このブログは引っ越しです。

暑いですね。

忙しくて最近は投稿もないこの日記、お引っ越しです。理由はココログの上部にうっとうしい広告が表示されるようになったため。移動する先はbloggerです。ただし、こちらのブログは当面保持されます。引っ越した先でうまくいかないなあ、という時に帰ってこられるように。

思えばココログは2006年から使用させていただいておりました。デザインもかわいくてとても好きだったのですが、またご縁がありましたら。

梅雨が明けて、暑さ本番となりました。皆様健やかにお過ごしください。

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ここから、100日戦争

7月に入る。これまでに書いた部分を見直しつつ、まだ手をつけていない部分にかかる作業と全体的な結論の導出に知恵を絞る。死屍累々。在りし日に必死で書いた部分にもザクザクとメスを入れていく。それはとても痛い行為だが、かつての僕が知らなかったことを僕は知っているので、止むを得ないのだ。BGMはZZ Topで。

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渋谷に阿部芙蓉美さんを見に行く。

渋谷に阿部芙蓉美さんを見に行く。場所は以前La oreja de van Goghを見たところだと思うが、名前が変わっている。入り口で荷物を預けて入場したら椅子が並んでいて、自由席。割と余裕があって、開場時に来ている人はそこそこ良い席に座れたはず。僕は5列目くらいで見た。

新作アルバムからの曲を中心に、という感じだったがHighway, highwayが割と早い時点で演奏される。やっぱり二枚目の作品のほうがよかったと思う。次は教会でのライブとサマソニだが、それは行けない。教会のほうはすごく良さそうだ。
ギターはヤイリとフェンダーのムスタングだったと思う。カポはカイザー。薫国さんはアトランシアのベースを使っている。珍しいよね。
繰り返しになるが、『沈黙の恋人 』のほうがずっと良かったと思っている。聴いていれば慣れてくるけれど、それは慣れてくる、というだけのことだ。

6月が終わる。

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Studia historica. Historia contemporánea,

Studia historica. Historia contemporánea, T. XII (1994) está dedicado al estudio del nacionalismo español, y se puede leer el entero volumen en PDF.

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スペインの映画をたくさん見る授業

今学期はスペインの映画をたくさん見る授業をやっていて、

サルバドールの朝
ベンゴ
『北極圏の恋人たち』(邦訳は『アナとオットー 』)
をこれまでに見ている。最後は『黒いパン』(邦訳は『ブラック・ブレッド 』)を見る予定。メジャーなものもそうでないものもある。
授業の眼目としては、映画を見て面白かった、つまらなかった、それ以上のことを言えるようにしたい、というものなので映画についてコメントするにはどうしたらいいかを考える、という感じ。学期末の課題も任意の映画についてスペイン語でいわゆる発表原稿のようなものを書いてもらうことにしている。学生さんにとっては、多分人生でこんなにまとまった数スペイン映画を見る機会はもうないのだろう。作品の好き嫌いはあるかもしれないが、あと少しお付き合い願いたい。課題も読ませてもらうのを楽しみにしている。後期はあるスペイン人監督について書かれたちょっとした文章を読もうかと考えている。

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映画『くちづけ』

風の強い日、映画『くちづけ』を見てきた。もともとは、東京セレソン・デラックスの舞台。なので、舞台を思わせるような構成。舞台はほとんどがひまわり荘というグループホーム。複数台のカメラで撮った映像を組み合わせて臨場感を出す。

意地の悪い言い方をすれば、お涙ちょうだいに見えるのだが(ところで、お涙ちょうだいというのは、市民劇の台頭以降出てきた形式というか見せ方なので、非常に近代的なもの。感傷的な、ということだ。だから、作品そのものを貶めるような意味はない)、体のいいハッピーエンディングにしていないことが、主題の含む問題の根深さを教えてくれる。主演の竹中直人、それから宅間孝行が素晴らしかった。トップにあるあの映像、作中ではスライドの中の一枚。

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増収増益の企業も軒並み値を下げている

過日、こういう記事を書いた。そして、増収増益の企業も軒並み値を下げている今、こんな絵に描いたようなことがあるんだなあ、と思う。中途のガス抜きが多ければバブル形成批判も避けやすい。ところで、そとで2000億だの1000億だの、という景気のいい話があるが、これはリターンが見込める算段があってのことかもしれない。だから、あらあら無駄遣いして、ということにはならないはずだ。

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小野不由美『残穢』

山本周五郎賞受賞の小野不由美『残穢』、途中まではすごく面白いのだが、だんだん飽いて来るのは『屍鬼』同様。後者は、大学生の頃インフルエンザにかかって、臥せっているときに読んだ。どうでもいいが、小野不由美はその名前が怖い。『ゴーストハント』は音楽が怖かった。

ルポルタージュというか、ノンフィクション的な書き方が特徴の本作。平成、昭和の犯罪史を絡めつつ残滓としての怪異を扱っているのだが、収束し切れなかったり、伏線を回収できないのはご愛嬌。雰囲気を楽しむもの、のようだ。

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Ana Popovic, Unconditional

ユーゴ出身Ana Popovicの『Unconditional』、尋常でないかっこよさ。ストラトから煙が吹き出ているなあ。

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仕事が出来る人のそば

とある原稿の校正のやりとりをしていて、相手の反応が非常に早い。基本的に原稿に追加や修正が多いのは困るはずなので、直すべき場所だけを伝える。受取の連絡なんかも早いのだが、修正の対象としていない箇所について、「○○という語があるが、これは△△の勘違いではないだろうか?」と指摘をしてくれる。当該の箇所は、古いスペイン語ではそういうのだが今日使われていない単語だったので念のため確認ということであった。でも、よくそんなところをみているなあ、と感心させられる。どんなジャンルであれ、仕事が出来る人のそばにいたいものです。

(なお、その指摘があった箇所は作者がはじめのヴァージョンから手を加えたものなのだが、19世紀を通じてそちらの「古い」ヴァージョンが出版に際して採択されていた。さらに近年作成された電子テクストには修正が含まれている。テクストの信頼性を損なうので勝手にそんなことをしてはいけないはずなのだが。そんなわけで、ふたつの意味で出会いそうにない表現があったわけだが、ちょうどそこを指摘してくれたということが面白い。)

横浜でヒラリー・ハーンの演奏を聴きに行く。圧巻としかいいようがない。ヴァイオリンはこんなに素晴らしい楽器だったのだなあ、と感服。惜しみない拍手が送られ、二度のアンコールにこたえてもくれた。双眼鏡を持っていけばよかったなあ、と思う。巨大なホールなのにサイン会がそのあとあったことも驚きだが、演奏で深く心揺さぶられたのでそそくさと帰る。あと帰り道で仲道郁代さんのコンサートのチケットを買う。これは6月のはじめ。ちょうど一月くらい後。そのころまでに、いろいろな仕事が終息しているといいなあ。

今週は用事で久しぶりに大学に行ったり、他の予定も随分ある。体調管理だけが心配。

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わざわざ損をしに行くようなもの。

今日はキュウリの苗と、鷹の爪の苗を植えた。夕方頃夕日が赤々と照っているのに窓を強く叩く雷雨。びっくり。連休も今日で終わるね。

多くの企業の決算発表が控えているし、連休が明けて株式市場がどうなるか、は楽しみだけれど、今資金を動かすのはよくないし、これから始めようという人はよした方がいいと思う。さまざまなところで来るべき株高への期待が叫ばれていて、いっぽうこれがバブルだという人もある。いずれにしても、不確定要素多数の相場に、今から参入するのはわざわざ損をしに行くようなもの。

アメリカが史上最高値を連発しているということは、そのうちに当たり前のことだが下落してくるので、それが落ち着いたところで、というのが次善。最善は、いずれまた暴落するときがあるので、そのときにゆっくり参入するために今は貯金をしておくというのがいい。今はいい方向にも悪い方向にも、安心感がないのだ。

そんなことより、僕は今必死に自分の書いた文章を翻訳している。だれだ、こんな難解な一文を書いたのは、と文句を言いながら訳しているのである。

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Eric Johnson: Venus Isle

集中して本を読んだり、文章を書いたりするときには音楽を聴きながら、というのがなかなか出来ないのだが、今ちょっと種類の違う作業をしていて、ずっと音楽をかけっぱなし。

僕が高校3年生のときに出会って衝撃を受けたアルバムはエリック・ジョンソンの『Venus Isle 』なのだが、これを聴いている。僕はこれを二枚もっている。だからなんだ、ということもないが。ギターも素晴らしいが、ピアノも上手いんだよな、この人は。性格もよさそうで、いわゆるロックスターとは違う。

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ポルトなどを飲んでおりますよ。

道を歩けばプリウスとアクアだらけで、そんななか初代プリウスを見つけるといとおしい気持ちになる。

遅ればせながらの連休入り。まあ、普段から長期休暇みたいなものだ。で、去年書いた原稿の校正刷りをチェックしたり、別件の調べ物などをしている。

カルロス三世が猟に出る姿をした有名な肖像画があるのだが、調べるとプラドにあるらしい。見たことない気がするなあ。その肖像は1787年ごろ、とされているので、亡くなる少し前。ガルシア・デ・ラ・ウエルタの『ラケル』で、ラケルが殺されるという決定的な瞬間に王アルフォンソは立ち会っていないのだが(遅れてやってくる)、そのとき彼は狩に出ていたのである。僕が何を言いたいか、勘のいい人なら分ってくれるはずだ。

日中は暖かいが、夜などまだ肌寒いこともあるのでポルトなどを飲んでおりますよ。

Porto

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Para comprar

http://www.casadellibro.com/libro-historia-de-la-literatura-espanola-4-razon-y-sentimiento-el-siglo-xviii/9788498922646/1890732

Reseñado por Pérez Magallón en Dieciocho T. 26 (2013).

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まもなく14年になろうというのか。

暑いのか寒いのか、分らない昨今の車内は村下孝蔵の『歌人‐ソングコレクション 』である。早すぎた死が余りにも惜しい。まもなく14年になろうというのか。

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«Esquer Torres, Ramón. "Las prohibiciones de comedias y autos sacramentales en el siglo XVIII. Clima que rodeó a la Real Orden de 1765." Segismundo. T. II (1965). 187-226.