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2006年9月

秋・花

秋もたくさん、花が咲くのですね。Rose_3

秋・冬の方が生き物としての強さがアップする私です。夏に論文を出せといわれても無理そうですが、冬ならば、OKな気がする。今はそんな気がするのです。

だって、締切日は僕の誕生日なんだもの。

全50話の『交響詩篇エウレカセブン』は、21話「ランナウェイ」で断念。遠い道のりですね。



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優雅な地下室

Sky_cut雨でも、晴れでも、深く考えに沈むときには、関係がない。

世界で何が起こっていても、優雅な地下室には、聴こえない。

地下室から出るときには、いいアイディアが浮かんでいるといいなぁ。

朝晩、寒くなりましたね。お風邪など召しませぬよう。

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母校

僕は高校に二年しか通ってないんだけど、先ほど母校のホームページを覗いて見ました。懐かしいですね。先生方の残留率が割に長い学校だと思いますが、それでも櫛の歯が落ちるように、皆様去ってゆかれる。

遅刻魔だったし、かなり自由な学校だった(制服もなかった)。あの時にいっぱい本を読んでたら良かったのに、上手くならないギターの練習しかしてなかった・・・。在校中、音楽の先生にヴァイオリンを習いに行ったら、なぜか『弦楽同好会』というのを立ち上げることになり、気づいたら卒業後部活に昇格していて、ちょっと嬉しい。ヴァイオリンも上手くならなかったなあ・・・。10年以上弾いてない。

授業で教わったことは何もないけれど、その学校に行って良かったな、と今も思う。お世話になった先生とは、年賀状を送りあっています。僕が今の大学(大学院ね)に行くことになったときも、大変喜んでくれて、嬉しかったです。

ちなみに、僕のお兄ちゃんも同じ学校の卒業生なのです。

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しのび足で

雨が止んだ。

秋がしのび足でやってきた。

夜もしのび足でやってきた。

だから、ほら、こんなにかっこいい月が、夜空にはっつけてある。Moon

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その姿に

Treeコートの人がいて、驚いた。この時期は、どんな服装をしていいのか、本当に困る。午前中は病院に行って、午後から学校へ。

気づかないうちにどこかに頭をぶつけたのか、後頭部が痛い。どうしたんだろう。

写真の木は、僕が学校で本を読んで、出てくるときにいつも目にする木です。ずっしりと、実に頼もしい。秋は、葉のない木が主役。硬質なその姿に、魅せられる。

危険な毒を水に融かしたように、秋の青は心地よい。

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ほのぼの。

Busなんとなく、かわいくて田舎っぽいカラーリングのバス。千葉県木更津市を走っています。

ほのぼのバスですなぁ。

学校の構内で銀杏の実が落ち始めてたーいへん。でも、黄葉の光景は、映画のようであります。是非写真におさめたい。

待ち遠しいです。

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法務省を讃えて

今朝の朝日新聞に次のような記事がありました。

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法務省の「今後の外国人の受け入れに関するプロジェクトチーム(PT)」は22日、「外国人研修・技能実習制度」を将来的に廃止する基本方針を発表した。

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素晴らしいことです。

法務省は賢いなあ、と肯いてしまう。実態として、安い賃金で働く労働力として研修・技能実習という特殊な形での、外国人の出入国を管理してきた法務省が、『言ってることとやってることが違うじゃん』という率直な対応を見せました。

研修・技能実習は、日本国内で技術を学ぶために外国から期限付きでやってくる産業留学生のこと。ここには二つの区分があって、トヨタとか日産とか、ソニーといった大企業で行う研修を企業単独型研修といいます。これはきちんとしています。もうひとつ、協同組合などを一次受け入れ機関、そのメンバーの中小企業を二次受け入れ機関(実際の受け入れ先)とする、団体監理型研修というものがあります。後者について、少し意見を述べたい。

協同組合が責任を持って監理にあたり、でも、実態は倒産寸前のわけ分からない小さな工場で、想像を超えた残業や、技能習得などおぼつかない単純労働、日本人の若者が嫌がる仕事に従事しているのが実情。協同組合を作るのは結構簡単なので、自分の配偶者の会社や、知り合いの同業者で集まって立ち上げて、『協同組合です』と言ってるところはたくさんあります。制度も法律も詳しい人がいない場所で、監理なんてできるのでしょうか?

仕事がそこにあり、働きたいという人がいるのならそれでいいじゃないか?とはいえ、日本で単純労働での外国人労働力の受け入れを極力避けてきました。どうしてかというと、爆発的に外国人人口が増えてしまうから。

たとえば、僕が自分の国で一生かかっても稼げないくらいの給料を2,3年日本で仕事をしたらもらえるよ、といわれたら。そりゃ、魅力的ですね。Go westならぬGo eastで、アジアの国から人間が押し寄せますよ。

同じような実例は過去に、ドイツで起こりました。殖産工業の発展にどうしても働き手が足りなかったので、トルコ人を受け入れるという政策を採ったのです。結果、どうなったかというと、仕事の見つからないドイツ人の若者がトルコ人差別をするということになってしまった。ここでいう差別は暴力も含んでいます。ただ、こういうドイツ人の若者は、それまでトルコ人がつとめていた仕事をするはずはないんです。そんな仕事、俺様に出来るか、という仕事なので。だから、これは腹いせなのです。

日本は、アジアの近隣の国々と仲良くするという政策を採って来ませんでした。だから、突然こういった国々の人達が入ってきたときに、生じる摩擦は未知数です。差別が起こるのではないか?産業をのっとられるのではないか?もっと下世話に言えば、お金が出て行ってしまうのではないか、という。

人手はほしい、でも居座られたら困る。狭い領域に閉じ込めて、安い賃金で働かせられないものか?これは、中小企業のニーズとも見事に合致し、研修・技能実習という不思議な制度を機能させています。

文言を読むと、この制度、すごく良い制度です。でも、実態は、どうでしょうか?

まず、彼らの入国資格が研修で入っているので、研修期間中は賃金はもらえません。その代わりに研修手当てという生活費がもらえます。賃金でない以上、最低賃金以下でもかまわないのです。生活環境の保証を受け入れ側で整備するよう奨励されていますが、せまっ苦しい社員寮の一部屋に5人とかで済まされたりしても、文句は言えません。規定がないので、違反してるといえないのです。
2年目、3年目は技能実習生となります。ここで、研修から滞在資格が変わります。普通そういうことは出入国管理上ありえないのですが、無理やり変えます。今度は労働者です。最低賃金で働かせます。そして、残業もさせていいことになってます。想像を越えた時間するわけです。今度は研修生とは違うので、すんでるところの家賃を取るわけです。これで、稼いだお金を会社に還元させます。あと1週間で帰国というときに、どうなるのでしょうか?疾走しちゃうんです。どこに行くか、というともっと稼ぎの良い仕事をしに行くわけです。これで見事不法滞在者の仲間入り。

日本にいる期間にパスポートを取り上げられたり、虐待を受けたり、さらには性的虐待を受けたり、『飛ばし』といって全然違う場所で仕事をさせられたりすることもあります。朝日新聞が以前特集していました。正真正銘の人権侵害です。蹂躙だ。

実際には上手くいっているケースもあるんです。会社の日本人と、研修・技能実習でやってきた外国人が仲良く仕事をしているケースもあるんです。ただ、それが酷いケースを相殺するわけではないのです。制度そのものとして、今そこで起こっている悪い事案をどう是正するか、ということが当然の問題となる。その中で、今回の法務省は、

『やめようよ、こういうことするの。』

といっているわけです。これで驚くのは、他の省庁です。厚生労働省も、外務省も、経済産業省も、農水も国土交通も、その他関係ある省庁はたくさんあります。それを、水際の法務省がノンを示そうというわけです。まだ示したわけではありません。これで、他の省庁にメッセージを発しているわけです。

反発は、もういつ倒産するかもしれない中小企業から出てきます。もう3ヶ月も社員に給料を払えずにいるようなところです。そんなことされたら、うちはつぶれてしまうぞ、と。中小企業を見殺しにするのか?と。

でもね、そういうところに研修・技能実習で人を入れてることのほうが問題なのです。例えば、縫製業なんかは必死です。自動車関係の下請けも最近問題になってましたね。日本は中小企業が経済構造を下支えしているから、そういうところがなくなるとすごく困ってしまう。どうするか?そして、働きたいといって日本に来る(不法入国も後を絶たない)外国人の受け皿をどうするか?この2点が目に見えて重要です。

前者は、全くの部外者であるところの視点として、提案するのですが、中小企業間で大々的に企業合併を行えばよろしい。つまり、既存の協同組合ぐらいの枠組みまで統合してしまえば良い。異業種も巻き込んで、ガンガンやってしまう。経産省が一件当たり100万円くらい補助金を出して促進する。そして統合して2,3年はなんらかの優遇措置をとる。そうすれば、大企業の意向に振り回されて泣きを見てきた弱者ではなくなるのです。人間的なしがらみを捨てなさい、ということが前提です。

後者は、簡単です。基本的に『来るもの拒まず』で、ただし『きちんとした人』しか来ないでください、ということを明言する。法務省はさすがで、日本語が出来る人、という制限を考えています。

労働人口は減る、外国人はきらい、それじゃグローバリズムとか国際的な競争力とか言っても空々しいですね。

じつは、世界で最も賃金の高い国のひとつである日本にアジア全体から優秀な人が来ることは望ましいことなのです。現在の袋小路的な制度だとおかしな人が入ってくる可能性が高い。けれど、大々的に門戸を開くと、入ってきた後にも優劣の淘汰がきちんとできる。仕方なく受け入れるんじゃなくて、日本語も出来て技術も高いという人を、企業が選べる。

日本は今が旬なんですよ。ブランド力があります。島国なので、海を渡ったことのないアジアの国の人には夢も与えます。『俺は日本で働いてるぜ』とみんな言いたいんです。Japanって、かっこいいんです。最終音節にアクセントのある国名はパンチがある。

アジアは人口も多いので、すごい人材がごろごろしています。アメリカもEUもほしいんです。なんで取れないか?遠いからです。旅費を出すから、お願い、アメリカに来て、ということが出来ないんです。でも、日本は違う。お金を出さなくても来てくれます。お願いしなくても、コンテナに隠れても、サメに襲われるリスクを犯しても来てくれるんです。

受け入れてしまえ!!! 

それが結論です。

上手くいかなかったとき、問題が生じたときにどうするんだ?という意見は最もです。ただ、この場合に、国際間で協議できる余地があるんです。M国から来る人は日本語も出来ないし、これこれという問題がある、というようにその国に文句が言えるんです。かつ、自由化することによって、こっちの国の人のほうがしっかりしてる、という風に買手市場に出来ます。今は売り手市場なんですよ。それは不利でしょう。

アジアの全ての国が労働力という商品を売りあう巨大なマーケットに、日本という場所を変える最初で最後のチャンスです。もう、円高におびえなくてもいいんですよ。ミサイルが撃たれたときに抗議してくれる仲間も2桁で増加するんですよ。自国の商品(労働力)をおいているマーケットが襲撃されたら、死活問題ですから。EUに入れないロシアは必ず下手に出てきます。プーチンとも仲良くなれます。これで石油も安心なり。

法務省の英断を大いに讃えるとともに、世界の4分の1くらいのサイズで日本経済を活性化させる方法として、ちょっと考えるきっかけにしてほしいです。

長くなりました。ごめんね。なお、上記は全て、個人的な主張です。特定の個人、団体を攻撃する目的は全くありませんことを、申し添えます。

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であえ、であえ!

Shinobi先日、皇居のお堀でくせ者発見。掃除か、工事か。忍びの者ではあるまいな・・・。

留まることを知らないこの秋のヘヴィ・ロー・テンション。心配してメキシコからメッセージをくれた奇特な方も。。。

まあ、誰も自分以外の誰にもなれないからね。もう少し忍んでみます。

梅酒を飲みながら、世界中に散っている友達がハッピィである事を切に願う。

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遠く離れても
光を失くさずにいたら
そこにいることを
僕は知っているから

君と離れても
君の名を風に聴く
星と星の対話のように

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余りに美しく

余りにも美しい秋の空で、見上げると、ゆっくりと心は閉ざされていく。

悲しいことは、たぶん、何もないはずなのに、

夕方僕は泣きたくなってしまったよ。

もう、そんなときは写真なんか撮ってらんないな。

だから、写真はありません。

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「大丈夫」と、何回も、何回も繰り返して言う。


なにが、大丈夫なのか。

なにが大丈夫じゃないのか。

言葉にしてしまうことを、強くためらいながら、なかったことにして、嵐が過ぎ去るのを待つのです。

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今日から集中講義

Scrape_the_sky 英語教育史を取り扱った集中講義が今日から始まりました。なんと、先生は僕が学部時代に英語の教科教育法を担当していただいた方です(僕は英語の教員免許を取ったので)。

授業の合間にご挨拶に伺うと、ちゃんと覚えていてくださいました。

当時モヒカンで、恐ろしげな風貌の私でしたが、気さくにお話してくれる先生でした。立派になったね、とのお言葉をいただきました。当時、『見た目は凄かったけど真面目な・・・』とのこと。

在籍していた大学でも相当にドロップアウトな雰囲気を出していた私ですが、なんだかんだいって学問の世界に残っているのは、この先生をはじめ『あいつはホントは良くできるから』と影に日向に庇ってくれたり、支えてくれた先生方がいたからです(その分僕を嫌っている先生も沢山いましたが。蓼食う虫も、ですね)。感謝。

人間どこで、どんな出会いがあるか分からないものです。

さて、その先生は大きな研究をまとめて、出版されました。学術出版というのは日の当たりにくい世界ですが、素人の僕が読んでも『いい仕事だな』と思うものです。

今後のご栄進を祈念するとともに、今週いっぱいよろしくお願いします。

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うっとり・・・

「モテ」がキーワードのファッション業界で、自分のための「身を装う(粧)」ことがおざなりになっているような気がする。

そんな中で、ひときわ美しい存在感を放っているのは資生堂のマキアージュなのですが、モデルの4人の女性が余りにも凄いオーラを出しすぎているのでちょっと近寄りがたい気もする。

今日特に取り上げたいのは、「しっとり、うっとり、お嬢様フェイス」をコピーとするカネボウのREVUEです。こちらも透き通るような美しさで、オーラを撒き散らしている加藤あいさんがキャラクターとなっており、普通の化粧品より一段上、という敷居の高さをアピールしています。

お嬢様、というのは男の側からも女の側からも「理想」であって、双方を見事に取り込む魅力を備えたコピーですね。また、今最も魅力的だと僕が思う加藤あいさんが出演されているCMも、静謐な上品さに溢れています。

春のコスメCMではマキアージュの圧倒的な戦略に席巻され、その後同商品をめぐる見せ方戦略の是非を巡る議論を読んだことがあります。「見た目重視」を加速させているのでは、と悪者扱いする論調だったのですが、僕は「自分をどう見せたいか」ということをしっかり意識できる人は素晴らしいと考えているので、マキアージュに対抗して化粧品各社がどういう戦略を打ち出すのか、興味があります。

この秋、肌色を前面に押し出した資生堂に対して、落ち着いたピンクの中に加藤あいさんの凛とした美しさが立ち上がるカネボウ。僕の中では後者に軍配が上がりました。

見つめても、見つめても彼方を見通せないほど奥が深い、そういう魅力を持っている気がします。あなたのことが、わからないから、もっと知りたい。そんな気にさせる女性は魅力的だと思う。もちろん、男性も。

どちらのホームページにもオン・エアCMを見られるコーナーのほか、メイクテクニックや壁紙ダウンロードなどの特典があります。みるだけで、美しくなれそう。是非お足運びください。

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それから、カネボウのシャンプー「いち髪」のホームページも素晴らしく美しいので、是非見てください。かなり素敵なつくりです。資生堂TSUBAKIに対抗できるかな?

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オペラ座の怪人

劇団四季による『オペラ座の怪人』の公演は先日9月10日に4000回を迎えました。おめでとうございます。

その『怪人』も来年3月21日を以って千秋楽を迎えます。劇団四季といえば、というほど代表的な演目のひとつでした。今日から千秋楽までのチケットが発売されました。僕も12月後半のチケットを取る事ができました。

12月に修士論文を提出するので、『怪人』を見ることを心の励みに、頑張って書きたいと思っています。Phantom

今朝夢の中で、いろんな人に『論文どう?何を書いてるの?』と聞かれる困った夢を見ました。やはり心のどこかで気にかかっているのでしょうね。

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ロマンス

今、ホロコースト関係の小説を読んでいます。スペインの作家、フアナ・サラベールさんがセイス・バラルという文学賞を受賞された作品です。けれど、ユダヤ人そのものについての知識、戦争の際の状況、とりわけドイツ以外の国で何が起こっていたのか、ということを知らないので、ユダヤ人についての本も参考に読んでいます。読書が連鎖的に、他の知識の呼び水となることは嬉しいことですね。

本をよく読む人の話を聴いていたり、書いたものを読んでいて、もっといっぱい読みたいな、と思う。今日は高校生の愛書家のページを見て、すごく勇気付けられたのです。もう、部屋中本で、すごいなー、と。とりわけ、節操なくいろいろなものを読んでいるのが良いな、と思うの。小説がメインだけど、その中でも新旧分け隔てなく読んでいて、すごいと思いました。僕が高校生のころ、そんなに本を読んでいなかったので、恥ずかしいですが、きっとその人は素敵な大人になっていくのでしょう。本来ならご紹介したいのですが、ご迷惑がかかるかもしれないので差し控えます。

関係ないのですが、6,7,8月などは英語の月名だとRが入っていません。この期間はちょうどカキを食べると食中毒を起こしやすい時期のため、「Rのない月はカキを食べない。食べるならRの月(R months)にしなさい」といわれます(付いてる月には絶対食べるとか、そういうことではありません。おいしいときに食べるのが基本です)。Ceu

このR months、ロマンスと読んでも素敵だね(ホントは違います)。

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6,7,8月は迷える森のように 言葉ひとつ口にせず

会えないあなたのイメージャリに 恋する言葉書き連ねた

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木になるカキも気になる秋に。

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もはや

Greenもはや、元々が何であったかさえわからないくらい蔦が絡んでいますね。日本橋三越の近くです。先日"カットソー"を買いました。そして、それは"カット・アンド・ソウン"というべきなのでは、と繰り返し考えていました。「のこぎり」と勘違いしちゃうもの。それでも意味が分からないけど。最後に、和訳すると『裁縫』かぁ、と思った。もはや、元々が何であったかさえわからない。

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September, in Aquarium ...

魚は夜眠るのかしら?Sia

今日は水族館へ行ってきました。最後に行ったのは、たぶん10年位前で、シドニーだと思います。すごく前です。

水曜日は水族館に。そういうものです。

水の中の生き物は、本当に色々な形と色彩を持っていて、進化の複雑なマジックを目の当たりに見せてくれます。

昨夜、モーパッサンを読みながら「コルタサルみたい」と思って、水族館で山椒魚を見ながら、またコルタサルを思い出した。

コルタサルの日だったのかもしれない。

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日本初の快挙!

おめでとうございます!

日本がついに世界を制覇しました。そのあふれるばかりのエアネスで世界に平和の種を広げていってほしいものです。

というのは、先日開催されたエアギター世界選手権で日本代表選手が栄えある世界一の座を獲得したニュース。素晴らしい。

映像はこちら。関連ニュースはエアギターで検索してみてください。金剛地さんは3年連続4位の悲願ならず、5位でした。

私も来年は参戦したいものです。今から練習に力が入ります。まずはしっかりチューニング。

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WAR FREE

Green_belt_1 こんなに世界は美しいのに
それに気づかずに
不平不満ばかりを並べ時間を殺す

それでも 僕が見るように
世界を眺めることが出来たら
世の中には 諍いや戦争はなくなるでしょう

だから
この歌に
命を与え
世界中にプレゼント

いつか
願いが
叶うときには
誰も泣かなくていい


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so, let's not think the people who do different are all that kind of heterodox


and let's start share the point of view without the loss of respect

Blue_belt

to be calm, to be free from what chains you is not so easy sometimes, but if you want, I can tell you the knack


one afternoon, I stare the sky as the reflection of the world


blue so blue and transparent


as my dreams and yours


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顔面を吹き飛ばす

銃口を下に向けよ

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若冲、えがく

とにかく夏の日差しいっぱいの今日、皇居、三の丸尚蔵館で公開している若冲の作品を見に行きました。写実じゃない、もはや、CGみたいになってる鳥とか花とかが画面に踊る。魚介(さかなとたこ・いか)の図だけ図鑑みたいでした。

絶望的に華麗、豪奢でした。

それなのに、この寂しさはなんだ。

なぜ若冲はこんなにも悲しい。

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Due Date

Due_date あまり、人気のない本だということは分かるのですが、不思議なことに気がつきました。返却期限が9/14に集中しています。なぜかしら?何が起こるのでしょう。

ちなみに、Condillacの『感覚論(下)』です。

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時をかける少女

時間を元に戻す、そんな能力があったらあなたはどんな過去へ戻りますか?

みたい、みたいと思っていた劇場アニメーション映画『時をかける少女』、ついに見てきました。

原作は僕の大好きな筒井康隆さん。僕が劇場でアニメーション映画を見たのは10年以上前のことです。夏休みに公開されて、学校が休みの中高生を中心に観客層を広げていたのかと思いきや、それなりに年配の方も会場に足を運んでいらっしゃいました。

全編、空の青が美しい映像と、細かいディテールが嬉しくなる作り。たとえば、主人公たちの通う高校は東京女子大をモデルに設定されていますし、美術館でレスタウラトーレとして働くおばの事務室の後ろには、あのベルリンの至宝展のポスターが!

人はたくさんのものを手のひらからこぼしながら、前へ進んでいきます。そして、自分の都合に合わないことがほとんどでしょう。時間を巻き戻して、やり直せるのなら、食べ損ねたプリンも食べられるし、望まなかった現在も回避できる。けれど、それによってもうひとつの現在にひずみが生じてしまう。なかったはずの今をまた修復しながら、時を遡り続ける。

その能力に限りがあるなら、最後の一回は、誰のために使いますか?

公式ホームページはこちらから(劇場用トレーラも見ることができます)。テアトル系の劇場で順次公開されていく模様。お近くまで来たら、是非。

どうか、あなたの、一番大切な人と見てください。

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メレンデスの続き

Ventanas虫の声が涼しい9月ですね。

今週は楽しみなことがある私です。

以前Meléndez Valdésのことをとりあげたのすが、さらに補足を。

いわゆるベタベタの恋愛詩だけが彼のすごいところではありません。この恋愛詩は、まあパターンが決まっているのでそれを踏襲すれば大体の人が書ける様になり、あとは器用に組み合わせることで完成度が上がったり、下がったり。その中でダントツで凄かったのは彼です。

けれど、さらに凄いのは、やはり天才ですが、ひとつところに留まらずに新しい場所へ踏み出していくのですね。それは、どのような世界か、というと、これが僕の関心でもある、いわゆる「ロマン主義」と世界に呼ばれている領域です。

ロマン主義という言葉は、いろんな人がいろんな場所で好き勝手に使っているために、もはや何も意味を成さない(機能不全)と、ある碩学が言っています。僕もそう思います。ロマン主義、という言葉を使わずにそれを上手く描き出す方法を僕は見出したいと思っています。

それはさておいて、Meléndez Valdésが新しい感性の先駆けだと言うことが出来るのは、平たく言えば、『嘆き節』です。

この世界の苦悩をすべて自分が背負っているような、もはや天も地も自分の幸福の妨げとなることをたくらんでいるのでは、というような感性。彼はこれをFastidio Universal(宇宙的苦悩)という名で以って読んだことがありますけれど、これがドイツのゲーテ、フランスのルソーを遥かに凌駕する発明なのです。発明というのはなぜか、というと、こういう苦しみ方、嘆き方、というのはそれまでないのですね。型が出来て後の世の人がそれを踏襲し、習慣化する。いわゆる自殺文学は始まって200年くらいの若い文学なんですね(もちろん自殺がモチーフとして現れる文学はたくさんあります。けれど、行為が目的と化した『自殺のための自殺』が現れるのは18世紀末だといえます)。

そういう意味で、今日も変わらず、憂鬱な面持ちの青少年たちの始祖として、美しい言葉を数多つむぎだしたこのサラマンカの詩人は重要なのです。あなたの、その言葉に出来ない切なさを、200年前に彼は詩にしているかも知れません。

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食べ食べ

もち吉というお店のお煎餅がとてもおいしい。いろいろなところにお店があるようなので、ぜひお試しください。

それから、今日は生まれて初めて「くさや」を食べました。八丈島帰りの友人にお願いしたお土産。ショックを受けるほどのにおいでしたが、においは文化だからね。納豆とかチーズとか。おいしくいただきました。

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This is not the WORST!

Kirikabu 9月にはいってから、きわめて低い場所を、飛んでいる。

だから、そういう時は外に出た方が良い。学校に行くと、誰かに会えるかもしれない。こういうときに、心配してくれる人がいると、なんて嬉しいのでしょう。

そして、「空が秋だよ」と教えられる。

これが一番悪いときではない、というのは、優しくはないけれど、心強い言葉です。

落ち込んでいる気分のときに、小説を読んだり、音楽を聴いたりすると、上手く心を逸らせてくれるものもあれば、そうでないものもあって・・・。この数日はフアン・メレンデス・バルデス(Juan Meléndez Valdés)というスペインの詩人の詩を読んでいます。

僕は彼の詩はあまり知らなかったのですが、こんなにきれいな詩があるんだ、と正直はっとさせられる。スペイン語でよく分からないはずなのに、すっと心に入ってくるのですね。

十八世紀の文学は『簡潔を旨とせよ』というようなところがあります。なぜかというと、それに先立つ十七世紀の文学でおよそバロック、マニエリスムは盛大に花開き、「もう、何がなんだかわからんぞ」という詩が世の中を埋め尽くしました。

それが悪いというわけじゃないけれど、歴史というのは振り子のように、前の時代への反動でつむぎ上げられているところがあるので、「もっと素朴で、美しい詩を。そう、過ぎし古代の牧歌的な作品を!」という動きが見られます。もちろん、古代の牧歌的な作品というのは幻想ですね。だって、ギリシア・ローマの時代にどんな生活があったなんて、誰にも分からないんだから。だけど、そこにある種のユートピアを仮定して、それに向かって自分たちの理想の世界を作る。近代にもトランセンデンタリスムという動きがありましたし、武者小路実篤も新しい村を作ったりしたので、これも繰り返された運動です。

こういう動きが起こるとき、それがアンチテーゼとなる理由が社会的にあるのだと思います。十八世紀ヨーロッパを考えると、宮廷文化華やかなりし頃で、『ベルサイユのばら』前夜です。そう、フランス革命が1789年ですから、そのクライマックスへ向かって、豪壮華美はすさまじい勢いで走っていくのです。これに嫌気を覚える、という態度は魅力的ではないですか?

どういうことか。騒がしいパーティの会場で『人ごみが苦手なんだ。ああ、僕はどこか静かな荘園に引きこもって愛する人と、詩を作って暮らしたいのさ』と、とてもおしゃれな服装の、ハンサムな貴族があなたの耳元でささやく。それから、『夜風にでも当たりませんか』とか口にするわけです。

そういう文化の中で初めて効果的なポーズになるわけです。

ちょっと、牧歌的な雰囲気の幻想について書きすぎてしまったけれど、まあそういう部分もある。もちろん、ちゃんと古典を勉強して詩を書いている人たちもいるわけで、そういう人たちは恋愛詩を高く評価しました。

素朴な自然と恋人の美しさを賞賛する、というタイプの詩がたくさんあります。小川が流れていて、鳥がさえずり、セフィロ(西風の神)が草原を駆けていく。僕が小鳥ならあなたの胸元に巣を掛けるでしょう。とか、なんとか。多少のエロティックな表現も薫ります。

説明だけ読んだら、いわゆる恋愛詩のイメージに過ぎないでしょうか?そうなんです。こういう恋愛詩はいつの時代もあります。ただ、上手に作るか、否か、という。その中でメレンデス・バルデスは十八世紀最強の詩人です。

作品をお見せできなくて残念です。時間があるときに、翻訳しましょう。

ちなみに、メレンデスの詩の先生がカダルソという僕の研究している作家です。サラマンカという街がスペインにあって、サラマンカ派(※)という詩人のグループがあるのですが、彼らはその代表です。

※サラマンカ派は歴史上複数あり、十八世紀のそれと必ずしも同一ではありません。もちろん、同じ街の詩人に対するリスペクトは在りますが、当時の詩の流行が異なるため、作風も当然異なります。念のため。

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