなことがあった。

母親に連れられて病院へ来た子供が泣き喚いている。とはいえ、病院が嫌だというわけでもないように思われた。ただ、『痛いの!』と連呼していた。

あまりにその子がうるさいために、母親は宥めようと必死だったが、終いには「何が痛いの。」と逆に叱るように問いただした。

当然のことだけれど、子供のボキャブラリは豊富ではない。頭が痛いの、おなかが痛いの、と母親が次々と聞き、子供はそれをことごとく否定していく。その中で、『おなかがムカムカするの?』と母親が聞いたときに、一瞬その子が泣き止んだ。そして、また堰を切ったように泣き叫び始める。今度は「ムカムカする」、と連呼しながら。

おそらく、その子供のボキャブラリに『おなかがムカムカする』という表現はなかった。だから、それにはじめて遭遇して、子供は驚嘆したにちがいない。そのまま、その子供は泣き喚き続けた。

痛みという感覚は、けして共有できない、誰とも。それに名を与えるという行為と、新たにそれを獲得したという驚愕が、恐らくはその一瞬の沈黙の原因だ。比喩で語ることは、用意ではない。それは、語る主体において理解されているものが、聞く主体にとって同様に意味を成すという確証を持たないためだ。

刺すように痛い。何が刺しているのか?刺すものを同定できずに、ただそのシミル(比喩)は一人歩きしている。ちくちく痛む、ひりひりする・・・。

今日、つぎのような一文を目にした:

他方で、痛みというような「感覚言語」にかんしても、その”対象”は本来あやふやである。われわれは、ここに机があるというようには、痛みが在るとはいえない。そもそも「痛み」なるものが実在するのではない。それは、「言語ゲーム」のなかで習得された言葉の用法に過ぎない。(柄谷行人『探求I』)

ウィトゲンシュタインの後期哲学に現れる言語ゲームに関連した、「私的言語」を取り上げている箇所で見つけたものである。

子供はその後、待合室のロビーで嘔吐する。定義を明確に教わったのでもないのに、明晰に共同体(コミュニティ)のなかで、同一的な意味(理解)のもとに使用されている表現を体得した、歴史的な瞬間でそれはあった。

たわいもない話ではあるが。

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月が満ちてゆく

コートの人が増えてきましたね。

僕の通っている大学には銀杏の木がたくさん植えてあって、その葉が黄葉すると夢のような景色になります(今年はまだなっていません)。そして、すごいのはその葉が地面に落ちたとき。およそ学祭の時期なのですが、金色のじゅうたんを敷き詰めたようになるのです。青空の日には、気絶しそうになります。

僕は忙しい人間ではないので、歩いていてよく空を見上げて立ち止まることがありますが、秋はそんな気持ちになることが多い。

話は変わって、コーネリアスの新譜を聴いています。かっこいいのだけれど、これをかっこ悪いといえる人がいないと思うと、逆に。

別に僕が聴かなくてもいいかも、とさえ。

アマチュアですが、こういう音を出せる人を僕は一人知っている。

ヨネザアド心理学用語で言う、トロエッパが噴出していないと作れない音楽です。

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大学二年生、6月

大学二年生、6月 sophomoric june

 気分が悪くて、と言って教室から静かに外へ出て、中庭のベンチに座って煙草に火をつけた。煙草が吸いたくて外へ出てきたんじゃない。気分が悪いのは嘘じゃない。どうしたら、落ち着くことが出来るのか分からないから、とりあえず火をつけて、深く吸い込んでみただけだ。六月の空は薄い水色で、どことなく儚い。幸福はすべてガラスのようなものだと、言葉を使わずに人に伝える色だ。八階建ての校舎と、五階建ての図書館が平行して向かい合っている中庭で、幾何学的に切り取られた、いたいけな空が広がる。授業のない学生が煙草を吸うのに、こんなにふさわしい場所はない。赤茶色のレンガと薄い水色のコントラストは、僕の不安を優しく弛緩させる。
 「かばん置きっぱなし」と声がして、隣に彩が座った。僕にトートバッグを手渡して、自分のハンドバッグからセーラムの箱を取り出す。
 「やめるっていってなかったっけ」
 「やめたよ。でも孝治のせいでまた吸いたくなった。中毒性のあるものを堂々と売ってるのが悪いのよ。政治の貧困よね」
 パールピンクの細いライターを弄びながら、彩は煙を吐き出し、三口も吸うとそれを下に捨てて、高いヒールで器用に踏みつける。
 「煙草もビールもおいしいのは最初の一口だけね。あとは、もう貧乏くさくて」
 「火をつけたばかりだと、捨てるのが惜しくて、最後まで吸ってしまうんだろうなあ」僕も短くなった煙草を足で踏みつけて火を消してから、彩の吸殻といっしょに携帯用の灰皿に入れる。
 「ルソーがね」ゆっくりと僕の肩にもたれかかりながら、独り言のように小さな声で彩が言う。「『樹から追われたら、そこを捨てて別の樹へ移ればいい』って言ってたよ。ねぇ、アタシはいつも孝治が一人でぷいっとどこかへ行ってしまうような気がする。かばんも置きっぱなしでね」
 彩の頭の重さを感じながら、僕は人間の肩がこんなにも敏感であることに驚かされる。僕たちは意識を集中しないことで、わざと鈍感になって生きているのかもしれない。その方が生きやすいからだ。
 「そうしたら、アタシはどこへ探しに行けばいいんだろう・・・・・・」
 六月のキャンパスには学生が少ない。悪魔の季節である美しい五月に、誰も彼もが不安に足をとられ、姿を消していくから。そうして、多すぎず、少なすぎない人口密度のキャンパスが新しく生み出される。これは、大学で毎年繰り返される創世神話なんだ。
 「ジャン・ジャックは・・・・・・正しいと思う」
 僕は彩の髪をなでる。
 僕の髪と全然違う。
 花の香りがする。
 滑らかに指が滑っていく。

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