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2006年7月

瞬きをするヒマもなく

Just_in_a_second  7月最後の今日は涼しかったですね。あっという間の7月だった。再会の多い一月でした。

5時間くらい昼寝してしまって、絶対眠れっこない。

そろそろ『文学におけるマニエリスム・I』を読み終わります。

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Viva!買い物。

といっても、そんなに大層なものでは。

目薬を買って、整髪料を買って、靴下を買って、CDを買って、ジョギングシューズを買いました。それから、amazonから本とCDが届いていた。

CDは、Bump of ChickenのThe living deadというアルバムです。彼らのメジャー一枚目じゃないでしょうか。ずっと昔、友達がすごく良いよ、といって貸してくれました。ほんとに、良い。で、あまりにも良くて、口ずさむことなども多々あったのですが、これだけ強く記憶に残ってしまうと、もはや買わなくても良いのでは、という気になったのです。それから、3年?

論文を書くときには色々な刺激を自分に与えます。ご褒美もべらぼうに与えます。もはや、自分を甘やかすのが仕事で、論文として書かれてくるものはそのおまけのようなものです。そんなわけで、Bumpを。

メジャーに出てから、いくつかのシングルも耳にしているのですが、The living deadに収められていた曲以上のものが僕にとってはありません。まあ、最初のインパクトだし。ストーリー性のある楽曲、というかその詩がいいんだよね。僕自身曲を作るときに、まず詩から始まるので、言葉の力にとても弱い。

そんなわけで、ご購入!

それから、ジョギングシューズはNew BalanceのM703Jというモデルです。そもそも、スポーツシューズを買ったことなど皆無に等しい私。何で、という感じですが、最近太ってきているのです。僕は過去10年ずっと同じ体重だったのですが、今年の1月くらいから3キロ太りました。非常にショックです。そんなわけで、自分のベストウェイトを目標に、当面走ります。

それとね、論文を書いているときに、部屋に引きこもって書いたりする人が多いの。僕はどちらかというと外へ遊びに行って、自分で自分の首を絞めるタイプなのですが、今回はちょっとまとまった長さのものを、しかも日本語で書く(これまでに僕はすべて論文をスペイン語と英語で書いています)というプレッシャーもあり、何が起こるかわからない。もし僕が朝から晩まで部屋の中で生活したら、とっても不健康ですね。そんなわけで、転ばぬ先の杖、というか、走る習慣をつけたいな、と思っている。

そんなわけで、ご購入!

こんなことを聞いた事があります。贅肉も、筋肉も維持費がかかる。それだったら、筋肉の方が良くない?なるほど・・・。

今日は桃を食べました。当分毎日一個桃を食べられます。しあわせ!Momo

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Nice to see you again!

暑いけど、夏は暑くて当たり前。クーラーが効きすぎて寒い電車や会社の方が僕は嫌い。

今日は夕刻より、僕の好きな喫茶店でアイスコーヒーを飲みつつ、本を読んでいました。それから、大学時代のお友達と食事をしました。

素敵な人は、相変わらず素敵な人で、僕は相変わらず僕のままでしたが、それでもなんとかちゃんと歩いている気がして、嬉しかったです。

数年前から、「お金は使えば使うほどまた入ってくるのでは?」というおかしな確信にとらわれて、無駄遣いに拍車をかけていますけれど、人間関係もそれに似たところがありますね。

別れる人もいるけれど、その分出会う。知り合ってすぐ別れる人もあれば、昔の友達と連絡が取れちゃったり。

優しい人に出会う確率も、意地悪な人に出会う確率も大体変わらない。Condillac

さて、そろそろコンディヤックを読み始めないと、論文が書けません・・・。

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ブラウザのお引越し

Fire Foxというブラウザをインストールしました。今まではIEを使っていたのですが、便利だよ、という声に耳を傾けて。ちょっと画面の見た目とが違うほかは、大体同じように使えそうです。こんな感じです。IEでなければうまく動かないサイトもあるので、Firefox 少しずつ移行していきたいと思います。

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僕たちの『遊戯の終わり』

Gap 夏が、地下鉄の出口に立っていた。

それでもなんだか気分が沈んで、居眠りしながら電車に揺られて帰ってきました。こういう寄る辺ない感じは、果てしなく遠い夜だ。

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去年の夏ごろから週に一度開催していた現代スペイン文学読書会が、昨日一応の最終回を迎えました。Julio CortázarのFinal del juegoという美しい短編を以って、一年間の活動に終止符を打ちました。

毎週予習をして(時には忘れ)、わからない箇所をともにぶつけ合い、あるときは教えられ、あるときは知恵を貸し、メンバーの間で本当に助け合って開催してきた読書会でした。

僕は外国語を勉強しながら、「わからんなあ」というときが一番正直で、一番幸せなときだと思っています。だから、なんとなくわかった振りをして片付けてしまう連中が好きではない。

そういう気兼ねをせずに、語義レベルの問題でさえ、わからないことはわからない、知らないことは知らない、といえる場所は僕にとって大変貴重でした。

こういう会は、一人の中心的なカリスマがけん引役となって引っ張っていかないと続かない、という話をある人がしていました。その意味では、僕の参加していた読書会はそれに当てはまらないケースです。誰もが当分に貢献しているとまではいえなくても、一人を中心に回転している機械ではなかった。

それが昨日、終わってしまった。理由は、メンバーの留学や、論文執筆です。すべての構成員に『今、取り組むべき仕事』があり、そのために発展的にこうして終わりを迎えました。けれど、一年たって、留学組が帰ってきたとき、論文組も進学して、互いを迎え撃つことだけは確実です。また、それぞれの旅の後で、新しい知識を携えて、相見えたいものです。

そして、僕たちがいずれどこかの大学に職を得ても、このメンバーは変わらず、読書会を続けていきたい。

僕たちの『遊戯の終わり』でした。それはまるで、27歳の『スタンド・バイ・ミー』だった。

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新しいたびのはじまりを

Scenic_powder もう、長い夏休み。長雨にふと晴れ間の差した今日の午後。グスタフ・ルネ・ホッケの『文学におけるマニエリスム』を面白く読んでいます。

最近いろんなところで、様々な人と別れの場面に接します。いつかまた出会えることを願って、旅立つ人の後姿を見ながら、自分も前へ歩き出していかなければ、と思う。

僕の好きなハイネの詩で、「わが母上に」というのがあるのですけれど、その一節は、歩き出すタイミングでいつも僕が心に聴いている言葉です。新しい旅に出る人に贈りたい。

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心が夢中な熱意に憑かれて嘗て私はあなたの側から去りました。

私は全世界を残らず歩きつくしたかった。

そして真心こめて抱きしめることのできる

愛に行き逢えるかどうかを知りたかった。

(片山敏彦訳)

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パラボラ入り布団。

はっぴぃは今週ずっとエリザベス・カラーをつけていて、足の生えたパラボラアンテナのようです。多少慣れてきたのでしょう。散歩のときも、器用に首を振りながら、バランスを取って歩いています。

Head_down

ここ数日寒い日が続いているので、はっぴぃが布団の中に入ってきます。カラーが邪魔で、布団がテントのようになってしまいます。ははは。

病院へ行って、もしよければ外してもらいます。とても重いのだと思います。首が下がっちゃう。

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バランスが・・・。

頑張ってるのに空回りしているとき、人はどんどん深みにはまっていくのですね。いいこともわるいことも大体半々ぐらいで訪れるような気がするときは、調子が良いときで、そうでないときはわるいことのほうが断然多い。

今日は、天気の悪かった一週間の最後を飾るメキシコ料理を食べる会。外食にあまり縁のない私、おもしろかったです。あとは、いいこととわるいことのバランスが崩れないように祈るのみ。もう崩れてきてる気がするけど・・・。

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Wright of Derbyを見に行く。

天気がすぐれず、肌寒いですね。過ごしやすいけれど。

今日は本郷の美術史の図書室(資料室)へ行きました。十八世紀の英国の画家Joseph Wright of Derbyという人の展覧会のカタログを見に行きました。

時代順に大まかに分類されている書棚を動かして、一番最初に彼のカタログが目に入ってきたりして、やっぱり必然性があるものは呼び合うのだな、と感じる。僕はよくそういう体験をする。だから、ずっと続けられるんだろうね、研究を。自分の向かっている方向が正しいときは、面白いくらい資料が見つかるもの。

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それから、僕の中でデカルト、経験論、カントまでの一連の流れが非常に簡潔に整理された一日でした。なーんだ、そういうことだったのか、と。

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再会・・・。

高校時代に一緒にバンドやってた友達と久しぶりに会う。

卒業して10年、変わったものも変わらなかったものも、確認できました。楽しかったです。

人の縁って、続くときは長く続くものです。

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かわいそうな、かわいいはなし。

犬は怪我などをすると自分で舐めて、それで治ればいいのですが、時には余計ひどくなってしまうこともあります。痒いところをかきむしっちゃったり。

Collarうちのワンもちょっと困ったことがあったので、病院にいって、かゆみ止めの薬をもらい、一週間様子を見ることになりました。が。

その間舐めないようにこんなものをつけることになったのです。

クイズ!

Q:これはなんという名前でしょうか?

1.パラボラ・カラー

2.エリザベス・カラー

3.フラワー・カラー

A:正解は2番。エリザベスって何さー?と思った君、シェークスピアの時代の貴族の服飾史に関する知識が足りないのではないかな?

そうなの。エリザベス朝時代(Elizabethan era)に流行したカラーを連想させるからこう呼ぶのです。

でもね、これが付いてると見た目はメガホンに足が生えたみたいで面白いけど、犬にとってはすごいストレスで、うちのはっぴぃはシュンとしています。一週間の辛抱です。

さらに雨も降って憂鬱なワンでした。

早く元気になあれ!

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涼しい海の日

Reach昨日は横浜に花火を観にいく。会場が山下公園というところで、木が邪魔してなかなか見えません。見えそうで見えないのも、いいのかも。

カエターノ・ヴェローゾさんの音楽を聴いていると、自分は全然素敵な人間でもないのに、素敵な人間になったような錯覚を覚えます。あぶないな、この心地よさ。

失うときはすごい勢いでいろいろなものを失うということを、強く感じている海の日です。

写真とは打って変わって天気が悪く、それでも涼しいので発表準備にぴったり。明日が正念場です。まあ、気楽に楽しんできます。

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酷暑にバッハは心地良い

Rock_and暑かったり、雷で交通が止まったりと大変な今日。 僕はずっと部屋の中でバッハを聴いていました。この緻密に構築された音楽は、聴いているだけで涼しくなるのです。頭の中が色々と整理されていくような不思議な錯覚を覚えながら、カズオ・イシグロをさらに読みすすめていきます。皆様もいろいろな工夫をして、涼しく過ごしてくださいませ。

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食欲・・・(ミニチュア・シュナウザーの場合)。

Mogumogu 夏は食欲が落ちますね。

うちのワンも普段はそうです。しかし最近、食餌療法のため(うちのワンは膀胱炎になりやすい犬種なのです)、不思議なゼリーみたいなものを食べています。

獣医さんは「たぶん嫌がってあまり食べないと思いますが・・・」とおっしゃいましたが、うちのはっぴぃは「こんなおいしいもの初めて食べるワン!」とばかりに、旺盛な食欲を見せてくれます。素晴らしい。

みなさまもうちのワンを見習ってきちんと食事してくださいね。

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友達が猛烈にプッシュしていたカズオ・イシグロの最新作『わたしを離さないで』を読んでいます。とにかく、物語に引き込む力が素晴らしい。翻訳者の方の力量に脱帽です。

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Reflection on self-reflection

Reflection 映りこんでいる自分をさらに見つめる。本を読んだり、音楽を聴いたり、人と話をしたりするのではなく、じっと沈み込むように考えるという行為は、果てしない独り言(モノローグ)のようだと思います。論文を書くときに、そういうことにいつも気がつかされて、人間は何もしないで考えるということは、案外苦痛なのだと知る。だから、この世のすべてはエンターテインメントの語義どおり間を(エンター)持たせる(テイン)ためのものなのだ、と思う。何もしない、ということは、すごく困難なことなのだろう。

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これなーんだ?

Nakahata_milk これはいったいなんでしょう?

もと巨人軍の中畑清さんの生産する牛乳(生産者指定!)です。この直球なネーミングが素晴らしくて、母が買ってきました。これを飲むと巨人になれるかもしれません。『絶好調生産中!』だってさ。素敵ね。

Cartas Marruecasを読み終わって、結構楽しんだ私です。18世紀の作品は本当に宝の宝庫なのです。それから、Peter Alexanderという人が書いた感覚論(科学的認識論としての)に関するSensationalism and Scientific Explanationという本を見つけて、面白く読んでいます。世の中いろんな人がいるものですね。

幸せな人生に必要なのは、ユーモアだよ、と教えてくれた人がいました。

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風が強い午後で

本を読むのに疲れて、外を散歩する。

風が強い午後で、木の葉が青く散る。

夏休みはすぐそこで、僕はまだここにいる。

Hole_in_the_sky

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イノセンス、空へ

Sky_away_the_innocense 疲れることも、投げ出したくなることもたくさんあるけれど、ずっと同じ気持ちのままでいることは、あまりないと思う。

僕は3年日記というのをつけていて、今年が3年目です。だから、去年とおととしに何をしていたか、というのがわかるようになっています。去年はトマス・ピンチョンを読んでいて、おととしは背広をクリーニングに出しています。

あまり、つらかったことや悲しかったことは日記には書かないようにしていて、それは思い出したら嫌だからなのですが、2,3行の記述でも、その時のことを思い出せるというのは、言葉のマジックです。

でも、同じ気持ちでずっといるということは、やはりないのです。

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証明写真

証明写真はその人ですよ、という証明にならなければ意味がないのですが、この写真はいったい何を証明しているのでしょう?2000年の私は、身長2メートルになんなんとするモヒカン族の戦士だったのですね。僕はこの写真、とても好きです。Born_identity

ちなみに、証明写真はスペイン語でFoto de Carné (Carnet)と言います。Carnetはフランス語で『綴り』(バスチケットなど)のことですね。

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書簡体小説のこと

Cartas Marruecasという書簡体小説を読んでいます。読むのは二回目で、初めて読んだのは2001年の11月です。読み終わるのに3週間くらいかかりました。これが今の僕の研究しているカダルソという作家の代表作なのですが、90編の手紙からなっています。同時代、つまり18世紀は書簡体小説華の時代で、モンテスキューの『ペルシア人の手紙』をはじめ、さまざまな作品が世に出ています。

この手紙という形式が小説として成立するのは、18世紀よりも前なのですが、しかしこうしてひとつの分野として確立されるのは、やあり郵便制度がある程度整ってからということになります。

Cartas Marruecasは直訳すると『モロッコ書簡集』となります。日本では翻訳もないくせにタイトルだけが翻訳されてしまうというひどい状況がありますが、そこではモロッコ人の手紙と訳されています。まあ、間違いではないのですが、これはモンテスキューが書いた作品Lettres persanesに倣ってということでしょうねカダルソのほうは、モロッコ人二人とスペイン人一人の書簡の交換があります。そして、いったいにジブラルタル海峡を越えて、祖国モロッコにスペインの様子を伝える若い主人公と、それを祖国で読む老人、そしてスペインで彼を支えるスペイン人の友人、の三人が手紙を書きますので、実情を取れば『スペイン・モロッコ往復書簡集』というようなものです。

5年前はよく分からずにいた箇所も、今読むと色々と発見があり、面白いです。

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7が空を飛んでいる。

疲れてすぐ眠ってしまう最近、時間をなかなか上手に使えなくて困ります。夜空に7が飛んでいました。Flying7

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危機とサブライム

メディアの加熱の一方で、なんだかしらけてしまうのは、テレビ画面の枠に切り取られた危機をそこに見て、距離をしっかりと感じているからだと思います。あるいは、全然危機を感じない。傘をさしながら、ミサイルの雨、と心で繰り返す。麻痺しているし、どうしようもないな、としか思っていない。Sublime美学ですね。報道がラジオだけでなされていたら、『1984』だったかも知れない。

ただ、怒りの矛先を誤った方向に向ける人が現れない事を祈ります。経済制裁を実施しても、実際に苦しむのは一般の市民なのだけれど、そこは国の対応だから仕方ない、ということになってしまいますが(本当にそうかな?)、たとえばこれまでに共生関係を築いてくることができた人たちの間で変な摩擦が生じないように。

要するに、個人のレベルで仕返ししようなどと愚かなことを考えてはならないと考えます。これが原因になる差別とか、絶対にやめてよね。

感情的なコメントを控え、「プラスはない」を連呼した首相。正しい対応だと思います。一方、僕たちも積極的に打って出るとプラスは無い気がする。自重して、国際世論に訴えるのが最上策だと思うのです。日本の仕返しをアメリカに肩代わりしてもらうのだけは避けたい。

それにしても、うっかりウラジオストックに落としたらロシア・アメリカの強力タッグに粉砕されてしまうので、気をつけてほしいものです(アメリカの艦隊がロシアとの合同練習のために停泊しているので)。

現実感の伴わない梅雨空です。

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The New York Timesに出ていた、Reuter発信の記事を以下に引用します。日本の新聞でも記事が掲載されましたが、イラクで少女をレイプし、家族ともども殺害した元米兵(人格障害で除隊、ということになっている。別の記事では不品行とありました)スティーブン・グリーンについて。

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quoted from the New York Times, 04 July 2006

Discharged soldier Steven Green, 21, appeared in court in Charlotte, North Carolina, on a charge from a federal prosecutor in Kentucky that he went with three others to a house near Mahmudiya, just south of Baghdad, to rape a woman there.

Green, who faces the death penalty, shot dead a man, woman and girl then raped another woman and killed her, the U.S. attorney said in a statement. Court documents said he had since been discharged from the army due to a ``personality disorder.''

Mahmudiya's mayor and other local officials named the family and said Abeer Qasim Hamza was 16 when she was raped and killed, although U.S. investigators have the victim's age as 20. U.S. soldiers first put the family's killing down to insurgents.

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でっち上げから開始された義のない戦争で、理由もなく市民を虐殺したアメリカは、そのイメージを払拭するのに必死です。10年、20年経ったときに「ああでもしなければ、イラクの人々が今でも苦しんでいたんだ」と説明するための準備活動でしょうか。

けれど、実際に何の大義名分も持たないで戦場に送られた兵士は、何をしているのでしょうか。イラクでは人を殺しても、罪にならないと思っているのでしょうか?イラクの女はレイプして当然で、射精したら殺して捨てても良いと思っているのでしょうか?

僕は、意味もなく戦場に送られて、苦悩した人がたくさんいると想像します。兵士として戦地に送られ、ひどい自己嫌悪を、これから生涯にわたって背負っていかなければならない人たちがたくさんいることを理解します。けれど、それがすべてではないし、そして物事は今起こっている最低のものの直視から離れてはいけない気がします。

感情的にものを言いたくないのですが、これを一市民(元軍人)の問題と解決するために、うまうまと除隊の処分を取った軍と、アメリカという国の責任を必ず誰かが問わなければならない。

僕たちに何ができるのか?

レイプされた本人も家族も殺されて、死んでしまっているこのケースを、どうか注目してください。そして、どうか記憶していてください。

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充実の日曜日

Rose 今日は午前中から昔の音源をMDに移すという作業をしていました。古い録音は大学に入ったばかりのころのものですから、かなり若々しくて、当時プロになれるのでは、という淡い期待を抱いていた僕の自信が、いったいどこから来ていたのか、きわめて不思議ですが、それでも荒削りな音の中で今ではとても思いつかないようなアプローチがあり、すごく驚いてみたり。後になって、かなり曲作りがマニエリスティックになってきたとき(マンネリと同じ意味ですが、僕は「マニエリスム」を常にいい意味で使用します)、こういう曲調に立ち返ることがなかったのは、余裕がなかったというよりも、自分にあっている音楽を作ろうと思ったからなのでしょうね。今年僕は論文を書かなくてはならないのですが、年が明けてから色々と録音しておきたい曲があります。

日中はワーズワースの詩を読んでいました。イギリスのロマン派の代表格ともいえる彼の関心は、確かに自然と自分の結合というようなところにありますが、『序曲』の「アルプス」の詩のところで冒頭、かなり面白いことが書いてあります。つまり、彼は自分の目で見たアルプスは、自分がそれまで想像していたアルプスより立派ではなかった、というのです。ここでは、見たものに感動するのではなく、見たいものを確認して感動する、という一種自動機械化された感動のパターンが破綻する瞬間を確認することができます。落胆しただろうなあ・・・。それにしても、senseという言葉、それからsublimeという言葉がなんとも数多く現れますね。

夕方少し眠って、夜はJulio Cortázarというアルゼンチンの作家の短編を読んでいました。なんて面白い小説を書く人がいるのでしょう。読む、読書する、ということを反転させるような奇想が多く盛り込まれていて、常に新鮮な気持ちで作品に接することができます。

今日はとても暑い一日でしたが、夕刻より風が吹いて、少し涼しくなりましたね。

今週も頑張りましょう!

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カルロス・サンタナ祭

Carlos_santana いわずと知れたギターヒーロー、カルロス・サンタナ。

このアルバムはカルロス・サンタナ本人を交えて彼のトリビュートを作っているような感じです。残念ながら、僕の聴く限り歴史に残る名盤ではない。

ひとつの原因として、様々なアーティストとの共演がある分、サンタナらしい部分は枠の外へ消えていってしまうような感じがあります。でもね、若い世代とがんがんコラボレーションしながら自分の音楽の栄養としていくという意味では、決して胡坐をかいてえらそうにしていないということです。それを積極的に評価したい。

夏向けの曲が多いので、これを聴きながらウキウキ仕事や学校に行くと良いかもしれない。底抜けクールビズです。SさんがLOHASを連呼する何年も前から地球との共生と愛のメッセージをチョビ髭から発信し続けているカルロス。これからも頑張れムーチョです。

ちなみに、僕は髪を切ってボーズにしました。夏ですから。

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